英雄という名の悪魔

「お前、悪魔かよ」


 トウシロウを憐れんだように見つめる『風』の能力者。

 その体は分厚い氷で覆われ、頭部だけが辛うじて外気に触れている状態だ。


「報われねぇよなぁ……俺たち能力者は。……どこまでいってもよ」

「お前と一緒にするな」


 トウシロウがそう吐き捨てると、『風』の能力者は小さく笑った。

 その笑顔は、どこか幸せそうに見えた。


「お前みたいな顔する前に死ねてよかったわ。感謝するよ。ありが――」


 最後まで言わせなかった。

 『風』の能力者は口から血を吐いて、体を覆った氷とともに砕け散る。

 飛び出していた生首は重力に従って落下していった。

 愛する人に囲まれて死んだかのような、安らかな顔のまま。


「まだ、まだだ……」


 トウシロウは歩き始める。

 テツの命を奪った国だ。

 全滅させなければ。


 戦いに出てこない能力者を引きずり出すため、かなりの人間を殺した。

 その能力者もたった今殺した。

 逃げ惑うほかの兵士も殺さなければ。


 もはやトウシロウの中に、国のためなどという大義名分はなかった。


 親友を殺した敵国と戦争に対する、復讐。


 戦争を終わらせるためには、人がたくさん死ななければいけない。

 トウシロウ・アガヅマこそが最強の能力者だと示さなければいけない。

 

 だから、テツを殺した敵軍を圧倒的な力で全滅させる。


 理にかなった行動だ。

 

 親友のかたきを討つため、心の赴くままに行動できる喜びが、トウシロウを支配していた。


 しかも一人で敵陣に乗り込み、一人で全員を抹殺しているのだから誰にも迷惑をかけていない。

 誰の身も危険に晒していない。


 まさに理想的な戦い方である。


「……やめろぉ、死にたくな――――」


 泣き叫ぶ兵士も、家族の名を出して命乞いをする兵士もすべて、殺していく。


 お前らだって奪ったのだ。

 戦争とはそういうものだ。

 

 トウシロウが敵軍全員を殺すのにそう時間はかからなかった。


 戦場となった湿地帯は、ひんやりとした空気と、異様なまでの血生臭さで包まれる。

 元人間の身体の一部も、ところどころに転がっている。

 そこかしこに飛び散った肉片が、血が、破損した防具が、誰のものかを正確に判別することなど不可能だった。


「……まだだ」


 それでも、トウシロウは満足しなかった。


 満足などするはずがなかった。


 殺人が何も生まないと、知っていたのに。


 気が付けば、身を切り裂くような冷たい雨が戦場に降り注いでいた。


 トウシロウは歩き続ける。


 敵陣の深くで、原形をとどめている人間が横たわっているのを目撃した。


「あいつも、殺す」


 トウシロウは当たり前のようにそこに近づいて行く。

 戦争が行われているのに、平然と眠ったままでいるその人間の度胸に胸糞悪さを覚えた。


 ゆっくりと左右に体を揺らしながら、血走った目をかっと見開く。

 意味もなく湧き出てくる不気味な笑い声が自分のものだと、トウシロウは気づかない。


「そのまま死ね――――」


 横たわる人間の真横に立って、その穏やかな顔を目の当たりにしたトウシロウの目から、


「ああ、あああ」


 涙が溢れ出した。


「――テツ……何で…………」


 よく見ると右脇腹が深く裂け、胸や腹にも何かが突き刺さったような痕跡がある。


「そんな顔してんだよ?」


 でも、どこか晴れやかだった。

 子供の頃の無邪気さを取り戻したような顔で、テツは死んでいた。


「あぁぁ……うぐぅがぁ」


 雨の降る中、トウシロウは嘔吐した。

 吐瀉物がテツの顔にかからないように後ろを向いて。


「ああ、これを、俺が……」


 自分が歩いてきた道に広がっていたのは、地獄絵図だった。

 これを俺がやったのだ、とトウシロウは信じることができなくて、また吐いた。


 胃の中が空になるまで吐き続けた。

 胃の中が空になっても、胃酸だけになっても、吐き続けた。


 嘔吐物から発せられる刺激臭と、降り続く雨の湿っぽさ、流れた血の臭いが、この惨状のすべてを物語っていた。


「テツ、お前まで何で……そんな顔を…………」


 トウシロウはテツの方を振り返る。


 改めてテツの顔を見つめる。


 しっかりと、確かに笑っていた。


 テツの遺体の後方には大きな穴があり、鉄の使用していた刀と、文字が書かれた木の板が地面に突き刺さっている。


 敵軍がテツの墓を作っていたのだ。


『名前も知らぬ真の武人に捧ぐ』


 こんな表情で死んでいった男がいた。

 例えそれが敵であっても、その死を惜しみ、墓をつくらないという判断はできなかったというわけだ。

 その途中で、トウシロウが攻め入ったというわけだ。


「俺たちは……報われない、何で、何で俺はぁぁあああ!」


 膝から崩れ落ち、テツの体を抱きかかえようと――――できなかった。

 神聖なテツの体に、こんな自分が触れてはいけないと思った。


 雨に打ちひしがれながら、トウシロウの慟哭はいつまでも続けられた。


 そんなに高い所から降り注ぐ雨は、どうして人間の体を貫いてはくれないのか。

 この涙は枯れることなどあるのだろうか。


「……トウシロウ様?」


 しばらくして、トウシロウのもとに味方の兵がやってきた。

 すぐにトウシロウは涙を止める。

 その中の大将が代表してトウシロウに声をかける。


「我が軍の勝利です」


 勝ったというのに、その大将の声は暗かった。


「埋葬……してあげましょう」


 そして、その大将の発案でテツの遺体を埋葬する事にした。

 腐敗しかけていた為、持ち帰ることは叶わなかったが、敵軍が掘ってくれた墓穴に、敵軍をも魅了したテツ・ミドリカワという男の栄誉をたたえて。


 ――――その後。


 トウシロウの能力はまた使えなくなった。

 しかし、この圧倒的な勝利のおかげで次々に他国から同盟案が持ち寄られ、戦争は終結を迎えた。

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