1.頭の皿 -8

 景色が山と川とそしていよいよ木ばかりになった。車はくたびれた煉瓦製のトンネルに吸い込まれていく。遠くの方に淡い光の筋が見える。光の束が近づいてきて、暗闇を抜けると、だだっぴろい川がぐっと現れた。旭はものも言わなかった。道路沿いに車は走り続けた。遠巻きに街並みのジオラマが見える。車が近づけば近づくほど、ジオラマは大きく明瞭に明の目に飛び込んだ。車は木で出来た大きな橋を渡る。ガタンという太い音が車内に響いた。

 遠巻きのジオラマは目の前の集落になった。車は砂利道をゆっくりと進み、旭はゆっくりと車を停めた。

「到着です。まずは病院の方に行きましょう。被害者の方の様子を確認します。それから目撃者が一名いらっしゃいますから、その方にお話を聞いて、作戦を立てましょう。さっさとしないと山頂でCAT が待ってますから。」

 旭は後部座席の鞄を手繰り寄せながらいった。

 集落は思いのほか小ぢんまりとしていた。通夜のように静まり返っていた。彼らは誰にも見つからずに病院までゆっくりと歩いた。見つかるわけもなかった。

 被害者たちは病院の二階にいる。病院は煤けたような焦げ茶色の外観をしていた。昔は白かったのであろう看板には、何が書かれているのかよくわからなかった。「医院」という文字だけがかろうじて読めた。

 旭は受付の看護師に軽く会釈して階段を上った。明もそれに続いた。

「ご家族の方ですか?」

 看護師は訛りを隠しきれていなかった。旭は頬だけをやけにつりあげて

「警察です。」

 とだけ言った。それ以上、看護師も追ってこなかった。

 彼らは二階の病室に出た。ベットは5 つ。全て埋まっていた。うーうーと動物のように唸るものもいれば、呆けたように天井を延々と見つめるものがいる。止まない鼾を延々とかいているものもいた。

「河童に尻子玉を取られた人間はこうなります。症状は様々ですが、皆自分を失います。」

明は「はいと」しか言えなかった。じっと横たわる彼らの姿を見つめるばかりであった。

「ああ、旭さんじゃないか」

 白髪交じりの禿げあがった。ひどく痩せこけた男が病室に顔を出した。男は白衣を着ていた。

「山根さん。随分とお久しぶりですな。」

 山根と呼ばれた男はじっと明を見つめた。

「研修生ですよ。今日は同行でね。それで、被害が出だしたのは?」

「昨日の16 時~18 時の間に3 人。他は不明だが、一昨日の16 時くらいじゃないか。」

 山根は首をひねって、ぽきぽきと鳴らした。

「まだ間に合いますね。全員助かる。」

 旭がうーうーと唸る患者の一人を見ていった。

「CAT はどうしてる?」

「山頂に待たせています。なに。私の連絡一つで一発です。山もすでに封鎖済みです。」

 彼らはそれからしばらく話したあと、業務的に挨拶した。山根の方は明を見もしなかった。

 病院を出ると旭は思い出したようにいった。

「彼は山根さんですよ。うちの人間です。ここで町医者をしています。別に珍しいことじゃない。

そこら中にいますよ。うちの人間は。そういえば、CAT って初耳でしたよね?簡単にいうと機動部隊のことですよ。山頂に待機させてます。」

 明は病院の方に振り返った。山根が窓を開けてこちらを鋭い目で見つめていた。

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