「誰がモブよ。誰が」

 アヤカはソウヤを睨みつける。

「俺からしてみれば、ミキもお前もただのヒロイン。攻略難易度の高いメインヒロインって訳ではないんだよ。だから、気軽に話しかけやすいし、こうして、勉強も教えてもらえる。ようするにそういうわけだ。分かったか?」

 そう言って、再び、ペンを走らせる。

 たとえ話が偏りすぎて、ミキは少し頭を悩ませ、アヤカは深々と重いため息を漏らす。

 教室の窓から流れ込んでくる廊下で冷えきった隙間風が、肌寒く感じる。

「ミキ。あんた、意味、分かった?」

 アヤカがミキの耳元でささやいた。

「あ、うん。まぁ・・・・・・要するに・・・・・・そういう事、なんじゃない?」

 ミキはうまく言葉にできず、適当に返事を返す。

 確かにその例えは分かりやすくすれば、そうなのかもしれないが、結局の所、簡単に述べると、ソウヤにとって、ミキやアヤカも同等の立場であり、ソウヤの恋愛対象、攻略対象ではないということだ。

 そして、朝のショートホームルームの予鈴がなる。

 クラスメイト達は、次々と自分達の席に戻り、担任と副担任が揃って教室に姿を現すのを待つ。

「あれ? そういえば、今日、まだ、ヤマト君の姿を見ていないけど・・・・・・休み?」

 いつもの席に彼の姿を見なかったアヤカが、ミキに尋ねる。

「あ、そういえば、私も今日、会っていないんだよね。一応、朝、家に入ったんだけど・・・・・・」

「おいおい、朝っぱらから会いに行ってんのかい。あんたは・・・・・・」

 アヤカは突っ込みを入れる。

「あー、そういや、ヤマトなら朝、学校に行く途中に見かけたぞ」

 ソウヤが少し前の事を思い出したかのように言った。

 そして、机の上には、もう時間がないと思ったのか、最後の方の長文をほぼ、適当に殴り書きされた英語の長文の翻訳が書き終えて、その上にペンが置かれていた。

「え、いつ?」

 ミキがソウヤの方を見る。

「いや、そんなに強く見られてもなぁ。でも、あいつならあの海岸で制服を着たまま、ぼーっと、した様子だったからな。俺はこれを終わらせるために早く学校に来し、話しかける暇なんてなかったぞ」

 そうして、右手に出来たペン凧を触る。

 固くなった皮膚がその部分だけ、ふっくらと盛り上がり、そこ特有の形が出来上がっている。

「そもそも、あいつが何を考えているのか、分かっているのか? ミキが何者なのかを知っているのは、俺を含めてもほんの一部にすぎない。ヤマトが学校をサボろうが、サボらまいが、俺には関係のない事だ。だから、奴の行き先は、誰も知らないって事だな」

 ソウヤに言われると、本当に誰もヤマトの行き先を知らないらしい。行き先さえ分かればいいのだが、制服を着ていた、となると、学校へ行く意志はあったといえるだろう。

 だが、なぜ、ヤマトが海岸へ何をしに行っていたのかは謎であるが、彼の行動から察するに、無駄でないことだけははっきりと分かる。

 だから、ミキは、それを聞いただけで彼が何を使用としているのか、深く理解できなかっただが、彼は今日、学校には来ない事だけは、はっきりとした。たとえ、制服を着ていたとしても、それは家から出て行くカモフラージュに過ぎない。彼が遅れて着た事なんて滅多にないのだ。だからこそ、心配でもある。

「たぶんだけど・・・・・・大丈夫だよ。ヤマト君は休みだと思うから・・・・・・」

 ミキは二人に言った。

「へー、なんで?」

 アヤカはミキの言葉に反応する。

「なんとなく・・・・・・だよ。ほら、彼って、遅刻って滅多にしないじゃない。それにぼーっと、していたんじゃなくて、考え事していたんだと思う」

「ふーん。ま、ソウヤの話からして、ミキの考えている事は間違ってはいないわね」

 アヤカが頷く。

 すると──

「ほらー、お前ら、静かにする。ホームルーム始めるぞー」

 と、担任教師の桐谷きりたにライカが教室に副担任の最上ソウイチを連れて入ってきた。

 燐とした茶髪にかかった赤髪が、ふわっと、宙を舞い、透き通る鋭い目が、生徒たちを一瞬にして、黙らせる。

 歳は、まだ、二十三でありながら、この学校の担任教師を任されるほどの腕をもっている。担当教科は、数学である。

 美人であり、その上、頭がキレる所は、生徒からして、見習わないといけないところではあるだろう。

 そして、隣にいる三十代くらいの長身の男こそが、最上ソウイチであり、このクラスの副担任。桐谷ライカをサポートする側である。担当教科は体育。

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