1.頭の皿 -2

 がががががと乾いた音が聞こえる。店の戸が開いたのだ。老婆がぎっと目線をやる。

 濃紺の背広を着た、背の高いひょろひょろとした男性がそこにいた。彼の鷲鼻がコンパスの針のように明を指した。

「すみません。」

 男はそう呟くとゆっくりと目線を老婆に移した。男の目線がじっとりと老婆に纏わりつく。

 老婆は男に警察を呼ぶよう言った。しかし男は仏像のように眉一つ動かさなかった。

「その必要はありません」

 彼はゆっくりと一言一句聞かせるように言った。そして背広の胸ポケットから蓋付きの万年筆

のようなものを取り出した。そして素早く蓋を開けると、老婆の顔の前にかざした。ぼんやりとした甘い匂いが明の鼻先をかすめた。

 老婆が先ほどまでの表情を崩してぼんやりと立っているのが見える。

「さあ、仕事に戻りなさい。それも片付けておきなさい。」

 男は机の上に放置されたお汁粉を指差し、子供に物を教えるように老婆に言った。

 老婆は低く返事をするとお汁粉を拾って店の奥へ入っていった。男はそれをじっと見つめがら、目も動かさずに

「来なさい。」

 とだけ言った。明は男がどういった人なのか尋ねようともしなかった。

「来なさい。」

 もう一度、表情を変えずに呟いた。明は男の顔をじっと見たきり、どうにも黙りこくってしまっ

た。男は明の腕を掴むと、一度強く力を込めて引っ張った。

「ごちそうさま」

 男が老婆に元気良く叫ぶ。老婆はにっこりと会釈した。明もゆっくりと会釈した。

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