第2話 愛しの彼女

 私は、恋をしたようだ。


 名前も知らない、傷を負った修道女に、私は恋をした。

 どこの教会の者であるか、調べるなど私には簡単なことに思えた。その傷がどうして付けられたかということも……。


 金さえ積めば何でも出来る。世の中はそんなものだ。


 父は私が生まれる前、祖父に……あの地区に見切りを付け、外に出て自分で商売を始めたそうだ。鍛冶屋職人が作るオーダーメイドの武器屋ではなく、大量生産で国や地方領主からの依頼を捌く父の商売は成功を収めた。

 当然ふたりの間は不仲だったそうだ。だが、私の誕生で父と祖父との仲は、元に戻ったらしい……らしいというのは、語るべき祖父も両親もすでに亡くなっているからだ。


 そして、父の商売を受け継いだ私は、銃火器の生産をさらに強化し海外にまで手を広げ、今に至っている。


 私の店『ガーデン商会』と言えば、この国では名の知れた兵器メーガーになった。


 人は私を、成り上がり者、死の商人だ、と陰口を叩く。だが、私の店の武器によって、国の軍事力が強化され、平和が護られているのだ。人々の安定した暮らしのを支えている。

 私は、そこから幾ばくかの金をいただいているだけだ。


 ただ、私は家族に恵まれなかった。両親はすでに他界している。受け継いだのは店と、独り身にしては大きすぎる屋敷。それに資産。だが、次にそれを受け継ぐものは、今のところいない。

 見合いも勧められたが、私を見てくれる人はいない。母親も、結局は父親の資産目当てで嫁いできた没落貴族の出身だ。家柄、資産などなど……上流社会はそんなもので回っている。

 母親から、愛情を注がれた……そんな記憶は忘れてしまった。そもそも私は注がれたのだろうか。

 私は家族を作ろうと思えば、金さえ積めば、何とかなるであろう。人の噂にのぼる女性も振り向いてくれるかもしれない。まあ、そんなことに金は使いたくないが……。


 そして、私は結局のところ、人間女性が信用できない。


 ――だが、彼女は信用できるか?


 心の中で問いかけてきた。

 ただ安酒に酔った気の迷いであって欲しかった。しかし、身分を隠し『坊ちゃん』と振る舞ったあの地区から帰ってからも、彼女の微笑みを忘れられない。頭から離れない。夜、目が覚めてしまう。仕事に手が付かなかった。


 教会の場所は1日もあれば判った。


 ただ、うちの商会の情報網でも、少々時間が掛かったようだ。まあ商売のことに関してはピカイチだが、さすがに一個人を特定するのは……女性の情報を集めるのには少々苦労をしたようだ。しかし、数日しない内に、傷を負った彼女の名前は、エレイナであるということを突き止めてくれた。


 私の妄想は概ね当たっていたようだ。

 3年ほど前、とある女学校で傷害事件があったそうだ。加害者は同じ女学校の生徒。

 発端は、とある爵位のある家にエレイナが嫁ぐことが決まったこと。彼女の家の階級からすれば明らかな政略結婚ではあるが、その相手というのが加害者の想い人だったそうだ。そして、横恋慕のこじれから、犯行に及んだとのことだ。その他、事件の詳細は供述書及び目撃証言を集めたものがあるが、目を通す必要はないであろう。

 加害者のほうは殺人未遂したにもかかわらず、かなり軽い罪になったそうだ。加害者の家のほうが家系も身分も上であったこともある。周りも加害者を身分の関係から、直接非難することも出来ず、それはエレイナに向けられた。


 結局は、彼女が割を食った話だ。


 学校側は、事件を受けて早々にエレイナを退学させたそうだ。

 彼女の両親は、心身共に喪失した娘を実家に引き取っていった。一九歳で、だ。

 そして、実家に引き取られた彼女であったが、そこでも居場所がなくなり、教会へ預けられることになったらしい。ていのよい厄介払いだ。預けられた教会側も、貴族階級の娘をむげには出来ない。しかし、事件のこともあるので、名の知れた地区への振り当てが出来ない。だから、あの地区の教会にやってきた。

 女性として……いや、人間として生きることを絶たれたようなものだ。恐らくこのまま、あの教会に死ぬまでいることになるであろう。


 ――彼女を救い出せるだろ?


 そうだ! それが今できるのは、私だけだ。彼女を愛することを決めたのだ。だが……だが、どう人を愛していいのか判らない。

 金を貢ぐのか? それでいいのか?


 判らない……。


 しかし、それでは今まで近づいてきた女性と変わらないではないか。

 そうはいっても、すぐには思いつかない。手始めになにか彼女にしてあげられることはないだろうか。

 私であれば……あのような地区の教会はゴメンだ。


 ――出来ることは、やはり金でしかないか。


 あの地区では寄附収入は見込めない。教会に金がないことは想像できる。上位の教会からとりあえず、死なない程度のはした金しか支給されていないのであろう。だとすると、私が貢いで寄付してあげれば、生活は楽になるのではないか。

 エレイナへ直接、手渡すことが望ましいのであるが、あからさまになってしまう。


 ――欲は出ないか?


 貢がれると人間は欲が出るものだ。もっと、もっと、と……。

 彼女を助けたい愛したいが、このやり方が正解なのか判らない。それに相手は曲がりなりにも聖職者になった教会の人間だ。自分が好意の対象と見られている、と思ったらどんな反応をするのか。


 ――拒絶するだろうな。


 確かに、私を拒絶するだろう。悟られてしまうのが怖い。だが、やらなければ始まらない。


 ――ならば、彼女をどうしたらいい?


 内なる声から問いかけられる。

 考えねばならない。曲がりなりにも彼女は、女学校に通っていたこともある。今までに会った女性とは違い、知識も知恵も備わっていると見て間違いはない。

ならばこちらも頭を使わねば……不自然に思われないように、月に一度だけ、というのはどうだ。私が……『坊ちゃん』が内緒で寄附をやろう。そのために仲介など使わずに、寄附金を持って教会へ通う。そうすれば不自然ではないはずだ。回数を増やせば、彼女に会う機会が増えるが、そこは我慢だ。


 ――果たして我慢ができるか?


 私が求めているのは、彼女の幸せだ。

 それだけでよいのだ。

 自分が動かせる資金を少しだけ持ちだすと、そこへ向かった。

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