1.頭の皿 -12

 勝負は一瞬であった。人型実体と旭がぶつかり合ったその瞬間である。人型実体は大きく吹き飛ばされた。組み合うまでもなかった。後ろで控えていた人型実体たちの顔が青ざめていくのが誰の目にも見えた。彼らは感じたことがなかったのであろう、圧倒的な恐怖というものを。

「てこの原理ですよ。覚えれば誰だってできます。」

 すくなくとも明にはそうは見えなかった。

 すかさず後ろに控えていた人型実体が旭の前に飛び出した。と、後ろに控えていた誰かが

「はっけよいのこった」

 と震える声で叫んだ。

 人型実体がゆっくりと旭ににじり寄る。そのままゆっくりと手を伸ばしてゆっくりと組み合った。

 と、旭が人型実体の右手を引き抜いた。そのまま当て身を食らわせて人型実体を吹き飛ばした。

「河童の腕はつながってましてね。引き抜いてやればこの通りですよ。」

 旭がこれまで見たことがないほどやさし気な目をして言った。そのまま次の一体が現れたが、瞬く間に旭に吹き飛ばされた。

 後ろに控えていた人型実体の数が増えていた。

「御覧なさい。こうやって彼らは自分たちが不利になると仲間を呼んでこちらが倒れるまで勝負をするつもりなのですよ。あとは簡単でしょう?」

「はっけよいのこった」

 後ろの人型実体が無慈悲に叫ぶ。人型実体たちが次から次へと押し寄せていく。そして旭はそれを機械的に投げ飛ばしていく。誰の目にも残酷な勝負を強いられていることは明らかだった。

 人型実体の数は増減を繰り返していく。増えた分、旭がきっちりと投げ飛ばしていった。

「お前、勝負しろ。」

 残された人型実体の二体が明の方を見て叫んだ。旭の優し気な目が変わった。じっと人型実体たちを睨んだ。

「やってごらんなさい。もし負けたらすかさずオブッパンを食べること。なにかあれば私がいますから。」

 人型実体が明の前で大きく足を開いた。明もそれを真似て足を開いた。ぼうっと耳鳴りがして、口が渇いていくのがわかった。

「はっけよいのこった。」

 弾んだ声が聞こえた。と、明と人型実体はゆっくりと組み合った。そしてそのまま硬直して30秒間硬直した。二人はお互いの目をじっくりとにらみ合った。明の首元を冷たい汗が伝っていく。

 人型実体の口から腐った魚のような臭いがぼんやりと漂う。人型実体が低いを声を出しながら明に笑いかけた。

 ぐっと、人型実体の手に力がこもる。明はぎっと全身に力を込めたが、そのまま体はゆっくりと交代した。明の息が浅く、断続的なものになっていく。

「もらったで」

 人型実体がゆっくりと呟いた。明の硬直した体が少しずつ力を失っていく。

「やめなさい」

 明の耳元で誰かが叫んだ。人型実体が息をのんだ。彼は尻もちをついて後退していく。明はゆっくりと力強く人型実体に迫った。

「…… お不動さんや、お不動さんや」

 人型実体がうわごとのように呟いた。明は人型実体の腕をつかんだ。そしてそのまま軽々と持ち上げると、人型実体ごと投げ飛ばした。

 最後の人型実体が明に突進した。が、明はびくともしなかった。そのまま人型実体を弾き飛ばしてしまった。

 これで、二人の前に人型実体はいなくなった。

「お疲れ様でした。私はあなたみたいな人と仕事がしたくてね。」

 旭が明の肩を叩きながらいった。

 二人は伸びている河童の数を丁寧に数えた。倒れている数は15 体。全個体の頭の皿に斑紋型の模様があった。

 旭は彼らを手際よく拘束した。残りは5 体。旭はCAT の芥川隊長に連絡した。

「お疲れ様です。残りは5 体です。なにバリケードを張ってる連長で最後でしょうよ。これで検問は壊滅です。バリケードなんて鉄球を運んで叩き壊してやったらどうです?その方が早いですよ。」

 旭はいくらかの提案をしたうえで突撃の許可を出し連絡を終えた。

「さてと、こいつらを山頂まで運びましょう。収容室まではヘリで運びます。」

 明は疲れ果ててその場に座り込んだ。

 遠巻きに轟音が聞こえてくる。

「ほらね、CATが鉄球で彼らのバリケードを破壊しているのですよ。いつものことですよ。」

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