1.頭の皿 -3

 明は気付けば灰色の密室の中にいた。店を出てからの彼の記憶は全くといっていいほどなかった。彼はゆっくりと重い頭を上げて前をみた。先程の男が丸めて筒状にした新聞紙ほどの大きさの葉巻きに火を着けたばかりであった。ジッポライターの蓋を閉める甲高い金属音が鋭く響く。

「おめざめですか?」

 男はゆっくりとした口調で明にたずねた。明は黙礼した。

「具合はどうですか? まだぼうっとしますか?」

 男の顔には驚くべきほど感情がなかった。明は鈍い目をしながら男を見詰めるよりなかった。

「珈琲は飲まれますか?」

 明はゆっくりと頷く。

「ブラック?それともミルクが必要ですか?」

「ブラックで結構です。」

「私は珈琲を入れてきますから、その間にこちらの冊子をご覧いただけますか?」

 男は明の前にちょとした冊子を差し出した。明がそこに目を落とすと、ぎぎっと重い戸を開ける音が聞こえた。そしてもう一度重く鈍い金属音が聞こえたかと思うと、ずんと重い音が鳴り響いた。男はもういなかった。

 明は表紙に書かれた文字を丁寧に読んだ。

 特殊捜査機関SMDS の入隊における重要説明事項。

 彼はそのまま読み進めた。そして彼は一つ大事なことを知った。

 この冊子を読んでいる人間というのは、世の中において、生きてようが死んでいようが全く関係のない無用の人間であり、自分もまたその一人なのだ、と。

 彼は無感動な様子で頁をめくり続けた。いつかのコンビニで立ち読みした漫画雑誌よりも、頁は少ないが随分と目の動きは遅かった。やがて簡単に読み終えると、ゆっくりと冊子を閉じた。

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