第15話 ギルドの追手
監視をしていた方の動きも無く、危険動物に襲われるようなイベントも無かった。
無事に夜が明け、俺はみんなが起きてくる前に朝飯を作る作業に移る。
一人暮らし歴長いから簡単な料理くらいはできる。こういう時は自炊してて良かったと思うな。
ヒルダとエイルは周囲の見回りプラス薪集め。
リーヴは焚き火の前で休ませている。
料理がだいぶ出来上がってきたところで、ジーナとコリスが自分たちのテントから出て来る。
「おはよ~」
「マナさん、おはよう」
「お二人とも、おはようございます。ちょうど食事が出来たところです。あ、ちょっと待っててください」
俺は地面に置いていたたらいを持って二人の傍に置く。
「『サモンスプラッシュ』」
下級の水精霊召喚スキルでたらいに水を張る。
元が攻撃魔法だからか威力を絞るのは中々難しく、たらいの周りが水浸しになるのは御愛嬌。
「「おぉ!」」
二人が目を輝かせながら驚きの声を上げる。
「これで顔を洗ったりしてください」
「すごッ!?」
「ふわっ!?ありがとう」
ジーナとコリスは自分たちのテントから汚れたタオルを取ってきて、上半身を開けさせる。
そうしてたらいの水をタオルにしっかりと含ませて身体を拭き始めた。この場には同性しかいないから二人とも必要以上に裸体を隠すような真似はしていない。
「やっぱり魔法使えるのは良いなぁ」
「うんうん。朝、川が近くに無い時とかに体を洗えるっていいよね」
「ホントそれ」
ジーナの同意にころころと笑うコリス。
二人とも楽しそうに身体を汚れを拭いている。ノリは高校生の部活って感じだな。
二人の裸にはそれほど興味をそそられないので、本日の行動をどうするか考え始める。
イッカクラットはとりあえず一体分確保している。とは言っても、二人にこのまま行動の指揮を取らせるつもりはない。
今日はリーヴの索敵スキルを上手く採用するように立ち回るか。その上で二人には獲物を追う方法を学んでもらおう。
まぁ、俺も学ぶ側の人間だから偉そうなことは言えないんだけど……。
二人は基本的に創作物への憧れが強すぎるってのは昨日の夜にわかっている。ってことは、それに引っ張られた理想が常に頭の中にあり、現実は歪んで見えているはずだ。そこに注意して伝える必要があるなぁ。
やる気はあるのに、空回りしているせいで個人の成長が阻害されているのがとても惜しい。
あと、ギルドの男性には嫌悪感を示しているから聞く耳を持ってないけど、同性同士のやりとりならもう少し聞く耳を持ってくれるはず……。そう信じたい。
配膳を始めながら彼女たちの今後を考えていると、リーヴの傍に寄ったところで俺の服が僅かに引っ張られた。。
「ん?」
どうしたのかと思い、リーヴの方に顔を向けると視線が僅かに下に動く。
足元の地面には文字が書かれている。文字は“SW”、“X”、“GO”、“THIS”。
南西の監視者がこちらに向かって動いているらしい。
「ヒルダとエイルは?」
「差し出がましいようで恐縮ですが、向かわせました。動きがあったのはついさっきなので接触するのは少し後になるかと」
「ありがとう」
まぁ何かあってからじゃ遅いし、その辺を考えて独断専行しているんだろうからありがたい。
マップを開いて確認すると、おおよそ一キロ圏内まで近づいてきていた。森の中だからすぐに辿り着ける距離ではないけど、ここまで近づいてきているって事は向こうの意図でここを目指しているってところだろう。
「ヒルダたちには出来る限り戦闘を避けるように伝えて。あと、向こうに明確な戦闘の意思が無ければここまでの案内を」
「承知しました」
そう言ってリーヴは立ち上がる。
ほんの少しピリ付いた空気を察したのか体を拭き終わったジーナが立ち上がってこちらに顔を向けてきた。
「何かあったの?」
ジーナさん。一応、女の子しかいない状況だけど、上着くらい来てください。
「ええ、もしかしたらお客様がいらっしゃるかもしれません」
「お客様?え?こんな森の中で?」
コリスも不思議そうに首を傾げている。
しかし、二人は事態を重く受け止める習慣が無いため、ゆったりと服を着ながら話を聞く。
「南西の方でヒルダとエイルが他のギルドの方々と遭遇したようでして」
「え?ギルドの人?」
「珍しいわね。森での討伐依頼ってあんまりラップしないはずなんだけど」
ジーナの言う通りだ。
森の中だと味方と敵が判断しづらい上に誤射による死亡事件が多発した背景もあり、森の中での討伐クエストはギルド側から受領数を制限している。日本で鹿や猪と間違えて誤射してしまうとかの事件と同じ話だ。
この森も大きい割には他のギルド冒険者が依頼を受けていると、依頼書を持って行っても受領してくれない。本来はそのはず……。
ちょっと失礼な話だが、ジーナとコリスも気づく違和感。
リーヴの読み通りに“監視”なんだろうけど、近づいてくる意図が見えない。それほど変な動きはしていないはずなんだけど……。
ジーナとコリスが服を着終えて石の椅子に座ったタイミングで、話を続ける。
「ええ。本来なら重複するはずの無い依頼。もしかすると、私たちに用があるのかもしれません」
「え?」
「アタシたちに用って何も悪い事なんてしてないじゃない」
ジーナの口調が少し強くなる。
だけど俺は笑顔を浮かべたまま、俺は自分の意思を伝える。
「ええ。悪い事はしてません。ですが、別の用があるかもしれないんです」
「別の用があるって、そんなの本当にあるかどうかわかんないじゃない!」
「はい。なので、事情をヒルダに聞いてもらって相手側に問題が無ければ、朝食をご一緒しつつ、お話を伺おうかなと」
「うぇぇぇ。え、ちょっと待って。話を聞く必要ある?」
え、むしろなんでそんなに嫌そうなの?違和感はあったのにそれを解消しようとは思わないのか……?
ジーナのものっすごくイヤそうにしかめた顔を見て、思わず笑顔が貼り付く。
「え。そこまで嫌ですか?」
「だって、理由はわかんないけどこの森にいるって事はシュトラーゼンの冒険者でしょ?どうせ自分たちの方が先に依頼を受けてた~とか言って、こっちに説教してくるだけじゃない」
いや、森への侵入はギルドがコントロールしているんだからそんなケースはほぼないだろう。
シュトラーゼンの男性冒険者に対する偏見が思っていた以上に強い。
「アハハ、ジーナさんの言う通りの説教だけならいいんですけどね」
「ちょっと……それどういう意味?」
ジーナの眼がつり上がる。それと同時にコリスが声を上げずにオロオロとし始めた。
「ヒルダの話によれば、向こうから我々の方に接近してきたとのこと。思っている以上に今が危険な状況かもしれません」
「思ってる以上に危険ってなによ?ってか、そもそもヒルダとエイルは薪を集めに行ってるんでしょ?戻ってきてないのになんでそんなことわかんのよ」
「離れた相手と会話できる魔法があるんです」
実際に会話ができるのはリーヴのみだけど。
しかし、ジーナは俺の言葉を聞いて、チッと舌打ちをする。
「魔法が使える人は本当に便利で良いわね!じゃあ、その魔法で向こうにいる奴らと会話すればいいじゃない」
「相手が魔法を使えないと意味はありませんし、特定の相手を思い浮かべなければ会話が成り立ちません」
「なぁんだ。魔法を使える人間も思ってた以上に使えないのね」
それはわかりやすい嫉妬心。
多分ジーナにとって、魔法とはそれほどまでに自分が最も欲しかった能力・才能なんだろう。数の少ない才能に選ばれ、自分が感じた苦労をしていないと決めつけている。
こうなると分かっていたからこそ、コリスは魔法の練習でさえ言い出せなかったんだ。
「そうです」
「え?」
だからこそ、俺はジーナの言葉を肯定する。
逆にコリスは俺の言葉に思わず声を漏らしていた。
「魔法使いは万能ではありません。魔法が使えるというのは出来ることが他人よりも一つ、二つ多いというだけです。だからこそ、キチンと相手と会話をする必要があります」
そう言うとコリスの方がジーナの服を少し掴んで説得に加わってくれる。
「ジ、ジーナちゃん。お話聞くくらいならいいんじゃない?」
「それでまたアタシたちが悪者になれって?冗談じゃないわよ」
むしろどういう扱いを受ければこうなるのか気になるな……。
まぁ、ジーナ本人に根付く劣等感と被害妄想によるところも大きいんだろうけど。
「わかりました。それでは私の方で話をつけて来ます。リーヴ、貴女はここで待機してください」
この時、俺も配慮は足りていなかった。
余計な一言を続けてしまう。
「何かあった時には二人を守る事を最優先に動いてください」
「な?!カッパーに守られるほど落ちぶれちゃいないわよ!」
俺の言葉を遮る様にジーナが怒りと共に立ち上がる。そんなジーナにコリスは慌てて石からずり落ちた。
ジーナの言葉にリーヴも抑え込んでいたであろう不快感を一瞬だけ顔に出すが、すぐに綺麗な笑みを顔に貼り付けた。よくやったリーヴ!
「では、お二人はここでお待ちください。私とマスターはヒルダたちと合流して件の冒険者と話してきますので。御自分の命は御自分で守れるんですよね?」
心の中で褒めたのに全然ガマンできてない。そういうことは言わなくていいの。
リーヴの安い挑発にジーナは髪を逆立てんばかりに怒りをあらわにする。
「当たり前でしょ!?行くんだったらさっさと行ってくればいいじゃない!とにかくアタシたちは二人でも大丈夫だから、心配する必要はないわ!」
どこから出てきた自信かは置いといて、激高した彼女をこれ以上刺激したくない。
おそらく自分が種火を着け、リーヴが油をまいた感じかな……。
俺は心の中で溜息を吐きつつ、二人に頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。お二人を侮辱するつもりはなかったのです。ただ、リーヴ程度の力でも無いよりはマシだと思いまして……。人数としても半数以上の四人がいなくなるわけですし、チームを等分にするなら一人を残してリーヴを……と考えただけなんです」
「ジーナちゃん、マナさんも色々考えて言ってくれてたんだよ。あんまり怒らないであげて」
援護射撃にコリスが加わってくれる。
しかし、ジーナの機嫌はまだ炎上中。
「それでも年長者に対して、言い方ってものがあるでしょ!?」
「配慮が行き届いていなかった事に関しても謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」
本気で申し訳なさそうに何度も何度も頭を下げる。
自分が悪いとは一切思ってないけど、俺は誰にだって頭を下げられる。なんせ日本の企業マンだからな。相手を問わず下げてきた頭は既にプライスレス。
「お二人も感じ取っておられるとは思いますが、今は私にもわかるほどの異常事態です。そもそも、他の冒険者が別の依頼を受けている冒険者に接触しようとするなんてまともではありません。相手の目的がなんであれ、備える必要はあります。たった一人分とはいえ、人数を偏らせると相手の思うツボかもしれません」
俺の態度にジーナは盛大なため息を吐く。
そして、少し頭が冷えたのか、ドサッと石に腰掛けるとそっぽを向いたまま先ほどよりは穏やかな口調になった。
「わかったわよ。マナの事情はわかったから、行くんだったらさっさと行ってきて」
「マナさん、えっと、あの……気を付けて」
「ありがとうございます。えっと、ジーナさん」
「なに?」
「一応、リーヴを置いて行っても構いませんか?」
「さっきの理由聞いたら断る理由もないしいいわよ」
その言い分にリーヴのこめかみがピクっと動く。お願いだから我慢して。
俺はリーヴの耳元に顔を近づけて、小さく命令を出す。
「リーヴ、失礼のないようにね」
「はぁい♪」
声がいつもよりも高くて怖いなぁ。
これ……機嫌直すために何をすれば良いんだろう。部下と上司に挟まれる中間管理職のツラさをここでも味わうとは思いもよらなかった。
唯一の慰みは部下が超絶可愛いところだ。一番デカイ違い。
「では少々、お待ちください」
俺はリーヴの心中を察しつつ、居心地の悪くなったこの場を離れる。
普段よりも足取りが軽かったのはこの場から逃げ出したかったわけじゃない。ただ……心の中で本当に謝る。ゴメンねリーヴ!
マップを頼りに800mほど走ると、五人の男とヒルダ、エイルが対峙していた。
ヒルダもエイルもフル装備状態ではあるが、ヒルダが剣を向けているわけではないのでちょっとホッとする。
「お待たせしました」
ヒルダの後ろから声をかけると一斉に視線が俺へと注がれる。
俺はその視線に物怖じすることなく、優雅を心がけてスカートの端を掴み上げる。ただし、視界から彼ら四人を外さないため、頭を下げるのはほんの少しだけに留めた。
「はじめまして諸先輩方。私は先日ギルド冒険者になったばかりのマナと申します」
俺の挨拶を見て、リーダー格っぽい男が口を開く。
「ご丁寧にどうも。オレはライザック、このパーティのリーダーだ。早速本題に入らせてもらうが、アンタがこいつらを寄こしたのか?」
「ええ。昨日から私たちに興味津々の様でしたので、“お話がてら”朝食でもご一緒にどうかと思いまして」
「こいつらの言ってたことは本当だったのか……」
あぁ、出会い頭に「あちらでご一緒に朝ご飯でもいかが?」って言われると驚くよね。街の中で美女に誘われても断りそう。
苦笑いを浮かべつつ、五人の男を観察する。
ライザックは筋肉質でガタイが良く、背は俺と同じかそれ以下。ヒゲ面、キツイ目つきの割に丸顔のためか愛嬌があるようにも見える。装備は左側に防御を集中させ、左手から肩にかけて仰々しい鎧を装備している事を除けばいたってオーソドックスなもの。武器は剣、背中に弓。ギルドプレートはゴールド。
他の四人も装備自体はほとんど変わらない。顔の特徴を野菜で表現すると左からアゴの大きなナス、顔が角ばったジャガイモ、顔の細長いニンジン、ニキビがぶつぶつゴーヤ。こちらのギルドプレートは皆がシルバー。
「まぁ、警戒しますよね。でも、ご安心ください。ちょっと仲間内での話し合いが足りなかったみたいで、朝食をご一緒するという提案は却下されました。なので御用はこの場で伺います」
「……それはジーナとコリスが反対したのか?」
「どうしてそのお二人が反対したと思ったのですか?」
俺の返しにライザックはバツが悪そうに頭を掻く。
「オレはあの二人に嫌われてるみたいだからな」
「え?まさかいやらしい事を無理やり……!?」
俺の言葉にヒルダとエイルが戦闘態勢になる。ゴメン、冗談なんだけどって言いたかったけど、代わりにライザックが慌ててくれる。
「そ、それは違う。第一、オレには嫁も娘もいるんだ!んな事をするわけねぇだろ」
「では、なぜご自分が嫌われていると?」
理由は察しているが、一応尋ねてみる。すると、ため息交じりに答えてくれる。
「こっちとしては善意で話したことがアイツらに悪意として伝わっちまったんだ」
「あぁ、それで心配して付いて来たってことですか?」
娘に重ねてしまって心配になったという美談を頭に思い浮かべての言葉。そんな俺の言葉にライザックは目を剥いたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「それは違う」
その否定は酷く冷え切っており、おおよそ感情と呼べるものが介在していないように感じた。
加えて一瞬で仕事人の目になったことが恐ろしい。和気あいあいと過ごしたかったけど、そうもいかないようだ。
「それでは話を戻しましょう。我々に何の御用でしょうか?」
「悪いが、話す理由はない」
「理由もなく追いかけ回されるとこちらも不快なのですが」
「オレらはお前らの討伐の邪魔をするつもりはない」
「……目的は監視ですか?それも新人の私たちではなく、対象はジーナさんとコリスさんですよね?」
俺の言葉にライザックは反応しなかった。しかし、後ろの四人は表情に一瞬だけ現れた。
ここまでは予想通り。
ってことは、コリスの召喚石も関わっていそうかな。
「わかりました。何も話す気が無いのであればこちらももうお聞きしません。私たちは戻りますが、あまり近づき過ぎないよう気を付けてください」
「ああ。こっちも間違って殺されたくはないからな。討伐依頼中の奴らに近づく気はねぇよ」
ん?
今のライザックの言葉に違和感。
じゃあ、なんでこいつらはここまで近づいてきたんだ??昨日の夜にマップで確認した時は二キロ離れた場所で夜営していた。って事はそれ以上の範囲を監視できる目が在ったはず。
本当に監視が目的なら必要以上に近づく必要はない。
ライザックの言葉に嘘偽りが無ければ、今すぐにでも備えなければマズイ!
嫌な予感がした時にはもう遅い。
突然、広域マップに敵性生物が表示され、ヒルダが慌てた様に声を出す。そして少し遅れて女性の叫び声が森の中から聞こえてきた。
「あ、おい!待て!」
ライザックの制止する声を聞かずに俺は自分たちのキャンプ地を目指して走り出す。
マップ上に光る赤いマークのある場所、そこにいるジーナとコリスを助けるために……。
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