02 レイド
「すごいですね、彼女」
録音室から、録音の風景を見つめる。
劇場で大々的に打ち出すはずだったものが、昨今の流行り風邪のせいで講演が全てつぶれた。
払い戻しを起こさせないために、配信用の音声作品に切り替えていた。いまは、それの収録中。
「いやしかし、内容めちゃくちゃだな、この
「ただでやってんだからこれぐらいでいいのよ。わたしの作劇に文句あんの?」
「ないですごめんなさい」
ディレクションとして動かせるおかねを、すべて彼女のオファーに使った。その結果、私以外には、いま録音室にいる人間だけしか参加していない。
メイク担当。衣装担当。ダンス担当。アクション担当。機材担当。そして脚本。全員、有志集合。ありがたかった。
車椅子で、手も足も動かない彼女。
それでも、彼女が声を挙げれば戦闘ものになる。彼女がささやけば恋愛ものに変わる。彼女が独白すればノンフィクションになる。
どうしても、その彼女を使いたかった。
好きなのかもしれない。
しかし、ディレクト担当が演者に近付いたり恋愛目的で声をかけるのは、御法度だった。現実は演劇やドラマよりも小難しくできている。
世の中は彼女を、四肢が使えない悲劇のヒロインで、唯一残った声でひっしに生きていく強い女性だと評していた。
違う。
彼女のすごさは、四肢を失うことでも、声だけで生きていくことでも、ない。
美しいのだ。
心が。
心と声が透き通って、つながっている。どこまでも透明で、偽りがない。
だからこそ、彼女のことを好きになっている自分がいる。そしてそれは、許されない。
『はい。終了です』
周りから拍手の雨。
今回に限らず、ほとんどの講演は多くの人間が関わって縁の下で支えてはじめて完成する。
舞台に立つひとりの演者のために、多くの人間がその舞台の下で馬車馬のように動くことも、珍しくない。
複数人で、ひとつの目標に向かって進む。
「チーフ。そろそろ」
「あ、はい」
彼女を。運ばなければ。
回りの人間。にやにやしている。
「なんですか?」
「いえ。別に」
「予算をすべて食い散らかして彼女を呼んだのだから、周りで援護する馬車馬としても、なんか成果は欲しいよねえ」
「大丈夫です。映像配信で利益は出ますから」
「いや、そういうことじゃなくてさ。まあいいや。どうぞ」
扉が開けられる。
四肢の動かない彼女。
マイクの前に。
立っている。
背筋を反らし、手をグッと上に向けて、全身で伸びをしていた。
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