留守番~後編~


 ふと、玄関のチャイムを鳴らす音で目を覚ました。魔法使いさんが帰ってきたのかもしれない。早く開けてあげないと。私がチャイムに気付く前から鳴っていたのだとしたら、大分待たせている。


「はーい!今開けます!」


 急いで起き上がろうとしたら、サイドテーブルに置いていたカップをひっくり返す所だった。危ない危ない。急ぐけど慌てないように、なんて生徒指導の先生がいつも言っている言葉を思い出した。


 起き上がりで覚束無い足を動かして玄関の鍵を開けた。ドアを思い切り開けすぎて前に立っていた人にぶつかりそうになる。


「あっ!ごめんなさい。大丈夫でしたか?」


「大丈夫だ。いや、ありがとう」


「「ありがとうなの」」


「あれ?ネロさんと、ララちゃんにルルちゃん!どうしたんですか?」


「近くに寄ったんでな。顔を出しに来たんだ」


「ましろさんの顔を見に来たの」


「そうなの」


「今ちょうど一人で退屈してたところなんです。ありがとうございます」


「それなら良かった。突然邪魔して悪いな」


「いえいえ!全然ですよ。さあ、上がってください。私の家じゃないですけどね、えへへ」


 ネロさんは玄関で靴を脱いで、手で丁寧に揃えた。ララちゃんとルルちゃんもそれに倣って小さな手で靴を並べた。小さい子ってなんでこんなに可愛いんだろうか。その場所に居るだけで癒される。多分マイナスイオンとか出てる。


 私はリビングに3人を案内した。


「えーと、適当に座ってください。私もこの家の事まだよく分かってないんで。もしかしたらネロさん達の方がよく知ってるかもしれないです」


 苦笑しながら言うとネロさんは不思議そうな顔をして言った。


「いや、ましろの方が詳しいと思うぞ。ゼノとは長い付き合いだが、家に泊まった事はない。それに、ましろが今使っているポットの使い方も知らない」


「えっ!これって何処にでもあるものじゃないんですか?」


「一般の住民の家にはあるかもしれないが、少なくとも俺の家には無いな」


「そうなんだ……」


 私はお湯を沸かすために、ポットの蓋を開け水を注いでいた。その一連の動作を見てネロさんは不思議そうな顔をしていた訳だ。なるほど、この前幽霊街に来たばかりの娘が勝手知ったる動きで道具を使っていたらあんな顔になるのかもしれない。


 と、言うことは魔法使いさんの家は大分日本寄りなのだろうか。それなら洗面所の蛇口がひねる形だったのも分かる。少し古い日本の家に似ている。外観はヨーロッパみたいだけど。


「じゃあ、ネロさんの家ではお湯はどうやって沸かすんですか?」


「俺は保管魔法がかかった道具に飲料水を入れておいて、そこから必要な分を取り出して熱魔法をかけている」


「魔法使いって感じですね」


 同じ街に住んでいるのにこうも違うのか。なんだか、カルチャーショックを受けたみたいだ。こういうのって何ていうんだろう。マジックショック?


「ゼノも魔法使いなんだがな。あいつはちょっと特殊だ」


「うーん、聞いてる限りそうですよね。魔法使いさんの家は私が住んでいた国と似ています。でも、私の国では魔法はおとぎ話の世界でしたから、そこから考えてもこの家は特殊だと思います」


「ほう、だからましろはその道具を使いこなせるんだな。使いこなせるやつを見たのは久しぶりだ」


「そうなんですか!じゃあ、私の国の人達は幽霊街にあまり来ないんでしょうか?」


「そういう訳ではないと思うが、生きていた国と似た環境の場所に落とされるはずなんだ。本当は」


 じゃあ私も本当は日本人がいっぱい居るところに落とされる予定だったのだろうか。

 ポットの口から蒸気が立ち昇ってきた。そろそろお湯が沸いたかな。


「何飲みますか?」


 ネロさんとソファに座っているララちゃん、ルルちゃんに聞いた。


「俺はコーヒーを」


「ララはオレンジジュースが飲みたいの。ルルは何にするの?」


「ルルも同じの」


「ふふっ、分かった!待っててね」


 棚から白地に金色の草模様が入ったカップとソーサーのセットを1つとグラスを2つ取り出した。2人には割れにくい子ども用コップで出してあげたいけど、どうやらグラスしかないみたい。


 コーヒーの粉はジュースとは違う籠の中に入っていた。そういえば、コーヒーを飲む人って濃さの好みあるんだっけ。どのくらい入れるんだろう?


「ネロさん、コーヒーの粉何杯入れますか?」


「あぁ、3杯で頼む。ここにあるコーヒー薄いんだよ」


「分かりました!」


 言われた通り、付属のスプーンで粉を3杯入れる。ポットのお湯を注いで簡易コーヒーの出来上がりだ。


「どうぞ、ましろオリジナルです」


「ありがたく頂くよ。うん、いつもより美味しい」


「あははっ、粉にお湯入れただけなのに!」


「ましろが作ったからかもしれないな」


 冷却魔法がかかった籠からオレンジジュースを取り出し、詮を抜いているとそんな事を言われた。


「ひえっ、やめてくださいよ。慣れてないですからそういうの」


「ふっ、面白いからつい」


「ララ見てるよ」


「ルルも見てるよ。ましろさん虐めないで」


「虐めてないさ」


「ネロさんが虐めてくる〜」


「「ほら」」


 ララちゃんとルルちゃんがネロさんのことを冷めた目で見ているのが面白かった。可愛い二人にあんな目をさせるとは、ある意味すごいと思う。


 照れが薄まって緊張が解けたからか、今度は上手に栓が開いた。オレンジジュースが瓶に入っているのも凄いけど、栓抜きが家にあるのも凄いと思う。何でもあるなこの家。


「は〜い!オレンジジュースですよ〜!」


「「わーい!ありがとうなの」」


 なんて可愛いんだろう。やっぱり小さい子は正義だな。

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