第3話 偽善

「これはこれは、まことにありがとうございます!」


 その教会に行くと、責任者らしい年老いた神父が現れて丁寧なもてなしを受けた。

 多額の寄付をしたのだ。それなりのもてなしは受けて当然だ。


 それよりも予想したとおり、この教会は資金繰りに苦労しているようだ。

 入った時見た建物はあちらこちら傷んでいたので、おおよその予想はしていた。それにふたりで会話をしている聖堂は、これほど暗いものだっただろうか? 見上げるとその理由が判った。窓にはガラスもなく所々鎧戸が閉められていた。しかも、何カ所かは木の板が打ち付けられている。そこから漏れている光だけが聖堂を照らしていた。天井に目をこらすと、雨漏りのためかシミがあちらこちら見受けられる。私は中央の祭壇に目を移した。みすぼらしい木像が鎮座している。この様子ではそこにある像は、前は金箔かそうでなくても色が塗られていたに違いない。


「しかし、どうして……我が教会に御寄附をしてくださるのですか?」


 神父の疑問は、当然だろう。


「たまたまこの近くで、教会の尼僧様が寄附をされているのを見かけましてね。


 ここは祖父のゆかりの地。少しでもお役に立てればと……」


 ――それでいい。


 ウソは言っていない。


 何度か『教会への寄附の効果』というものを聞いたことがある。

 富める者が貧しき者に施しをすることは、生前の罪を軽くするのだという。

 生前の罪とはなんであるのか、私には理解できなかった。しかし、教会の教えでは、人間は生きているだけで罪を犯しているそうだ。例えば食事をすれば、家畜などの命を奪うことになる。夏の不愉快な害虫を殺すことさえも……それが罪だという。

 その罪に応じて、死後、天国か地獄かどちらかに行かされるそうだ。

 犯した罪の数が少なければ天国に行け、多ければ地獄。しかし、犯した罪は他人に、特に教会に貢献することによって軽くなる。そう説いていた。

 私は半信半疑であるが、金で解決できるのであれば楽なことはない。


 それに……この教会の状態を見てますます思った。


 ――金で彼女の生活を、この教会をキレイにしてやれ。


「まことにありがとうございます。これも神の導きでしょう」


 神父は木像を仰いだ。私は薄暗い中に立つ木像に微笑むのみだ。我ながら引きつった笑いだと思う。

 私の心は上の空だ。

 ここに来てから、この神父としか会話をしていない。他の者はいないのであろうか?


 ――いとしの天使はどこにいる?


 そんなとき、扉が開く音が聞こえた。

 奥の勝手口のほうだろう。子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。その中に紛れて、聞き覚えのある涼しげな声も混じっていた。

 その集団はこちら、老神父と私が話している聖堂へと近づいてくる。


「こりゃ! お客様が来ていらっしゃるのだから、あっちに行っていなさい!」


 奥の部屋から、何人かの子供達が姿を見せる。それに若い手、白い手袋が見えた。印象的な細い手は間違いなく彼女天使だ。


「……申し訳ありません」


 彼女の姿が見えた。取り囲んでいるのは近くの子供たちであろう。

 実際にはあれから数日しか経っていないだろうが、私は何十倍にも感じていた。

 薄暗い聖堂にいる私たちの姿は、彼女には見えないのかもしれない。だが、私からはよく見える。開け放たれた扉からの光で、長い黒髪も、白い肌も……。

 彼女はぎこちない動きで、スカートの左右を少し摘まんで頭を下げる。


「――失礼します」


 上げた顔はあの時と同じように微笑んでいた。


 そして、彼女はそのまま子供を連れて出て行ってしまったではないか。


「……あっ」


 私は声をかけることが出来なかった。

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