頼むな、トウシロウ。
その日、トウシロウはいつもなら絶対にしないミスを犯してしまった。
連日連戦で睡眠もまともに取れず、蓄積された疲労が判断力を鈍らせた。
そのせいで敵がすぐそこまで迫っていた。
「あぁあああ!」
そんな状況で、トウシロウが導き出した打開策は、あまりにも無情なものだった。
自身の能力『氷』が使えないことを再確認した後、怒りに任せて机の上の地形図やペン、グラスなどを払いのける。
すぐに大将クラスだけを集め、緊急会議で作戦の詳細を伝えた。
そこにはテツもいる。
「その役目……俺の部隊が残る」
テツが何を言ったのか分からなかった。
「はっ? ……テツ? お前、何言って」
「今は時間がないんだ。トウシロウは早く撤退の指示を出せ」
「でも……そしたらテツが」
死んでしまう。
今の状況は明らかにトウシロウのミスだ。
戦況を読み違い、敵の進行を許してしまった。
撤退しなければいけないが、被害を最小限にするためには、しんがりで敵を食い止める部隊がいる。
テツを失うことの損失。
他の部隊を守るという利益。
全てを考えても、テツの部隊をしんがりにすることが、一番正しかった。
「大丈夫だトウシロウ。心配するな」
「そういうことじゃない。それにこれは俺のミスだ。……残るなら、俺が一人で残る。こんなところでテツの部隊を壊滅させるためには……ためには…………」
焦っている。
他の解決策を探さないと。
テツが死んでしまう。
「しっかりしろトウシロウ。大丈夫だ。俺に任せろ」
「でもこれは俺のミスで……」
「トウシロウがいなくなったら、勝てる戦いも勝てなくなるんだぞ!」
「だけど……だけど…………」
結論を出し渋る。
本当は分かっている。
何をすべきでどういう指示を出すべきか。
戦争がこういうものだということも。
「でも、テツは……」
俺の親友だから無理だ、とは口が裂けても言える状況ではなかった。
「生き残ってもらわないと、だって重要な…………」
戦力で、とも言えなかった。
「とにかく! だから……俺が残る」
非情な判断なんか、これまで幾度となく下してきたはずなのに。
「……トウシロウ、冷静になれ」
「冷静になってるよ俺は」
「いい加減にしろ!」
テツの張り手がトウシロウの右頬を襲った。
体にじんと染みわたった痛みとともに、何かを悟ってしまった気がした。
「テツ……」
「大丈夫だ。俺なら大丈夫だ」
それは絶対生きて帰るからという意味ではないのだろう。
「戦争に参加するって決めた時から、覚悟してる」
「だけど……」
「しっかりしろ! 俺がそう決めたんだ。みんなを守るため、何が一番いい方法かトウシロウなら分かってるんだろ?」
「……それは、そうだけど」
「じゃあ、それでいい。俺が残りたいから残るんだ。お前を信じてるから、自信を持って残れるんだ」
テツのまっすぐな目が語り掛けている。
その確固たる決心がもう揺らぐことはないと。
「……テツ」
「トウシロウ」
ノゾムとテツと、三人で遊びまわっていた子供の頃を思い出す。
楽しかったあの日々を。
「わかった。――撤退だ」
その指示はすぐに伝達された。
「ごめん。テツ」
「心配するな。今いるメンバーの中で俺が一番強いってことは、トウシロウだってよく知ってるだろ?」
「ああ。もちろん」
強さを知っているから、どうなるかということも分かっているつもりだ。
「だったら安心して逃げろ。生きろ。……それで、もし俺が帰って来なかったら、頼むな。妹のこと……」
右肩に乗せられたテツの手は随分と大きくてたくましい。
「そんな不吉なこと言うな。絶対返って来い」
テツはトウシロウの返事を聞くと、安心したように笑みを浮かべた。
「ああ。この国のみんなの未来を、頼むな。トウシロウ」
「そのセリフ、キザすぎないか?」
最期くらいはと笑って、いつものように冗談っぽく、普段通りの会話のように。
「俺も自分で言っててそう思ったわ」
かははと笑いながら、テツはトウシロウ背を向け、ゆっくり歩き出す。
五歩歩いて、立ち止まる。
「……俺が重荷になるなら、忘れたっていいから。……それじゃあ、またな」
テツの去って行く後姿を最後まで見続ける余裕はなかった。
トウシロウは、他の味方と共に撤退した。
トウシロウの判断の正しさを証明するかのように敵軍は追いかけてこなかった。
テツは帰って来なかったが、最小限の被害で乗り切ることができた。
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