第16話 正義の犠牲

 到着した時には既に遅かった。

 体を大きな鎌で貫かれ、血を流しながら横たわるコリス。逃げたくても恐怖が勝っていて動けずに座り込むジーナ。そして、弓を構えて敵をけん制しているリーヴ。


「あの化け物は?」

「コリスさんが持っていた召喚石とやらから出てきました」


 召喚石って昨日聞いたやつか。フラグ回収早すぎるだろ。っつか、他に敵も見当たらないし、何がどうなったんだ!?


「ヒルダ!コリスさんを回収、その後に鎌を引き抜いて!エイルは鎌が引き抜かれたと同時にフルヒールをかけて治療!リーヴはジーナさんを回収して」

「ハッ」

「うん!」

「はい」


 三人がそれぞれ動き出す。

 目の前にいるデカくて黒光りのするカマキリは顔をカタカタと震わせながら何もせず立っていた。右腕の関節から先が無くなっているのはリーヴがやったんだろう。

 本来なら自分の獲物を横取りされそうになったら威嚇なりなんなりしそうなものだが、このカマキリは何の行動も起こさない。召喚主であるコリスが倒れているから?

 でも、そのコリスを貫いている鎌はこのカマキリのものだし……。状況が全く読めない。


「エイル、一気に引き抜く。準備が出来たら教えてくれ」

「うん!……もういいよ!」

「いくぞッ!」


 ヒルダがコリスの体から鎌を抜き取る。ヌルッと体から抜かれた鎌にはべっとりと血が付いており、大きく空いた穴から大量の血液が噴き出した。


「『フルヒール』!」


 エイルの杖から放たれた光がコリスの体を包み込む。

 破れた衣服は元には戻らないが、回復系のスキルではある程度の傷も治るからよかった。これで体力回復だけだったりしたらどうにもならなかった。


「コリス!」


 涙目のジーナがコリスに駆け寄る。


「ゴメン、ゴメン、ごめんなさい!アタシが悪かったから死なないで!」


 叫ぶジーナの声は嗚咽が混じっており、未だ目を覚まさないコリスをギュッと抱きしめていた。


「どういう状況だ?」


 遅れてやってきたのはライザック一行。すでにそれぞれが剣を抜き、弓を構えての戦闘モード。

 ただし、俺には現状を説明できるほどの情報がない。


「リーヴ」

「コリスさんが所持していた召喚石からあの“ダークメタルマンティス”というモンスターが現れました。コリスさんが攻撃を指示したと同時になぜかコリスさんが攻撃を受けてしまったのです」

「召喚獣が召喚主を襲うだぁ?信じられねぇな」

「状況を見ると、そうとしか考えられませんけどね。リーヴ、なぜコリスさんはあの……えっと、ダメマンティスに攻撃を命令したのですか?」


 ライザックの感想を無視して俺は原因をリーヴに尋ねる。すると、返ってきた言葉は予想だにしない物だった。


「ジーナさんと口論の末……です。お互いに罵り合って、コリスさんが我を忘れてジーナさんを攻撃するよう命令しました」


 俺らの視線が一気にジーナへと注がれる。

 こんな状態でもダメマンティスは立ったまま、顔をカクカクと動かしている。


「ち、違うわよ!口論って言ってもそんな酷いものじゃなくて!」


 口論自体はあったのね……。

 言い訳を掘り下げてもいい事がないので、視線をダメマンティスに戻す。未だ動く気配ゼロ。腕を失ったのに平然としているのは虫だからだろうか。虫に謝れ。


「ん……」


 ジーナの大きな声を聞いたからかコリスが目を覚ます。そして、視線を動かすとなぜかライザックの方を見て口を開いた。


「ダーカスさん、ごめんなさい」


 知らない人の名前に俺がキョトンとしていると、ライザックがなぜか仲間との距離を開ける。

 え、何事?なんで剣を味方に向けてるの?


「おい、ダーカス。この任務に就く前、お前はこの二人との接点はないって言っていたよな?どういうことだ」


 剣を向けた先にいるのはニンジン顔の君。顎が細くて縦長、ちょっと気取った感じ長い前髪を持つ残念な印象の男。

 そんな男は向けられた剣に対し、両手を挙げて笑みを浮かべた。


「待ってくださいライザックさん。誤解です」

「何が誤解なのか言ってみろ」


 しかし、ライザックの言葉に答えたのは意外な人物だった。


「そうよ!コリス、この人がダーカスさんなわけないじゃない。ダーカスさんはもっとこう……イケメンだったわよ!」


 ジーナの放った言葉は一人の男の心を酷く傷つけた。だけど、そんなことを構っている余裕がまだ生まれていないコリスは体に力を入れて上半身を起こす。


「ダーカスさんは幻惑の魔法を使ってたの。魔力があれば見破れるって言ってた」


 別にそれだけで悪い事をしたという訳じゃないのに、思わず非難の目を向けてしまう。

 だけど、ライザックは目を丸くしていた。


「おい、ダーカス。コリスの言っている事は本当なのか?お前、魔法が使えたのか?」


 ライザックの言葉にダーカスは大きなため息を吐く。そして、キザったらしく前髪をかき上げ、コリスを見つめる。


「まったく……余計な事を言うんじゃない。これだから女は信用ならないんだ」


 パチンと指を鳴らすと、ゴリュッという不思議な効果音と共にコリスの体が赤黒い球体へと変わる。ジーナの腕と体にはコリスの中に収められていたであろう大量の血が付着し、その下にある地面に大量の赤い水で水たまりが出来上がっていた。


「え?コリス?どこに……?」


 自分の目の前で起こったことが理解できず、ジーナはうつろな目で自分の真っ赤に染まった腕を見つめている。


「はぁ……本当なら傷の回復ではなく、能力向上のために使用したかったんだけどな」


 そう言うと、左手を前に出す。


「風よ切り裂け、『ウインドカッター』」


 手の平の前に現れたのは緑色の魔法陣。しかもよく見て知っているタイプのもの。

 その魔法陣から放たれた風の刃が俺とライザックに向けて飛んでくる。


「『カバー』」

「うぉっ!?」


 俺の前に現れたのはヒルダ。そして、驚く声と共にドスンと思いものが落ちた音が鳴る。

 思わず見てみると、ライザックがその場ですっ転んでいた。なぜかリーヴがそばに立っていたので恐らく転ばせて回避させたのだろう。


「まったく……何があったのかはわからないがとんだ誤算だ」


 ダーカスはぼやきながらジーナの傍に歩み寄り、呆然とする彼女の前に転がっている赤黒い球体と血塗れの召喚石を手に取る。


「ダークメタル・マンティス。これを喰って傷を癒せ」


 彼の命令に従う様にダメマンティスは歩み寄って赤黒い球体を口に入れる。

 一瞬、ダメマンティスの体が青白く光り、失われたはずの鎌がごぼごぼと再生した。気持ち悪い。


「ジーナくんも災難だったね」

「……え?」

「召喚石の誤作動により、不運な事件に巻き込まれる。それでも近くにいた冒険者のおかげで生き残り、彼女の敵を討つためにキミの力を覚醒させる予定だった……。というのに、うまくいかなかった」

「なに……言って?」


 涙を浮かべたままのジーナにダーカスが手を伸ばす。

 俺がその行動を止めようと体を動かすと別の方向から矢が飛んできて、ヒルダがカードをする。その音に気を取られたせいで制止が間に合わなかった。

 先ほどと同じようにグリュンという気味の悪い擬音と共にジーナの姿が消える。代わりに残されたのは大地に広がる大量の赤い液体。


「餌にするにはまだ足りないんだがしょうがない。ダークメタル・マンティス、これも食べて少しでも強くなれ。何があったかはわからないが、鎌を失う程のナニカがここにあったのだろう。その力が残されているのであれば対策は取らないとな」


 ダメマンティスはジーナから生成されたであろう球体も飲み込む。

 俺はダーカスよりも矢が飛んできた方を睨みつけた。そこにいたのはニヤニヤと笑みを浮かべるジャガイモとナスとゴーヤ。

 そいつらはまるで俺らを逃がす気などないかのように、俺らを囲む。


「おい、どういうことだ。バレイ、ベルジン、ガウル」


 ライザックが立ち上がりながら、それぞれに声をかける。ばらけてるせいで誰が誰やらわかんない。


「ライザックさん、悪いっすね。これも国のためっすよ」

「女を殺すのが国のためだ?何を言ってるベルジン」


 ナス顔がベルジン。


「あの二人は遅かれ早かれ死ぬ運命にあった。だから、我々が有効利用しようとしただけのこと」

「ふざけるなよバレイ」


 ジャガイモがバレイ。


「まぁまぁライザックさん。んなに怒らんでくださいよ。これはあの二人が望んだことでもあるんですよ?」

「あの二人が死にたいとでも言ったってのか?ガウル」


 ゴーヤがガウル。

 そして、説明責任を果たすべく距離を詰めてきたのはニンジン顔のダーカス。


「国のためなら命を捧げる覚悟があると、お二人はそれぞれ口にしていた。だから、我々が彼女たちを有効利用したまでの事です」

「その有効利用ってのはなんだ?その化け物の餌にすることが有効だってのか?あぁ?」


 苛立ちを見せるライザックにダーカスはニヤリと笑みを浮かべる。


「そうですよ。彼らは優秀でね。我々には無い身体能力、特殊な力を持つ。彼女たち二人が生きているよりもダークメタル・マンティスを強くした方が国のためになります」

「国民を文字通り食い物にして何が国のためだ」


 確かに。

 それ以上に……キミらは軍人じゃないでしょうに。そりゃあ、国民の一人一人が国を慮って行動するのは良い事なのかもしれないけど。いや、これって良い事かぁ?

 結局、自分勝手な奴の自分勝手な考えで国民を害しているから普通に犯罪者なわけで……。そこにどんな思惑が有ろうと、理由があろうと“人殺し”という事実は消えないんだよな。


 あぁ~、この国の法律関連も調べとかないと変な事すると軍に目を付けられる可能性もあるか。うわぁ~、めんどくさいなぁ。


「害虫駆除は立派なお仕事ですよ。ライザックさん」

「害虫……だと?」

「おやおや、お二人の醜聞はライザックさんも聞いているっすよね?」


 え、なにそれ俺知らない。

 ベルジンの言葉で俺は自分の世界から現実に戻る。


「だからって殺していいわけじゃねぇ。それともギルドからの依頼でもあったのか?」

「慈善事業でお金を取ろうとは思いませんよ」


 慈善かも怪しいがな。


「よく言うぜ……。それで?オレらを囲んでいるのはどういう了見だ?それにさっきはオレやそっちの関係のない女にまで攻撃していたよな」

「ええ。まぁ、彼女もばっちり黒でしたとお伝えするつもりですし」


 何の容疑に対しての“黒”なんだろう。頭の中で首をひねるも、理解はできない。そうやって理解できないまま話は進んでいく。


「証拠は掴んでねぇだろ」

「いやいや、常識的に考えてみてください。このダークメタル・マンティスの鎌が壊れていたんですよ?この場にそんなことの出来る者がいますか?どこかのギルド員から手助けを受けていたことは明白です」


 横で嬉しそうに自分を指さすリーヴ。

 まぁ、素直にリーヴがやったとは思えないか。

 昨日から聞いてると、魔法ってのは本当にごく少数しか操れないみたいだ。それにその割合的に女はさらに少ないんだろう。

 そうなってくると、戦技スキルもこの世界に実装されているか微妙だなぁ。実装されていたとしてもそれの取得者も少ないのかもしれない。


「おい」

「はい?」


 まさかのライザックから視線と声がかかる。俺は首を傾げていると、ライザックが視線をダーカスに戻しながら口を開いた。


「お前さんどこの誰に手助けを受けてる?いるとすればこの近くに潜んでるんだろ?」


 ライザックの言葉に俺はう~んと唸る。

 正直に話してもどうにもならないし……。

 どう答えたらいいものかと視線を落とすと、二人の人間だった血だまりが視界に入る。ずっと、目を逸らしていたかったけどそうもいかない。


「お二人が……」

「あ?」


 ライザックの聞き返す言葉を無視して、俺は都合の悪い現実を直視する。お遊び気分でいたつもりは無いけど、どこか心の中で期待していたご都合主義展開を徹底的に排除。現実から目を逸らしていても何も始まらないという認識を取り戻す。

 そうまでして取り戻した冷静な頭が俺の事を嘲笑う。


「ハハッ……、まったくお遊び気分から抜けるの為の授業料がお二人の命だなんてお高い講習ですね」

「おいおい、どうし……」


 振り向きざまにライザックは表情を固める。

 俺の表情がどうなっているのかはわからないけど、個人的には天使のように微笑んでいるつもり。

 まぁ、内心ではこの四人に報復する気満々ですけど。


 視界の端に映るマップの白丸が四つ、赤く染まったのを確認。

 俺の意思は固まった。

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