1.頭の皿 -6
明の特殊捜査機関SMDS への入隊手続きは速やかに行われた。その日のうちに戸籍の改竄等々の事務手続きから、施設の利用案内、寮の手配まで、おおよそ思い付く限りの事務処理が行われた。
その日の夕方ごろ、旭は明に2 万円を手渡した。
「これで背広を買ってください。そんな格好では仕事になりませんから。」
明は声にならない声を一音発して、旭の顔を見た。旭はじっと明の目を見つめていた。
「領収書は必ず受け取ってください。でなければ経費になりませんので。」
「え?」
旭が少しばかり眉間に皺を寄せた。
「ユニクロにでも行きなさい。安くて格好が付くものがあるでしょう。」
明はわかりましたと言って、2 万円を皮財布に収容した。その財布に札が収容されるのは実に久方ぶりの出来事であった。
「明日は7 時に寮へお迎えにあがります。研修がてら収容任務の同行をしてもらいます。比較的危険度の低い任務ですからご安心ください。」
「すみません、どういうことでしょうか?」
「頭に皿のある妖怪ですよ。わかりませんか?」
旭が頬だけをつりあげて笑った。
「明日までに背広を揃えておいてください。」
その日は旭が車で明を送り届けた。寮は小ぢんまりした黄色いアパートであった。「サマンサ」という薄汚れた看板が見えた。明はゆっくりと階段を上り202 号室とかかれた部屋に入った。鍵は後藤から受け取っていた。
中は狭い畳張りの部屋であった。家具の一式が揃えられている。部屋の中央に薄焦げたちゃぶ台が置かれていた。そこに一枚の封筒が置かれている。明はそれを手に取って丁寧に封を開けた。
「明くんへ。入隊おめでとう。そしてありがとう。よろしくお願いいたします。冷蔵庫にお弁当が入っています。よければ召し上がってください。今日はゆっくり休んでね。後藤史郎」
明は手紙をちゃぶ台の上に置いた。ぐっと息を吐いて身体を畳に任せた。畳の匂いがほんのりとした。彼は身体を思い切りのばした。そして手足を思い切り広げてバタバタと動かしてみた。
大きな欠伸が口をついて飛び出す。そして薄く息を吹きながら唇をぶるぶると振るわせて音を出してみた。ぐっと全身の力を抜いてみた。身体が畳に沈み込んでいくようであった。
不思議と涙が溢れ出た。
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