ミステリアスな女


 数年後。

 

 トウシロウの研究失敗によって回避された戦争は、何が発端になったのか分からないまま、いつの間にか始まってしまった。


 テツはその戦争に、国を守るため兵士として参加した。


 トウシロウは参謀になった。

 戦術理論を必死で頭に叩き込んで、テツもこの国も守れるように。

 ノゾムに誇れる人間でいられるように。


 実際、トウシロウが参謀になる前、戦況は思わしくなかった。

 トウシロウが参謀になって僅か一年で戦況は拮抗し、それから半年後には攻勢へと変わっていた。


 その頃から疲弊しきった国の中で、トウシロウは英雄と呼ばれるようになった。


 トウシロウが率いてから確かに快進撃を始めたのは事実だが、味方だって死者がゼロと言うわけでもない。


 トウシロウは複雑な気持ちだった。


 そして、その戦争では能力者同士が戦うことなどほとんどなかった。

 開戦直後は能力者同士が戦い合って、殺し合って、今や能力者を抱えている国の方が少ない。

 恐らく生き残っている能力者はトウシロウを含め――ヒサトを含めないで――五人。


 五つの国に一人ずつ。


 能力者を失った国は、一方的に責められ壊滅する。


 能力者を抱える各国は、能力者ゼロという状況に陥ることを恐れだした。

 戦わせれば必然的に強弱が決まってしまうから。

 そもそもここまで生き残った能力者たちの強さは桁違いなのだ。

 誰がどれくらい強いか戦ってみなければ、誰も正確には把握できない。


 能力者は抑止力になった。


 トウシロウも戦場に出られなくなったため、みんなを守ろうと参謀になったのだ。


 それに、とある国の能力者を殺し、その国の兵士を大虐殺した後から、トウシロウは能力が使えなくなっていた。


 体はどこも痛くないのに、能力が使えなくなったのだ。


「何で、出ないんだ」


 トウシロウは毎晩のように、作戦を考えるからと言って一人になり泣いた。


 自分が能力を使えれば、わざわざ味方の兵士が最前線で戦うこともない。

 殺すことならいくらだってしてきたのに、親友ですら殺したのに、それができなくなった。


「抑止力なんて、ふざけんな。俺が全部戦う。そこで、そこで、俺は――」


 死んだって、別に構わない。

 

 なってみてわかったのだが、参謀はとても無責任な役職だ。

 兵士をコマとして考え、作戦を出して、自分は安全地帯で戦況を読むのみ。


 危険のレベルが違いすぎる。


 それでも他の人に任せるより、トウシロウがその役割についた方が何倍も味方の死傷者は少なくなる。


「俺が、俺が戦えれば……」


 自分が殺すべき相手を、誰かに任せてしまっているのが一番堪えた。


 弟を守るためには、能力者を増産できることを隠し通すしかなかった。


 能力者だけの最強軍を作れば、こんな戦争、すぐに終わるというのに。


「ご苦労様です。トウシロウ様」


 トウシロウが病んでいるこの時期に、トウシロウの元に近づく一人の女性がいた。


 トウシロウが戦地から勝利を手土産に帰ってくると、決まって「お疲れ様です」や「お怪我はありませんか?」などのねぎらいの声をかけてくる、王宮の召使いとして働く女性。


 参謀室にその女性が入ってきた時、トウシロウは名前を尋ねてみることにした。


「私はサツキ・ノノカワと申します」


 彼女は深々とお辞儀をしながら答えた。


「へぇ、サツキさんね。いつもありがとう」

「トウシロウ様にそう言ってただけて、嬉しい限りでございます」

「あのさ」

「はい、何でございましょうか」

「何で君は俺に話しかけるんだよ?」

「……えっと、それはどういう?」

「だから君が話しかけてくるのは俺が英雄だからか? 英雄の俺に気に入られるために近づいて来たのか?」


 そんな嫌味を言ってしまうくらい、トウシロウの心は疲弊していた。


 まあ、実際、将来この国のトップに立つであろうトウシロウにお近づきになるため、色目を使ってくる人は後をたたなかったが。


「あの……質問の意図がよく分からないんですが」


 彼女は困ったように首を傾げる。


「そうやってはぐらかすのはよしてくれ。どうして俺に近づいて来たのか、正直に答えろ」

「……なんだ。トウシロウ様って鈍感かなのかと思ってたんですけど、意外と鋭いんですね。嬉しいです」


 彼女は小さく笑うと、トウシロウの目の前まで歩み寄る。

 誘惑するようにトウシロウを胸を人差し指でなぞりながら、上目遣いで見つめる。


「私があなたに近づいた理由は、あなたのことが好きだからですよ」

「そうか。多分、俺はお前が嫌いだ」

「それは残念です。でも……あなたが誰かのことを嫌いなんて言うところ、私は見たことありませんけど? 誰からにも好かれようと必死なあなたが、そんなことを言うなんて」


 彼女の悪戯な瞳が、トウシロウの中にある闇を堂々と覗いてくる。

 そんな不気味な微笑みは、トウシロウが長年求めてきたもののような気がした。


「お前は……俺の何を知っている?」

「いえ。私はあなたのそんなミステリアスな性格に惹かれたんです。だから好きになったんです」


 そう言いながら抱き付いて来た彼女のことを、トウシロウはいつの間にか抱きしめ返していた。


 こいつなら、トウシロウ・アガヅマという罪人を責めてくれるかもしれない。


 気がついたときには、トウシロウはサツキに惹かれてしまったのだ。


「ミステリアス。そんな綺麗な響きじゃいないよ。俺は」


 トウシロウとサツキはそうして付き合い始めた。


 サツキといる時、トウシロウの心は安らいだし、落ち着いた。


 求め合い、互いに必要とし合うというのはこういうことなのだと思う。


 慰め合うだけが、付き合う理由ではない。


「私といる時は、そんな作り笑いなんかしなくていいですよ。ってか、どれだけ頑張ればそれだけ作り笑いが上手くなるんですか?」

「君に言われたくはないけど、俺は産まれてからずっとだよ」


 俺は生まれながらの役者なんだ、とトウシロウがおどけると、サツキはわずかに顔を歪めた。

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