第14話 夜の楽しい女子会(コリス)


 体を揺すられる感覚で目を覚ますと、可愛いエイルのお顔が至近距離にあった。


「あー……時間ですか?」

「うん。マスター、だいじょうぶ?」

「ええ……。何かあったら起こしますので、エイルはこのまま寝ちゃってください」

「……わかった」


 コリスと話すために起こしてもらい、背伸びをする。

 まだ寝ていたいという欲求が残っていたが、先ほどのジーナとのやり取りを思い出して頭が急速に覚醒する。


「あ、あれ?」


 静かに外へ出るとコリスがちょっと驚いた声を出す。ジーナと違ってこちらは声の音量が小さい。


「あぁ、エイルがちょっと体調悪いみたいで」

「え?大丈夫なんですか?」

「大丈夫だと思いますよ。薬を飲ませてますので。あ、でも、もし明日の朝も体調が悪そうだったら、一度シュトラーゼンに戻らせてください」

「うんうん!心配だもん。全然私は構わない……ですよ」


 急に敬語に戻ったので俺はクスッと笑う。


「え?え?」

「敬語は不要ですよ。私の方が年下ですし、コリスさんの方がベテランなんですから」

「え、あ、うん。あんまり言葉の使い分けとかできなくて……。偉い人に対して変なこと言っちゃって失敗したこともあったから」

「あぁ、そういうことがあったんですね」

「マナさんも敬語とか別になくてもいいからね」

「私のは癖みたいなものなので」


 ある意味、コリスと同じで初対面の相手には可能な限り敬語で喋るようにしている。

 身分の差とか、年功序列とか本気でどうでもいいと思っているが、相手に良く思われないと仕事の案ですら通してもらえない日本の企業で働いていたので嫌でも染みついた。今は感謝している。

 正しく身に付いていない件については察して。


「そういえばジーナさんに聞きましたよ。女騎士リバティース」

「あ、ジーナちゃん話したんだ」

「ええ。よっぽど面白い小説だったんですね」

「うんうん!すっごく楽しかった……」


 なぜか言葉が尻すぼみになる。顔もうつむき気味になってしまったので少し声のトーンを落として聞いてみる。


「なにか……あったんですか?」

「ううんなにも。ただ、やっぱり現実は上手くいかないなぁって」

「それはもっとギルドで活躍できるはずだったのにという話でしょうか?」


 俺の言葉にコリスは首を横に振る。


「そうじゃなくて。もっと成長できるって思ってたから」

「魔法が使えるようになったり……という意味ですか?」

「それだけじゃないけど……。私は村でも連弩の扱いそんなに上手い方じゃなかったし、剣の方は力が無いから全然ダメで」


 だから、コリスは剣を持ってないのか。

 確かにコリスの細腕で剣を振るうと逆に怪我しそうではある。


「旅をしながらちょっとは上手くなるかなぁって思っても、全然上達しなかったし……。ジーナちゃんの足を引っ張ってばっかだから、なんか悪いなぁって」


 とは言っても、どっちも総合的な実力はそれほど変わらない。

 悲観的になることは無いと思うけど……。


「そんなご自分を責める必要は無いですよ。今日見ていた限りですが、短剣の扱いはジーナさんよりもコリスさんの方が上手かったと感じましたし」

「あはは。木の実を取りに森の中を進むくらいは故郷でもやった事あるからね。獲物を捌くのも小動物系は私たちの仕事だったし。ジーナちゃんが慣れてないのはそういうのあんまりやりたがらなかったから……かな?」


 あぁ、“女性の仕事”ってレッテルをわかりやすく嫌悪してたしな。


「ジーナちゃんは私よりも体が大きかったから剣もちゃんと扱えたし、連弩も結構うまかったから……。前に出て戦えるのがうらやましい」


 え、マジで?

 俺だったら前に出なくていいなら絶対に前に出ない。

 前に出て戦うのはタンク系に任せる派。


「そう考えられるだけでも素晴らしいと思いますよ。私なんてヒルダたち三人に頼ってばっかりですし」

「マナさんはいいんだよ。だって魔法も使えるんでしょ?」

「えぇ、まぁ」

「羨ましいなぁ。私はまだ練習中だし……。もうちょっと連弩とかが上手くなると良いんだけど、あんまり受けられるお仕事無くて練習用の矢すら買えないからなぁ」


 コリスが溢した言葉に俺は疑問を抱く。


「コリスさん、もしかして魔法使えたんですか?」


 コリスは自分の発言を思い出し、やっちゃったという顔を手で覆い隠した。

 そして、おずおずと手を下げていき、困り顔で口を開く。


「ジーナちゃんには……内緒にしてくれる?」

「それはまぁ、大丈夫ですけど」


 あの性格だからコリスだけ魔法使えるってわかると激昂すんのかな?ちょっと想像できるのが嫌だ。


 そんな事を考えているとコリスは自分のポーチの中から一つの石を取り出した。

 手のひらサイズの半透明な八面体の石。中心部には少し色の濃い球体が見える。


「それは?」

「【召喚石】って言って召喚獣を呼ぶためのマジックアイテムなんだ」


 確かゲームの中だと敵エネミーをスキルで封印した簡易召喚アイテムだったよな……。

 サモナー系が扱う汎用召喚獣よりもよりチープな性能で、HPが0になるか一定時間が経つと自動的に消えてしまう使い捨てアイテム。

 ただ、俺の記憶にあるのとは多少形が異なる。


「それってリバティースの悪人が使ってるっていう?」

「そ、そう……。あ!でもね、剣も魔法も召喚石も使う人によって善悪が変わるの。だから、物語は物語。私は正しく使うつもりだし、ちゃんと使えばすごく頼りになるんだって」


 まぁ、その意見には同意しかない。

 所詮は道具だしな。使い手によって、見る方向によって善悪なんて容易く変わる。

 ただ心配なのは、彼女の言葉が100%誰かの受け売りだったことだけ。


「それって誰でも使えるモノじゃないんですか?」

「ううん。このアイテムは魔法が扱える人じゃないと使えないんだって。それでジーナちゃんは使えなかったみたいなの」

「みたい……とは?」

「ジーナちゃんに内緒で魔法の練習に付き合ってくれてる人たちがいて、その人たちがそう言ってたんだ」


 コリスの説明に俺はちょっと首を傾げる。


「その練習って数ヶ月に一回程度だったりします?」

「う、うん……。どうして?」

「いえ、ギルドに所属してから一週間経ちますけど、そんな勉強会みたいな雰囲気は感じ取れなかったので」


 呼び込みのタイミングとかにいない可能性は大いにある。

 けど、それならこれだけわかりやすい初心者に声をかけてこない理由が分からなかった。

 このメイド服が浮いているとかは気にしない。


 しかし、コリスの口から出たのは斜め上の回答だった。


「あ、えっとね。シュトラーゼンとは別のギルドに所属している人たちで、時々こっちに来て私たちみたいな女冒険者を集めて色々と教えてくれるの。ジーナちゃんは別な所で剣の訓練を受けてるんだって」

「え?」


 思わず声が漏れる。

 頭の中で何度もコリスの言葉を繰り返すが、一向に意味を理解できない。


 確かギルドってあんまり他のギルドの仕事は受けられないはず。

 この国で言えば、東西南北の四つとシュトラーゼンの中央で計五つのギルドが存在する。だけど仮に東で登録を行った場合、そのギルド冒険者は例外を除いて東でしか仕事を受けることが出来ない規則になっている。

 これは登録時に説明を受けたし、コリスたちも知っているはず。


 だから、他所のギルドの新人教育を行う意味は無いのだ。どんなに彼女らを育てても自分たちのギルドの負担は減らないから。

 仮にその行為に意味があるとするのなら?と考えると、寒気が止まらない。


「それって勉強代は一回いくらくらいなんですか?」


 これは全く意味の無い質問だ。

 ジーナとコリスが受けられる授業というだけで、要求されるのが金でない事くらいわかる。


「お金なんて全然かからないよ。いつも無料で教えてくれるの。それにマンツーマンじゃないから、私たちみたいな弱い女冒険者の人たちが集まるから怖くもないし」


 俺はちょっと不安そうに顔を歪めてストレートに質問する。


「それって勉強代に体を要求されたりしません?」

「アハハ、そういうのはシュトラーゼンに普段いるような人たちだけだよ。その人たちは全然そういうことを求めてこないの」


 なるほど……。それを良しとする人達が集まっているという訳か。

 寒くもないのに、背筋がブルッと震える。

 報酬を求めない奉仕ってただただ恐ろしいと感じるけど、これは俺の“感覚”だからなぁ。

 実際のところどうなのかは判断付かない。


「そんな事もあるんですね」

「うん。なんか使える冒険者が増えれば国のためにもなるから、初心者からそういう対価を求めないんだって」

「へぇー。そんな優しい方々がいるんですね」


 気を付けているつもりでも少し棒読みになってしまう。

 まさか本気で無償のボランティアだなんて崇高な精神性を持っている素晴らしい人間でもいるんだろうか。


「そういえば、その時の魔法の練習って具体的にどういうのをやってるんですか?」


 あんまり考えると頭が痛くなりそうだったので、話題を変える。


「えっと、召喚石に魔力を込めると石の中から召喚獣が出てくるの。それで召喚した子たちを上手く操る練習かな」


 ん?それ……魔法の練習になってるのか?

 俺がここ数日試している方法とは全然違う。まぁ、現実での魔法の練習なんて見たことは無いから自分のやり方だけが正義とは思わないけど。


「あの……召喚石って確か一度使うと無くなるって聞いた事あるんですけど」

「あ~、それは物語の中だけの話だよ。私も最初は誤解してたんだけどね。実際は『再結晶』って言葉を唱えると、この状態に戻るの」


 てことは、やっぱり俺の知ってる召喚石とは違うものか。

『再結晶』って言葉も初めて聞いた。


「その召喚石はどこで買ったんですか?」

「え?」


 うん?

 なんでそこで疑問符が飛んでくるの?


「これ貰いもので……。あんまり値段はわかってないんだ」

「それは魔法を教えてくれる方々がくれたんですよね?」

「う、うん……」


 この子……、自分でもよくわかんないものをそんな大事に持ってるの?

 こめかみを押さえたい気持ちを抑えつつ、恐る恐る尋ねてみる。


「じゃあ、実際に召喚してみた感じはどうですか?私は使ったことが無いので召喚獣の使い勝手が分からないんですが」

「んー……、結構指示通りに動いてくれるよ?あ、でも教えてくれる人たちは私には才能あるって言ってたんだ。他の人よりも扱いは上手いみたいで」


 珍しく自信があるせいか、コリスの口からポロポロと成功体験が零れ落ちた。

 召喚に一回で成功した事、それが割と上級寄りの召喚獣だった事、命令にどれだけ召喚獣が従うかなどなど。周りの女性冒険者からも羨望の眼差しを受けるほどだそうだ。


「召喚石って一人で使ったことはあるんですか?」

「え?いつも召喚は一人でやってるけど」

「あ、そういう意味ではなくて、その教えてくれる人たちのいないところで召喚をしたことってありますか?」

「ん~、召喚石だからあんまりジーナちゃんがいる前では使いたくなくて、まだ使ったことはないんだ」


 暴走フラグ。暴走フラグが見えるんですけど。

 できれば俺のいるところでやって欲しい。


 ちょっと待って。これ……南西に未だスタンバってる奴らのお目当てってこの二人なんじゃ……。

 リェラさんの言う“ご自身の立場をお忘れなく”とか、“お気をつけて”ってここに掛かってるの?下手をすると外患誘致とか、他国の工作員の仲間と思われていそう。


「そうでしたか」

「もしかして……不安?」


 コリスの言葉に俺は素直に答える。


「コリスさんの実力を私は本当に知らないので少しは……。こればっかりはしょうがないですね」

「そう……だよね。あ!そうだ!良かったらマナさんも参加する?」


 ある意味、気にはなっている。


「そうですね。参加できるのであれば、ぜひお願いしたいです」


 嬉しそうに手を合わせるコリス。そんな彼女に俺は頑張って笑顔を向ける。

 その後は交代の時間になるまで和気あいあいと話をしていた。





 コリスはジーナと逆で内向的で自信がない。だけど、短絡的な所はジーナと同じだ。

 ある意味、ジーナよりも扱いにくいかも……。


 ひとまずは、彼女が参加している自己啓発型セミナーに参加しよう。

 思っている通りにヤバイ奴らだったらどうにかしないといけないし……。


 異世界初の仲間はちょっと癖のある二人。まぁでも、振り切ったようなヤバイ人たちじゃないからまだいいか。

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