1.頭の皿 -11

 明と旭は山道に入った。小川にそって素早く歩みを進めていた。山道ながら道はしっかりと舗装されていて、車両なら一台ぐらいしっかりと通れてしまいそうである。

 旭は明にサランラップで包んだ御飯の塊を渡した。

「オブッパンです。河童に相撲を挑まれたらそれを食べてください。」

 明はそれを受け取って少しばかり眉間に皺を寄せながら旭の顔を見た。

「彼らは何故だか知りませんが、オブッパンを食べた人間に危害を加えません。今は食べないでください。彼らが逃げてしまいますから。」

 明はそれを背広の胸ポケットにしまった。それから彼はゴムのような素材でできた手袋を受け取った。表面はざらざらとしているが、内側はさらさらとしていて心地良い。

「その手袋をしていてください。河童と組み合うことになってもそれならべたべたしませんから。」

 彼らは歩を進めていった。長身の旭は歩幅が広く、常に彼が三歩程前を歩いた。明は旭の足元だけに目をやりながら、ものも言わずに旭に続いた。

 と、旭が歩みを止めた。明もきゅっと歩みを止めた。前方から濃霧が手招きするように立ち込めていた。

「すごい霧でしょう?普段はこんなことないのですよ。不思議でしょう?」

 旭は懐から縦に丸めた新聞紙ほどの大きさの巨大な葉巻を取り出し口に咥えた。続いて銀色のジッポライターを取り出した。ライターを開け閉めする金属音が響いた。風の音もしなかった。

 葉巻の煙がゆっくりと踊り出すと、手招きしていた濃霧は瞬く間に蒸発していった。旭はそれを用心深く確認した。

「こういった煙草は物の怪と呼ばれる類を退ける力があります。この葉巻には特別な植物が入ってましてね。本来なら固形にして蚊取り線香のように使うのですよ。」

 旭は煙をくゆらせた。

「ここからです。気を付けてくださいね。」

旭の歩みがゆっくりとしたものに変わった。明は旭のすぐ後ろに続いた。

 ぼん、と小川が音を立てた。旭達のおよそ10メートル手前、全身が濃く、てかりの強い、緑色の人型実体が姿を現した。人型実体は明らを一瞥すると、二本の足でゆっくりと彼らに近付く。

「勝負しようや。」

 よく通る濁った声で人型実体が発語した。旭は返事をしなかった。

「勝負しようや。」

「よく聞こえませんね。もう一度言ってごらんなさい。」

「勝負しようや。」

 小川から、さらに三体の人型実体が姿を現した。彼らはじっと旭らを見つめながらケタケタと笑い声をあげた。

「勝負しようや。」

 遅れて現れた人型実体が口々に続く。

「勝負しようや。」

「勝負しようや。」

「勝負しようや。」

「勝負しようや。」

「勝負しようや。」

「勝負しようや。」

「勝負しようや。」

「勝負しようや。」

「勝負しようや。」

「勝負しようや。」

「勝負しようや。」

「勝負しようや。」

 旭は葉巻を明に渡した。

「ちょっと待っててくださいね。」

 旭はがばりと大股を開いて、足を地面に打ち付けた。人型実体もそれに続いた。

「はっけよい、のこった」

 人型実体の一体が言った

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