留守番
「じゃあ僕は申請してくるよ」
「何をですか?」
朝ごはんを食べた後、ソファで座っていた私に魔法使いさんが言った。
「ましろちゃんが幽霊街に来ましたよ〜って事と、ここに住むっていう事を伝えてこなくちゃね」
「えっ幽霊街に来たこと言わないといけないんですか?」
「そうだよ〜。まあ直ぐに終わるけどね。今回は少しめんどくさいから直接行ってくるよ。ましろちゃんは待っててね!」
「分かりました」
幽霊街にも申請のような事務手続きがある事に驚きだ。魔法が使えるファンタジーな世界だと思ったら意外と現世にも近いらしい。魔法が使えるなら何でも魔法で済ませそうだけどそうはいかないようだ。
物思いにふけっている間に魔法使いさんは準備を終えていた。
「じゃあ行ってくるね!少しの間一人にしてしまうけれど待っててね。飲み物はキッチンの左にある籠の中に入っているから、好きなものを飲んでね。冷却魔法が掛かっているからちゃんと冷たいはずだよ。温かいものが飲みたい場合はそこのポットに入っているからね。後は、」
「早く行かないと夜になっちゃいますよ!」
怒涛の勢いで説明し始めるから、途中で遮ってしまった。私だって少しの間なら留守番くらいした事ある。現世で、だけど。だからそんなに心配しなくてもいいのに、魔法使いさんったら小学生の子どもに伝える様に話すんだから。
「うっ、そうだね。じゃあ本当に行ってくるからね!何かあったら知らせてね!」
「分かりました!」
私は魔法使いさんの背中を押して玄関まで連れていった。少し強めの口調になってしまったが、大丈夫だろう。そのくらいしないと出ていきそうもない。
魔法使いさんは玄関に立て掛けてあった箒を手に取りドアを開けて外に出た。それに跨ると大口を開けて言った。
「すぐ戻ってくるからねー!行ってきまーす!」
「はーい!」
箒を持つ手に力を込めると、地面から足が離れ箒と共に浮かび上がった。魔法使いさんはそのまま街の方向に飛んでいった。
さあ、私は家に戻って束の間の一人を楽しもうかな。思い返せばここに来てから色々な事が一気に過ぎていった。例えば、魔法を使う人がいたり、物が浮いたり、自分が死んでいたり。普通は考えられない事が一度に起きたら、いくら落ち着いたといっても頭を整理させる時間は必要だと思う。
キッチンに入り棚にあった白いカップを取り出す。その中にポットのお湯を注いでリビングのソファに座った。こういう時は白湯に限る。
「あつっ」
少し熱かった。私はもう死んだ訳だけど、味覚や嗅覚はある事が救いだ。食べる楽しみを取られたらどうやって暮らしていけば良いのか悩みの種になること間違いなしだ。
本当に自分が死んだと分かるとどうして死んだのか徐々に思い出してきた。
7月の後半だっただろうか。雨が酷く降っていた暑い日だった。高校は夏休み期間に入り、先輩達にとって最後の大会になる今年こそは県大会に進ませてあげたい、と部活動に精を出していた。その日も例によって部活があった私は学校に向かっていた。
もう少しで学校に着くという所で赤信号に捕まった。ここの信号って赤になると長いんだよね。今日の練習は走り込みが出来ないから、中で筋トレと発声練習から始まるだろうなという類いの事を考えていたと思う。
青信号に変わって歩き出した時に、左折をした車とぶつかった。それが私の最後の記憶。どうやら交通事故で死んだようだ。車とぶつかる瞬間、景色がスローモーションになると世界の事件を扱うテレビで聞いたことがあるけど、本当にスローモーションでぶつかってくる車が見えるのだ。車のライトの形が四角だったことまで覚えている。
あの後、誰が救急車を呼んでくれたのだろうか。死ぬ程だからきっと血塗れだったと思う。申し訳ないな。もし、会うことが出来たらお礼を言いたい。
現世は今何月何日なのか。大会は終わったのかな。県大会に進めていると良いな。お母さんとお父さんは元気にしているだろうか。妹はまだ小学生だから私が死んだという意味が分かるのかな。
一目でいいから現世を覗きたい。突然居なくなってごめんなさい。一度思い出すと、抑え込んでいた会いたいという気持ちが溢れ出てくる。私の未練はこれなのだろうか。だとしたら、一生幽霊街に留まることになりそうだ。
「はあ〜」
白湯を一口、冷め始めていた。全て飲み干すとソファに寄り掛かり目を閉じた。
ところで、魔法使いさんは何かあったら知らせてねと言っていたがどうやって知らせるのだろうか。今度聞いてみよう。
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