第7話 期待と不安

 私は、天使を失ったかもしれない。


 エレイナから咎められたせいもあって、教会に足を運びづらくなった。

 1年にも及ぶ寄附はその日を境に止まってしまった。もっとも、それだけが理由ではない。


 複雑な話になるが私の仕事が忙しくなった。詳細は省くが、とある地域で緊張状態が起こり、私の商売品である武器が大量に必要になったのだ。それを部下だけでは処理しきれなかった。そのために、あの教会に寄附をする謎の『坊ちゃん』でいられなくなった。


 気が付けば2ヶ月ほど過ぎていた。あの教会に寄附をしなくなってからも……。


 それをどう受け止めたのか?


 よほど金に困っているのであろう。あの教会の老神父や老尼僧は、寄附が止まった原因を内側に求めたらしい。


 ――1年間、私の天使エレイナではなく彼らに金を貢いでいたということか!


 私が危惧していた、私の資産に群がる者が、エレイナ私の天使ではなく、あのふたりだったとは……。


 ふたりは寄附が突如止まったのを、エレイナの所為にしたようだ。。どこからか、あのキッチンでの出来事を聞きつけたらしい。

 そして、私の正体をどこで聞きつけたのか、老尼僧は手紙を送ってきた。

 内容はいろいろと言い訳を並べているが、要約すると「エレイナに謝罪に行かせる」というものであった。


 ――幸運が転がり込んできた。こちらに、エレイナがやってきてくれる!


 私は叫びかけた。


 ――1年。そう1年もの間この時を待っていたのだ。彼女をチャンスだ。


 ものにする……そうだ。理由はどうあれ、彼女が私のところに来るという。

 このままでは、私の思いが届かないであろう。あの一件で、私に怒りをぶつけてきた。その後、顔を合わせることもないし、手紙もやり取りしていない。誤解を解くことも、謝罪を行うこともしていないのだ。


 それで心が変わるはずがない。


 私が寄附を再開したところで、私の天使はあの教会に縛り付けられたままであるだろう。


 ――あの老神父たちの生活のためにな。


 そうだ。


 老神父たちは贅沢な暮らしが出来る。だが、私はどうだ。手にすることの出来ないものに金をかけ続けるのか? 奴らは私の資産を狙っているだけではないか!


 ――だとしたら、どうすればいい?


 簡単な話だ。私が手にすれば救ってやればいい話だ。

 私の手の中に来るというのに、天使を逃がす帰すことはない。


 私の天使。

 私の愛しい人。

 彼女。

 エレイナを……。


 店へ謝罪に来させるのはマズい。私の屋敷に来させるのがいいであろう。『坊ちゃん』は私の店では公然の秘密とされているが、エレイナは……怪我の痕がある女性は、目立ってしまう。

 その点、私の家ならば目立たないであろう。うちには数人の使用人しかいない。目立ちたくない客人を迎えることは、商売柄よくあることだ。使用人たちにはその日は、休暇をやる。いつものこと、と思ってもらえれば助かる。

 迎えにいかせるのも、うちの馬車。それもいつものことだ。御者も秘密の客人、といえば口が堅い。


 ――教会のほうはどうしたらいい?


 確かに、自分のところで預かっている女性が、騒ぐのは当然であろう。

 口止め料として数年分寄附すれ支払えば……安いものだ。両親にも教会自体にも見放されて、問題の地区へ送られたのだ。金蔓かねづるがいなくなるのは惜しいだろう。だが、どうだ。エレイナが自ら進んで教会から出れば文句は言うまい。彼女の両親も、絶望視していた娘のもらい手が現れたのだ。喜ばないわけがないであろう。

 苦労の多いであろう教会の生活より、この屋敷に住めばまた前の生活……いや、怪我を負う前より、よい生活をおくれるはずだ。

 彼女が望めば、私はなんだってしよう。私の元にいてくれるのであれば……。


 ともかく、私は謝罪の場を設けるから、こちらから馬車を向かわせることを手紙にしたためた。もちろん、条件は付けた。彼女ひとりで来ること。寄附の再開には前向きであることを含めて……。


 例の教会は、よほど金策に苦しんでいるのか、返事はすぐに来る。

 了解の旨を伝えてきた。日付は明後日だ。


 2日後……それは長く感じた。

 広い屋敷には私ひとりだ。計画通り、使用人には暇をあたえている。御者も彼女を送り届けると、休暇を取るように伝えた。

 私の屋敷にはを迎えるために、ちょっとした細工がしてあった。隠し通路や隠し部屋など……。この屋敷を先代である父から受け継いだ。客人に必要な施設だし、迎える私のほうにも必要な仕掛けだ。

 私がいたのはその施設のひとつ。玄関脇にある、ひとりほどしか入れない小部屋だ。ここから、玄関に立つ人物に気づかれずに様子を窺えるようになっている。

 正装に着替えた私は、その中でそわそわ落ちつかないでいた。


 その感覚は子供の頃に体験して以来であろう。

 子供の頃、誕生日プレゼントを持って帰ってくる親を待ち続ける感じだ。

 期待と不安……期待は望むプレゼントが手元に来るのかということ、不安はいくら待っても親が帰ってこないことだ。

 正装に着替えたのは、夕食でも一緒に取りながら会話をしようと思ったからだ。

 これから長い付き合いになるのだし、食事を取り、ゆっくりと酒でも……。


 ――来たぞ!


 あれは……。

 そして、待ち望んでいた蹄の音が聞こえてきた。

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