テツ、ノゾム、トウシロウ
トウシロウは、その足でテツの元に向かっていた。
自分は今、何を求めているのだろう。
何をして欲しいのだろう。
何を探しているのだろう。
テツならその答えを与えてくれる気がした。
「やっぱり、テツもえげつないな」
テツは広場の片隅にある雑木林で一人、黙々と竹刀を片手に素振りの最中だった。
あのスピードや足運びの軽やかさなどを見れば、素人目にも才能があるのだと判断できてしまう。
もしこの世界に能力者がいなければ、テツが英雄になったかもしれない。
いくら凡人が努力しても手に入らないものはあるのだ。
生まれながらという言葉は残酷だ。
それを持つ者にとっても、持たざる者にとっても。
――だからこそ凡人は勘違いをしてしまう。
天才が特別なんだと。
そのせいで、天才はどれだけ努力しても、その努力を認められることはない。
天才のおかげだ、と褒め言葉の皮をかぶった揶揄を絶えずぶつけられる。
凡人は、どれだけ努力しても天才には及ばないから、努力を信じられなくなって、無意味になって、いつしか天才を卑下する側に回ってしまう。
「ほんと、どうにかなりそうだよ」
つぶやいたトウシロウは、素振りを繰り返すテツの背中に近づいていた。
「どうしたトウシロウ? そんなに酷い顔して」
素振りを続けているテツは、気配だけでトウシロウに気が付いた。
しかも、振り返らなくたって、トウシロウの表情がすぐれないことまでお見通しだった。
「テツの方こそ、どうした? そんな怖い顔して」
トウシロウにもそれが手に取るように分かった。
素振りをしている後姿を見ただけなのに、それが分かる自分は、テツと親友のままということだろうか。
「ふっ。よく分かったな。さすがはトウシロウだ」
テツは「はぁ!」と大きな声を出して木刀を振り下ろし、素振りをやめた。
「そりゃあ、だって、ノゾムが死んだんだから……そうなるだろ」
「それもそうだな」
テツは首にかけていたタオルで顔の汗を拭いながら振り向く。
それ以上は何も言わない。
何も言ってくれない。
広場をはしゃぎながら通り過ぎていく子供達の黄色い声が、二人の間にいつまでも残り続けていた。
「実はさ、ノゾムを殺したの……俺なんだ」
トウシロウは、事務報告のように淡々と告げた。
「……はっ? いきなり何言い出すんだ?」
テツは目を見開き、信じられないと言った表情を浮かべる。
「だから、俺が殺したんだよ、ノゾムを……」
それからトウシロウはテツに全てを話していた。
感情的になりすぎないよう、報告書を書くように事実だけを伝えていく。
テツは黙って、表情一つ変えずにトウシロウの話を聞いていた。
「そうか」
トウシロウが話し終えても、テツの反応はそれだけだった。
何事もなかったかのようにトウシロウに背を向け、素振りを再開する。
「ああ。ノゾムは俺たちみたいな天才と張り合えるくらい、強くなりたかったんだと思う」
トウシロウは最後にそう付け加えた。
俺たち、とまるでテツにもノゾムを死なせた責任があるかのような言い方をしてしまった。
「そうか」
テツはそれだけしか言わない。
淡々と素振りを続ける。
「何で……なんでテツまで」
トウシロウはその態度に、腹が立った。
お前が悪いんだって責めてくれよ!
「俺は打ち明けたんだぞ? 殺したのは俺だって言ってるんだぞ?」
「ノゾムが死ぬ三日前だったか」
声を荒らげることもなく、テツは話し始めた。
素振りも続いていた。
「ノゾムから、ノゾムの父親が死んだことを聞いた。『強くなりたい』って言われたからいつものようにノゾムと剣術の訓練をして、いつものようにノゾムでは俺の相手にはならなかった」
実を言うと、いつの頃からか俺が負けることはなくなっていた、とテツは昔を懐かしむような声で言った。
「それでも毎回俺を倒そうと真剣に挑んでくるから、俺も手は抜かなかった。むしろ俺にはそんなノゾムが輝いて見えた。だから、その日のノゾムの態度に俺はムカついた。それまでが嘘のように身が入ってなくて、今日こそは俺に勝とうという気持ちが見えてこなくて」
トウシロウはそこまで聞いて悟った。
テツも才能の功罪について理解しているのだと。
「だから俺は言ったんだ。そんなんじゃいつまでたっても俺には勝てないと。父親が死んだくらいで、本当に強くなりたいんだったらもっと真剣に俺に向かって来いって……言ったんだ」
テツは素振りをやめた。
「そしたら、ノゾムから言われたんだ。『俺がどんなに頑張ってもお前には勝てない』って。『才能があるやつはいいよな』って。『何か言い返してみろよ』って!」
テツは上を向いた。
木々の間から差し込む木洩れ日も、小刻みに揺れ動く葉っぱたちも、二人を慰めてはくれない。
そのさらに上は、残酷すぎるほど清々しい青空だ。
「俺は言い返せなかったよ、何も。嫌な言い方だけどさ……トウシロウならこの気持ちが分かるだろ?」
「痛いほど」
「だって事実なんだよ。天才が……努力がどうのこうのなんて言えるわけないんだ」
好きで天才になったわけではないけど、天才は羨まれる対象だから。
天才のトウシロウは、テツの言葉を無言を使って肯定する。
テツは小さく嗤った。
「でも……そんなこと思ったってことは、きっと俺は驕ってたんだろうな。もしかしたらどこかで才能を鼻にかけてたんだ。ノゾムを見下してたんだ。いくら努力しても俺には勝てないって優越感に。だから……それが最後になったよ。ノゾムとの会話は」
テツの目尻から零れ落ちたものを、トウシロウは見ていられなかった。
「そっか……悪かった」
「謝るなよ。だから、俺はお前を責めない」
テツがトウシロウを真っ直ぐ見つめる。
「トウシロウは俺に責めて欲しいんだろ? だから全部打ち明けた。でも俺は、お前を責めない」
「なんで……」
すべてを見透かされていたことに、トウシロウは驚いた。
その上でテツは責めないと言った。
「トウシロウだって、俺を責めないじゃないか。だから俺はお前を責められない。そういうことだ。俺もお前も……そういうことだ」
テツが責めてほしいことはいったい何なのだろう。
ノゾムを見下していたことか。
ノゾムを傷つけたことか。
詳しいことはテツにしか分からないけど、テツはテツで、ノゾムの死に責任を感じている。
テツが見せている儚げな立ち姿は、きっといつまでも忘れることは出来ないのだろうとトウシロウは悟った。
「なぁ? テツ」
トウシロウは足元の雑草を踏みつける。
「努力してるノゾムって、俺らよりずっと輝いてたよなぁ。羨ましかったよなぁ」
「ああ」
「なのにその輝きに憧れた天才の俺らが……それを奪っちまったんだよなぁ」
「ああ」
「天才のくせにさ、何やってんだろうなぁ。俺たち……」
「ああ!」
テツは目頭を手で押さえる。
トウシロウは、雑草を踏みにじり続ける。
「俺たち、ノゾムと、親友だったのにな」
「ああ……」
どんなに後悔しても、ノゾムはもう、この世にいない。
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