残された現実
「おかえりトウシロウ。今回は、残念だったわね」
王宮の参謀室に帰ると、奥のキッチンスペースでサツキがティーカップにコーヒーを注いでいる最中だった。
「……敗戦の知らせ。もう届いてたのか」
これで俺の評価も駄々下がりかな、なんてトウシロウは思った。
「あなたがそんな顔で帰ってきたんだから、そういうことでしょ」
「なるほど、サツキにはかなわないなぁ」
トウシロウは黒革の椅子に座り、机に突っ伏す。
そこは、いつも出兵前に基本の陣形や作戦を立てている机である。
「どうぞ」
サツキが、ティーカップをトウシロウの顔の横に置いた。
「ありがとう」
顔を上げずに言う。
今にも泣き出しそうな顔を、サツキに見られたくなかった。
「ふーん。ただ負けただけじゃないのね」
しかしトウシロウの後悔を、サツキはすでにお見通しのようだ。
だったら隠してもしょうがないか、とトウシロウは顔を上げる。
「タダで負けてたまるかよ」
悪態のような強がりのような皮肉のような言葉が口から飛び出してきて、トウシロウは自分でも驚いた。
サツキは、壁に寄りかかってティーカップを口につけている。
その視線はどこか冷たい。
憔悴しているトウシロウを、その目で見下しているかのようだ。
その突き放すような態度が、トウシロウにとっては、今はかえってありがたい。
「そんなに犠牲者、出したの?」
「まあ、……最小限だけど」
テツは死んだけど。
「そう。だったらそんなに落ち込まなくても」
「よくない」
トウシロウはサツキの言葉を遮った。顔を上げ、サツキを睨んでしまう。
「よくないんだよ」
「……そう」
サツキは怜悧な笑みを浮かべた。
「トウシロウが私にそんな顔向けるなんて、意外。トウシロウのこと、初めて人間らしいって思ったわ」
サツキは持っているティーカップの中に視線を落とす。
「……それは光栄なことだな」
「その皮肉返しも、人間味たっぷりよ」
「失望しただろ? ミステリアスなんかじゃない。俺も人間なんだ」
サツキから返事は返って来なかった。
トウシロウは机に置かれたティーカップに手を伸ばし、一口飲む。
いつもより苦みを感じた。
急に今まで抑えていた感情が爆発した。
「……そのせいで俺が、テツを殺したんだ! 俺が殺したんだ!」
コーヒーカップを足元に叩き付ける。
甲高い音とともに破片が四方八方に飛び散り、赤い色の絨毯に黒い染みが広がっていく。
「え? どういうこと?」
サツキの声が震え始める。
「それが最適だったからに決まってるだろ……」
本当にそれだけでしかない。
「何で? 親友だったんでしょ?」
サツキが言ったにしては頭の悪い内容だと思った。
そんな分かりきったことを聞くような人間ではないはずなのだ。
「俺のミスで、俺が残るわけにはいかなくて……参謀だから」
「だからって、親友を易々と……?」
「……ああ」
「何で? 何で自分から壊すの?」
「だから最適解だったんだよ! でなきゃ、そんな指示出さない。親友に……俺は……そういう立場の人間だから、国のために、これ以上私情は挟めない」
ヒサトのためにもう私情を挟んでいる。
今回だって何とか私情を挟もうとした。
「何で……、いつもあなたは自分で壊すのよ」
サツキの言葉が胸に突き刺さる。
たしかにそうだ。
トウシロウ・アガヅマという人間と関わってしまったばっかりに、色々な人間の人生を狂わせた。
壊してきた。
「俺がそういう星のもとに産まれた人間だからじゃないか」
「……そう」
サツキは少しだけ黙る。
「でも……だったら全部壊せばいいじゃない」
サツキの声は刺々しくて、冷たくて、恐怖すら感じた。
だけど、トウシロウは続きの言葉を心待ちにしていた。
「あなたがテツを殺したんじゃない。敵よ。敵の兵士がテツを殺したの。憎いんでしょ? 戦争が。すべてが。だからトウシロウが、全てを破壊するのよ」
私だったらそうするよ、とサツキは最後に付け加えた。
「……なるほどな。確かにそうだな」
トウシロウは笑っていた。
たしかにそうだ。
テツを殺したのは俺じゃない。
敵軍だ。
戦争だ。
だったら、俺がそのすべてを、破壊してやる。
俺から大事なものを奪っていくなら、俺がすべてを破壊してやる。
「今は戦争やってるんだもんな。人権なんてないんだよな」
握りしめた拳の内側に冷たいものを感じる。
氷。
能力が元に戻っていた。
「それくらい……やったって当然だよな。負けたんだから、今度は勝たないと」
「ええ。そうよ」
「サツキ、悪い。俺……もう行くわ」
拳を開くと、氷の粒がパラパラと落ちた。
「ええ……気を付けて」
トウシロウは返事をしなかった。
*****
トウシロウが出て行った後の部屋はしんと静まり返っていた。
「これで良かったの」
サツキは自分の体を抱きしめ、震えを抑え込もうとする。
「何で……そんな理由で親友殺すのよ。私がいる意味ないじゃない!」
サツキは背後の壁を拳で殴り、
「自分で全部やっちゃうんだから……復讐なんかできっこないじゃない」
静かに座り込んだ。
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