1.頭の皿 -9
明と旭は村で一番大きな日本家屋を訪ねた。旭は石造りの門扉に据え付けられたインターホンを押た。はい、という小さなしわがれた声が聞こえた。と、ゆっくりゆっくりと丸坊主の老人が現れた。老人はじっと旭たちを鋭い目で見つめていた。
「警察です。先ほどご連絡したはずですが?」
旭がじっと老人の目を見ていった。
「ああ」
老人が旭たちを応接間に案内して、自分は奥の闇に消えていった。
彼らは応接間の皮張りのソファーに腰を下ろした。ガラス張りの大きな棚に夥しい数のウィスキーが飾ってあるのが見える。明はじっとジョニーウォーカーと書かれた黒いラベルを見つめていた。と、家の奥から老人が小さな湯呑みを二つ手にもって姿を現した。彼はそれを旭と明の前にゆっくりと置いた。みるとお茶が湯気をぶんぶんと震わせていた。
「ムラタヒフミさんで間違いないですか?」
「ムラタヒトフミです。」
老人は眉一つ動かさずに言った。旭は軽く詫びの言葉をそえて謝罪した。旭は鞄の中から丸められた一枚の大きな紙を取り出した。彼は丁寧にそれを伸ばして机の上に広げる。それはこの地域の微細な地図であった。
「早速なのですが、あなたが奴らを目撃したのはどこですか?」
「そうだな」
村田氏はよくよく思案しながらゆっくりと指を地図に添えた。指は川を指しながらするすると滑
っていく。そして山の中腹で指を止めた。
「この辺りですよ。正確な位置まではわからないが、だいたいこの辺りだ。」
旭はじっと地図を睨み付けて赤いマジックでばつ印をつけた。
「ここであいつはフジモトのおっさんを投げ飛ばしてしまった。奴らは俺に気付くとフジモトのおっさんを背負って川に入っちまった。俺が身動きできずに震えているとフジモトのおっさんが浮かんできたわけで」
「私の思ったとおりでした。では、奴らの姿かたちを教えてください。」
「あいつらは全身が薄い白みがかった緑色だった。表面に膜が張っているようでしたよ。大きなぎょろぎょろした目と、鳥のくちばしのような口をしていました。」
「頭はどうでしたか」
「頭?ああ、禿げあがったみたいになってて、頭の天辺が皿のようになっていました。」
「その皿のようなものの様子は?」
旭は興奮したように語気を強めた。
「様子? ……斑模様でしたよ。」
村田氏のこの答えを聞くと、旭は急に息を静かにした。
「他の方が倒れていた箇所をおしえてくだいますか?」
村田氏は被害者たちの発見当時の様子を、彼が知りうる限り詳細に伝えた。旭はそれらを聞きながら村田氏が被害者を見つけた場所を赤マジックでバツ印をつけていった。
「よくわかりました。安心なさい。今日中に解決します。被害者も全員助かります。」
明はそれを言い切った旭の顔を食い入るように見つめた。
「で、奴らは河童なのかね?俺は河童を見たのか?」
旭は胸ポケットから万年筆のようなものを取り出し、それを明に握らせた。
「それは右回しで開けてください。そうです。最後まで回しきったら奥でカチッと音がなります。
で、蓋を押す。そうです。それをこの人の鼻先にちらつかせて。」
明は恐る恐る村田氏の鼻先に万年筆のようなものをちらつかせた。ほんのりと甘い香りが漏れてくる。
「吸い込むな。」
旭が鋭い声で明に言った。
村田氏の強張った顔が急に柔らかいものになった。旭は明の手から万年筆のようなものをひっ
たくった。そしてゆっくりと子供に聞かせるように村田氏に語りかけた。
「あなたは山から下りてくるときに猿を見た。人が猿に襲われて気を失っていた。だが猿は駆除した。環境破壊は動物たちの生態系を…… なんにせよ、心が痛みますな」
村田氏は強く頷いた。
「まったくだ。心が痛みますな。」
「今日一日は家から出ないこと。村の人は誰一人外に出てはいけません。」
もはや旭がなんと言おうとも村田氏は強く頷くよりなかった。
「車に戻りましょう。必要な情報は手に入りました。」
車の中で旭は地図を広げた。そしてさきほど赤マジックでバツ印を付けた個所を指でなぞってみせた。
「今回の作戦は決まりました。彼らは人間を狩るために検問をしています。ちょうど四か所。もちろんもっとたくさんの箇所で検問をしている可能性はありますが、彼らの人数的に四か所が精一杯でしょう。彼らはそこを通った人間に相撲を挑みます。で、負けた人間から尻子玉を奪い取っているわけです。おそらく彼らの文化的に尻子玉をしばらく保存するでしょう。ましてや人工尻子玉の輸送車を襲ったくらいです。腹は空いていない。」
「CATを行かせるのですか?」
明は旭に訊ねた。額からじんわりと汗がにじんでいた。
「CAT を行かせたらすぐにばれてしまいます。逃げられては元も子もない。孫氏の兵法ご存じありませんか? 敵の虚を突かないと。幸い彼らは馬鹿ですから。」
「というと?」
「敵の検問所を正面から突破するのですよ。」
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