第4話 *不測の始まり*
教会の老
小さな食器棚にそれはある。中の金がいくらあるかのチェックも欠かせない。
神父の悪い癖で、こっそりそこから金を出し、酒を飲みに行くからだ。このところその回数が増えた。理由は簡単だ。エレイナをこの教会に引き取ることになって、上から降りてくる金が増えたからだ。
口を酸っぱくして尼僧は神父に言っている。
「エレイナが来たからといって、うちの教会が潤うわけではない!」
そう言っても、なかなか止めなかった。
今日も神父の姿が見えない。ということは、また悪い癖が出たのだろうか。
諦めながらも、隠し戸棚を開けてみる。
「どういうこと!?」
開けてみると、信じられない光景が目に入ってきた。そこにあるはずのない札束が入れられていた。その額は、エレイナと自分がこの数日で集めた小銭などよりも……いや、自分が数年かけてかき集めた寄附金よりも多いであろう。
(一体どういうことなの?)
上の教会も、エレイナが来たときでさえ、たいして支援金を送ってこなかった。
まず考えられるのは、曲がりなりにも貴族階級の家柄であるエレイナの実家だ。
娘の生活を不憫に思って……思い出してみると、今日、彼女へ手紙が来ていたのを思いだした。だが、その線は薄い気がしている。
何せ彼女がこの教会に来て、すでに1ヶ月近く経つが、手紙が届いたのは今日だけ。
この尼僧も、それは薄情だ、と同情していたぐらいだ。そんな実家がいきなり大金を送ってくることは、なさそうである。
(では、どうしてここに大金がある?)
次に考えるのは、神父が何か悪事を働いた……いや、それであったら、神父がこの隠し戸棚に金を入れておくのはおかしい。神父もいつもこの尼僧が、この隠し戸棚を確認していることは知っている。もし人に言えないことで手に入れた金であるのなら、自分の懐に入れ、ここには入れないはずだ。
そうなると、この教会の共通の金、ということで隠し戸棚に入れたということだろうか。
(誰かが多額の寄附をしたというのかしら? 一体誰が……)
自分が教会にいない間に、神父がある人物から寄附を受けたのだろう。それをこの戸棚にしまった。そういうことになる。しかし、この尼僧は不思議でしょうがなかった。
この地区にそんな奇特な人物がいるであろうか。住んでいなくても、関係者であろう。しかし、思い当たる節がない。
その時、勝手口が開く音がした。
「水を汲んできました。夕食の準備を……どうされました?」
入ってきたのはエレイナだった。
夕食の準備のために共通井戸から水を汲んで来てくれたようだ。彼女はよく働いてくれる。顔の酷い怪我を負ったときに、腕の筋を痛めたそうだ。そのために腕に力が余り入らないそうだが、それでもよく働いてくれる。神父とこの尼僧しかいなかったこの教会も、若い彼女が来たおかげで雰囲気だけは明るくなった。以前は地区の子供など集まりもしなかった。信仰心の芽生えていない子供達に植え付けるためにも、教会には来てもらいたかった。だが、年寄りしかいない教会にはなかなか寄りついてくれない。しかし、彼女が来てからは向こうから寄ってくる。
「今日、私のいない間に誰か客が来たかい?」
エレイナが知っているかどうか判らないが、とりあえず聞いてみることにした。
「お客様ですか?」
と、彼女は首をかしげて少し考え込んだ。すると、
「そういえば――お昼頃に男の方が見えていました」
「男だって?」
「はい。神父様が応対されていましたが……」
この尼僧はそう思ったが、多額の寄附をしたものはその男か。しかし、正体がつかめないでいた。それに額の多さ。これには合点がいかない。
(だとすると、神父に聞かないことには正体をつかめないか)
酒を飲みに行っているであろう神父を待つ、という考えは今の尼僧には無かった。今までの貧困の反動で、目にした大金にすでに心が奪われていたからだ。聖職者として捨てたはずの金銭欲が……いや、ずっと燻っていたかもしれない。必死になって寄附金を集めていたのは、そのいい例であろう。それが急激に膨らんでいた。
「エレイナ。それで、その男はどんな客だったんだい?」
「どんな……と言われましても……」
顔を近づけ、迫ってくる尼僧の豹変に驚きながら彼女は考えた。
「あッ、どこかで見たことがあります。たしか……数日前に酒場でご寄附をされた方だったかと……」
「確かかい?」
「はい。確か、金貨をご寄附された方だったかと……」
「金貨……」
確かに数日前、酒場でエレイナといつものように寄附を集めていた。その時、妙な中年の男が珍しく金貨を寄附したことを、この尼僧も思い出した。
(あれは誰であったか……)
この尼僧は、その男をよく見る気がした。ずいぶん昔から、ふらりとこの地区で会うことがある。だが、名前を思い出せない。しかし、よくこの地区で見かけるその男が、なぜ多額の寄附をしたのか。
(何か理由があるのか?)
そもそも数日前の金貨の寄附も、その男の行動としては不自然であった。教会があることを、急に思い出したかのように……。
「夕食の準備をしますね」
エレイナが夕食の支度をはじめるために、自分の前を横切っていく。
その時、この尼僧はハッと気が付いた。
彼女の長い黒髪は、女性の自分ら見ても美しい。神に身を捧げた自分であったが、少しは女性としての勘がまだ残っていた。エレイナのその若さや傷を負っていても美しい容貌に、若干の嫉妬を憶えたのは確かだ。
この教会の雰囲気が変わったのも彼女のおかげだ。
(だとしたら……
あの男は――エレイナがいたから。
あの酒場で金貨を寄附したのも――エレイナがいたから。
突然、この教会に多額の寄附をしたのは――エレイナがいたから。
これは使えるかもしれない……)
エレイナが背を向けているとき、この尼僧は歪んだ笑みを浮かべていた。
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