第17話 PvP(初級編)
「ヒルダ、リーヴ、エイル。周囲を警戒しつつ、何かがあればライザックさんを頼みます」
「ハッ」
「わかりました」
「うん!」
俺の言葉に快諾する三人。その三人を見て首を傾げる男連中。
俺はライザックの前に出るように歩き、ダーカスに向かって手を伸ばす。
「まさか、魔法でも使えると?ハッタリは止した方が良いですよ」
「来なさい。クリーンスピア」
俺の言葉と共に現れるのは緑色の無数の堅い棘を有する木製槍。主に掃除婦が床を磨くときに扱う便利なヤツ。そう、いつも持っているデッキブラシだ。
これは俺がゲームの時にやっていた演出の一つで、言葉と共に装備を変更することにより、まるでそういう武器転送の魔法でもあるかのように見える。
誰にも気づかれないようなコンソール操作はだいぶ練習したので、ゲームの中でも騙されるやつがいたくらいだ。
目の前のニンジン顔なんぞ青くなって当然。
「ハッ!そんな掃除道具を持ってきたところで何ができる?」
誰がどう見ても強がりと分かるような早口な喋り。額から汗が噴き出ているが、おそらくは俺の実力もまだ下に見ている。
「なんでも……ですよ」
俺はデッキブラシを両手で握りしめ、大きく振りかぶってニンジン顔に向けて振う。
予想通りにニンジン顔は俺の攻撃をアッサリと躱し、余裕が生まれた。
「ハハッ!やっぱりド素人じゃないか。空間魔法なんて使って焦らせやがって」
「空間魔法?」
俺の疑問は誰にも届かず、バレイが何かを言い始める。
「ダーカス。その女が使った魔法は運搬魔法ではないか?商会とかが良く使うまがいモノの魔術だ」
「プッ……ハハハハ!まさか!そんなもので!?コケ脅しにはちょうど良かったという所か?」
「ダーカス~、カッコ悪いっすよ」
「うるさいぞベルジン。相手を軽んじるなかれ。どんなに卑小なモノでも最大限に警戒する事こそが優れた冒険者たる所以だ」
カッコつけてるけど、カッコついてないなぁ。
相手を軽んじることなく、最大限に警戒って“ビビって良い”ってのとは違う気がするんだけど。
「ダーカスさんの場合、もう少し強気でもいい気がしますけどね。我々のような半端ものではなく、キチンとした魔法使いなんですから」
ゴーヤ顔が何か言っている。
へぇ~?お前らはキチンとした魔法使いじゃないんだ?
じゃあ、目の前のニンジンが調理されれば終わりってことだな。
ニヤリと口角が自然に上がり、もう一度俺は手を前に出す。
すると、ダーカスも同じように手を前に出した。
「悪いがハッタリに付き合うつもりはない。ここで死ね。巻きて敵を貫く槍と成れ『ウィンドランス』」
至近距離で放たれる風の槍。ヒルダもリーヴもエイルも動く気配はなし。
頼れる彼女たちの咄嗟の行動を見て、内心で溜息を吐く。
なんだ……“こんなものか”。
向かってくる風の槍に手を差しだし、ヒュバッと風を切る音と共に俺の手に衝突した風魔法。しかし、俺の手には痛みを与えることなく消え去った。
そもそもの装備のレベル・質が違うという事に加えて、このメイド服は装備時に白い手袋と白のソックスも付属で付いている。白のソックスはスカートの下からほんの少し見える程度だからあまり関係ないが、手袋は装備の一部のため防具として機能している。
だから、攻撃が手袋に当たっても籠手に当たったようなものなのだ。
念のためHPを見るが、自動回復のせいで満タンのHPしか見ることはできなかった。
目の前で起こった現象が理解できず、震え慄くニンジン顔を見てちょっとテンションが下がる。
最強の力で“弱い者いじめ”をするって、もうちょっと面白いと思ってたんだけどな。ゲーム世界から転移してきて俺ツェェェってこの程度の喜びなのか……。
あー……、つまらないなぁ……。
「あぁ~……。もう」
大きく頭を下げて落ち込むようなポーズを取る。
ニンジン顔は未だに呆然と立つまま動かない。取れる手を全部試してからそういう反応しろよ。何もできずに死んでいった彼女たちが可哀そう過ぎるだろ。
何もするつもりが無いなら、俺がいつも通りに精一杯遊んでやろう。
意味のない派手な動きをし続け、意味のない言葉を吐き続け、何もかもをわからない状態にまで貶めてやろう。
さぁ、お前の持つ何もかもをぶち壊してやる。
「デストロォォォォイ!!!」
大きく飛び起きるかのように体を起こし、同時に心の中に浮かんだ適当な言葉を甲高い声で叫ぶ。
顔は満面の笑みを浮かべ、無理やりテンションを上げるためにデッキブラシを回転させて、風を引き起こした。
「さぁさぁさぁ!いッきますよ~!お掃除メイドのマナさん!このカタロニア国でも大暴れして、アナタのハートも尊厳も常識も理想も幻想も全部全部ぜ~んッぶ!まっさらにしちゃいますよ~!!!」
「頭のおッかしッいメイドさん♪貴女のイッイとーこ見てみたーい♪」
「「Fooooo!!!」」
ノリよくリーヴがいつもの合いの手を入れてくれ、さらにヒルダとエイルがお腹から声を出す。キャラに合わないのにちゃんと合わせてくれる三人には感謝しかない。
本音を言えば、いつものメンツと違って声の低さと気持ち悪さが無いせいで物足りなさはあるんだけど……今はしょうがないよな!
俺は回転させていたデッキブラシを止め、ポーズを取る。
「それでは第一番!圧倒的優位を絶望に切り替えるカワイイ娘たちのご登場!『デュッア~ルサモン』!『ヴァルキリー召喚』、『ドリアード召喚』!私のカワイイ天使ちゃんと木の精霊さん!出番ですよ~!」
デッキブラシをうまく地面に突き立て、そこからヴァルキリーとドリアードを召喚したかのように見せる。
俺の掛け声の後に魔法陣から現れた翼を持つ戦乙女と木の精霊はやる気の満ちた目を携えて武器を構えた。
「ヴァルキリー!まずはあっちでカクカクしてるダメマンティスを本当にダメな子にして!」
「具体的には!?」
「…………問答無用で倒しちゃえ!」
「承知ッ!」
ノリで喋るのも考え物だね。まさか聞き返されるとは思ってなかったよ。ほんの少し冷めた熱を戻すため、再度テンションを上げてドリアードに命令をする。
「ドリアード!『グリーンフォース』発動!あとはそっちの三人を殺さずに捕らえて!」
「『ぐりーんふぉーす』」
ドリアードが両手を空に掲げると、手の先から緑色のエネルギーが拡散する。そのエネルギーは俺やヒルダたち、さらにはライザックの体にまとわりついて効果を発揮する。もちろんダーカスサイドの四人には効果を受けない。
召喚獣専用スキル『グリーンフォース』。それはパーティ全員に効果を及ぼす状態異常耐性を大幅に上昇させる補助スキル。消費MPが大きく、効果時間は5分程度。しかし、他の職業では手に入れることのできないパーティ単位に対して効力を発揮するスキル。
俺らに正体不明のスキルが付与され、四人は一瞬身構える。しかし、その中の三人は地面から突如現れたドリアードの根に成す術なく拘束された。
「ドリアードちゃんサイコー!」
「さいこー」
意味が分かってるかわかんないけど、俺が両手を向けたら可愛らしくハイタッチしてくれたので良しとする。
ニンジン顔は仲間が捕らえられたのを見て我に返り、ダメマンティスの方に顔を向けて叫んだ。
「ダークメタル・マンティス!この雑魚ども……を?」
目の前にいるはずのダメマンティス。それはカクカクさせていたはずの顔が動かないまま地面に寝そべっており、治ったはずの鎌も体を支えていたはずの足も、その体もすべてが分割されて地面の上に転がっていた。
「マスター、見た目が堅そうだったのでいくつかの攻撃方法を試してみたのですが……。どうやら関節などへの防御の薄そうな場所に攻撃する必要もなく、外殻をそのまま切断できたようです。ただ……様子見で攻撃を行ったとはいえ、ドリアードに後れを取るとは」
「わーい」
「クッ……次は負けないぞドリアード」
「うん……がんば……て」
なんて話を召喚獣同士で繰り広げている。
チラッとニンジン顔を見てみると、放心状態と呼ぶしかない表情をしていた。
うーん……やっぱり小説で読んでた時はクソ野郎をクソミソにやっつけるから爽快感あったけど、実際にやってみると何にも感情が湧いてこないな。フィクションって大事。
実際にやってみると敵が弱すぎてこっちの戦力が全く測れない上に、自分が動いていないから何一つ達成感がない。
さらに言えば失った者は帰ってこないし、これ以上コイツらをイジメても気は晴れない。なんか一気にテンションが下がった。
「マスター、次のご命令は?」
「ああ、うん……。あのダーカスさん?まだやります?」
俺の言葉にニンジン顔はハッと意識を取り戻す。いや、意識を失ってたわけじゃないけど、我を失っていたし間違った表現ではないはず。
ニンジン顔はそのまま俺の方に顔を向け、先ほどと同じように手を前に出した。
「クソッ!巻きて敵を貫く槍と成れ『ウィンドランス』」
さっき撃って効かなかった攻撃をもう一度。流石に何かしらの意図があり、俺の油断を誘うための一撃だとも思った。だけどデッキブラシで軽く払い、消し去ってもニンジン顔がその顔を恐怖で歪めただけだった。
「ベルジン、バレイ、ガウル!ダイヤウルフを出せ!早くしろッ!!!」
恐怖に怯えながら叫ぶリーダー。しかし、忠誠心の高い三人はそれぞれの自由になる腕を動かして、召喚石を取り出す。
ドリアードが咄嗟に妨害をしようとしていたのだが、俺は手を出して彼女の行動を止める。彼らの行動を妨害しなかったのは彼の言うダイヤウルフを見てみたかったから。
「「「出てこいダイヤウルフ!」」」
三人の言葉と共に召喚石がパリンと砕け、その直下に魔法陣が現れる。
魔法陣の中から出てきたのは白銀の狼。モロ俺らのゲームのエネミーだった。
ダイヤウルフ、俺らのゲームに出て来るモンスターでレベルは57~65。ヒットアンドウェイという行動を見せる最初のモンスターであり、ウルフ系によくある仲間を呼ぶモンスター。ダンジョン前半の中層部分に現れ、ゲームに慣れてきた初心者がよく躓く雑魚敵なので“初心者殺し”という異名まである。
「マスター、ご命令を」
「じゅんび……おけ」
二人の頼もしい言葉に俺は微笑みを浮かべ、既に冷め切った熱を隠すことも無くデッキブラシをダイヤウルフに向ける。
「手加減は要らないからサクッとやっちゃって」
「承知ッ!」
「はーい」
温度差の違う二人がそれぞれダイヤウルフに向かって駆けだす。三体のダイヤウルフも二人の行動を見て、それぞれが後ろを向いて逃げ出す。
え?逃げ出した?
召喚獣の取ったまさかの行動に目を剥いていると、俺の頼もしい女の子たちが簡単な作業を開始する。
ヴァルキリーはダイヤウルフの一体を後ろから水平に両断。ダイヤウルフを追い抜くと同時に豆腐を切るような気軽さで真っ二つにしていた。
そんな中、ドリアードの方は俺よりもほんの少し前に出たあたりで足を止めていた。よくよくダイヤウルフの方を見てみると、二体のダイヤウルフが逃げ出した近くの木の幹にドリアードの枝で縛り付けられている。そしてその体に徐々に枝が食い込んでいき、頭やお尻などの穴からいろんなものを吐き出して絶命した。エッグイ……。
「また……負けた」
戻ってきて早々、項垂れて地面に両腕を付くヴァルキリー。
まぁ、でもドリアードは通常攻撃が広範囲攻撃というタイプの召喚獣。スキルを使わないという制約の下では、対集団戦においてヴァルキリーより上になるから仕方がない気もする。
しかし、ドリアードは落ち込むヴァルキリーの傍に近づき、両手を挙げる。
「う……いん!」
「うぅぅ……」
そんな二人の寸劇を化け物を見るような目で見つめる三人の野菜たち。加えてニンジン顔はその場にへたり込んでいた。
「で、ダーカスさん。まだ戦います?おそらく口封じでライザックさん含め、私たちを殺す予定だったんでしょうけど残念でしたね」
目線を合わせるようにしゃがんでそう告げると、ダーカスはなにやらバタバタと体を動かして逃げようとする。実力の差があるってわかってて、なんで後ろ向きに逃げだすのか理解に苦しむ。
まぁ、わざわざ追いかけてやる意味もないんだけど……。
「お、おい!ダーカス待て!」
何にも喋ってなかったライザックが制止の声をかけるが、ダーカスは森の奥へと消えていく。その光景を静かに見つめつつ、俺はコンソールからスキル『帰還命令』を発動させ、ヴァルキリーとドリアードを戻した。
こうして本当になんの盛り上がりも見せずに異世界初の対人戦が終了した。
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