第5話 不信――エレイナの回想

 自分の運命を呪いました。


 気が付けば顔の半分と両腕に包帯を巻かれ、実家うちに閉じこもっていました。

 お父様が決めた婚姻が原因で、級友にナイフを振り下ろされて以来、聞こえてくるのはわたくしへの誹謗、差出人のない手紙で送られてくる中傷。遂には学校も辞めざるを得なくなりました。


 わたくしはすっかり心が荒み、部屋に閉じこもり、怪我の治療でお医者様へ行くのにも億劫になっていました。

 そのためにか、わたくしの腕は治療が遅れてしまい、上手く力が入らなくなっています。


 顔の傷は……わたくしは鏡を見て絶望しかありませんでした。何針もの縫合の後が生々しく、赤く腫れ、ズキズキと痛みだけが止まりません。涙が出るのも右目だけ。左目は頬よりは傷が浅いとはいえ、青い瞳が白く濁り、視力を失っていました。


「命だけは助かったのだから……」


 お母様はそう言ってわたくしを励ましてくれました。しかし、それが何になるというのでしょうか?


 もうお嫁に行くことはできない。


 まだ結婚や、ましてや恋愛に胸をときめかせるようなことも、ほとんど感じたことがなかったわたくしでしたが、それだけはハッキリと感じました。


 こんな傷を負った女性など、お嫁にもらう人なんていない。


 よっぽどの変わり者でない限り……叶わない夢。それもわたくしの傷を哀れんでのことでしょう。そうでなければ、お父様が決めたような政略結婚――わたくしを傷付ける結果になったことです。ですが、わたくしの家はそれほどの家柄ではありません。資産を考えても、わたくしを女学校に入れたときでも苦労なさっていたぐらいですから。


 それを考えると、やはり絶望的なことに変わりはないでしょう。


 精神的にも参っていたわたくしを、お父様はなんと思って見ていたのか? わたくしには理解できませんでした。自分の娘を、自分の出世や欲望の道具に使った……いえ、わたくしの住む世界世間の人達には当たり前のことなのでしょう。


 こんな階級社会なんかに生まれなければよかった……


 わたくしは運命を呪いました。


 傷が癒えてくると、わたくしは教会に預けられることになりました。年頃の令嬢が良き花嫁になるために一時的に修道女として入ることがある。そう聞いたことがあります。ですが、わたくしはそんな一時的なことではないでしょう。


 結局、わたくしはお父様から見放されたのでしょう。それに――わたくしの怪我のウワサは教会にも届いていたようで、最終的に預けられたのは、良くないウワサがある街の片隅……今までの生活の中で、会うことのない下層階級の人ばかりが住む地区でした。


 わたくしが預けられたのは、酷く貧しい教会。そこにはお歳を召した神父様と尼僧様。最初はその慎ましいことに驚かされました。

 でも、そこの人達と関わるうちに、人間の階級やらは何て儚いものかと。価値観はガラリと変わりました。それにこんな醜くなったわたくしにも、ここの人達は親しくしてくれます。特に子供達と接していくうちに、わたくしの荒んだ心は晴れはじめようとしていました。


 ただ、わたくしの生活は逼迫していました。ご寄附だけでは、教会の維持にも、それどころか日々の食事にも事欠く状態でした。

 思いあまって、家に少しばかり融通をお願いしたのですが、お金も……手紙1枚返ってきません。


 わたくしは、お父様に見捨てられた。


 もっと早く気付くべきだったのでしょう。

 でも、もういいのです。わたくしはこの地区の人達と暮らしていくことが、今の幸せ……そう思っていた時でした。


 不思議なことがありました。

 いつも尼僧様と回る酒場でいた紳士……お歳はお父様より少し若い程度でしょうか。その方から、金貨を1枚ご寄附をいただきました。それだけあれば数週間の食事は困らないでしょう。

 そんな大金を寄附されるなんて……理由は分かりませんでした。

 理由が分からないと言えば、数日後、わたくしに舞い込んできた1枚の手紙。


『お前の身辺を探っているものがいる』


 実家から届いた1枚の手紙。わたくしの手紙に返事がなかったのに、です。


 わたくしの身辺など探ってどうするのでしょうか?


 醜い傷のある女性に興味を示すものなんて……だとしたら、わたくしではなく家柄? 階級を金で買いたい人がいると聞きます。市民階級の中でも資産を手に入れた人達は、貴族階級に上がりたいとか。まあお父様も出世などしたくて、わたくしの結婚相手を決めたのですから。


 しかし、一体、誰が……


 判りません。


 それに手紙には、それ以上のことは書かれていませんでした。

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