03 Love, (本番用脚本)

「えっうそ。なんで。立ってる」


 彼女。くるくるとその場で回る。揺れる長いスカート。


「足と手が。動いてる」


「はい。動いてますね」


「動けないんだと、思って、ました」


「声に集中すると、手と脚に力が入らなくなるんです。それでいつも車椅子に」


「そう、だったん、ですね」


「はい」


「ということは、今日は、そんなに集中しておられなかった、と?」


「いえ。とても集中しています。これからなので」


「これから?」


 彼女の。


 スカートが揺れて。


 飛び込んでくる。


「うわっ」


 とっさに腰に手を回して、支える。


 彼女の身体。


 ずっしりと重い、胸。


 胸が。


「あっあのっ」


「衣装担当さんとダンス担当さんに習ったんです。胸に全体重をかけるやり方」


「待ってください。あの」


「わたしは今から、本気でいきます。ちゃんと支えてくださいね?」


「いやあの。待って。待って待って」


「腰だけじゃなくて、こう、足のあいだに腕を回しても構いません。そうすると安定するって、アクション担当さんに教えていただきました」


 いやいやいや。女性の足の付け根に腕を回すのはさすがに。


 彼女。


 体重が、すべて。胸を通して、被さってくる。本当に。彼女の腕と脚から、力が抜けていく。


「わたしが声を挙げれば」


 内容。めちゃくちゃな作劇脚本の台詞。


「世間では悲劇のヒロイン扱いの私が、もし突然立ち上がったら」


 彼女の声。いじらしく耳をくすぐる。


「戦いが起こる」


「な、なにを」


 彼女の体重。支えきれない。どうしよう。このままだとずり落ちていってしまう。


「私が声をかければ」


 声。ささやきに変わる。


「あなたはわたしの肩を抱く。わたしは、あなたのことが好きです。ずっと前から。見てました」


 彼女。


「わたしの肩ではなくて、どうぞ、全身を抱いてください」


 腕。


「わたしを床にこぼすの?」


 ああもう。


 腕を彼女の両足の付け根に突っ込んで。支える。


「ん」


 肘の曲げ伸ばしする部分の。内側に。彼女の体重。彼女の。それが。くっついている。しっとりとした感触。


「なんで下着はいてないんですかっ」


 どうすればいいんだこれは。


「ごめんなさい。あの。こういうの、初めてで。何を履いていけばわからなくって。調べても出てこないし。それでメイクさんに聞いたら、なにもはかなくていいって。それで、長めのスカートを」


 くそっ。


「わたしはあなたのことが、好きです。本気です」


 声。


 延々と鼓膜を甘く刺激して。脳を焼くだけ焼いてから、透き通り抜けていく。


「告白を受けて、くださいますか?」


 声の質が、どうしようもなく、研ぎ澄まされていく。


 これが、彼女。


「どうしようもないな」


 どうしようもない。


 彼女。さっきから、小刻みに震えている。


「分かりました。私も好きです。好きで呼びました。好きでした。好きです」

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