1.頭の皿 -10

 山頂には輸送用ヘリが待機している。

特殊部隊CAT のDOW5 の隊長、芥川氏は湯気の踊るカップヌードルを音を立ててすすっていた。彼は自分を囲んで座っている隊員たち一人一人の顔を眺めた。皆、隊長と同じようにカップヌードルをすすっている。伏し目がちな隊員の一人が目に留まった。

「どうした? 緊張しているのか?」

 芥川氏がその隊員の顔を見ながら言った。

「不安です。」

「何が不安なんだ?」

「自分は現場に出るのは初めてです。怖いです。喉がぎゅっと引き締って、唾が出ません。ラーメンがのどを通らないです。」

 芥川氏は頬を緩ませた。

「お前、よく言ったな。正直だ。えらいよ。怖い気持ちは隠さなくて良い。そうだよな?」

 CAT のメンバーは低い声で同意した。

「自分は訓練で恐怖は克服するよう言われました。」

「ここは現場だ。現場は訓練とは違うと言われなかったか?」

「言われました。」

「教官は? 鬼塚か?」

 新しい隊員は同意した。

「恐怖がないと逃げないといけないときに逃げられないぞ。いいか、逃げないといけないときは逃げろ。訓練では逃げるなと言われたよな?でもここは現場だ。現場は訓練とは違うんだよ。一番の怖がりが一番勇気のある奴だ。だからお前は勇気のあるやつなんだよ。」

 芥川氏は彼の前まで出て、若い隊員の腕を優しく小突いた。

「不安なら不安で良い。誰だって不安だ。別に隠すなよ。でもね、河童の国にも不安な気持ちになっている河童ちゃんたちがいるんだよ。皆不安なんだよ。だから皆で助け合おう。」

 若い隊員は強く同意した。芥川氏は隊員たちにゆっくりお茶でもしようと言った。隊員たちは太く、よく通る声で返事をした。

 芥川氏は連絡用端末を覗き見た。彼はそれを昼過ぎから一度も手放すことなく握っている。時折、端末がぶるっと震えたように思えてそっと覗き見ることがあったが、ほとんどが思い違いであった。今も端末には何も着信は入っていない。

「旭さんはなにをしているんだ」

 芥川氏は誰にも聞こえないようにそう言った。隊員の一人が芥川氏の顔を覗き込んだので、芥川氏は頬を緩めて隊員に笑いかけた。

 食べかけのカップヌードルを椅子の上に置き、芥川氏はゆっくりと立ち上がった。小さくゲップをして、少しばかりうつろな目をした。

 と、連絡用の端末が音を立てて震えた。画面には旭の名が表示されていた。

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