第31話 即興劇(エチュード)
エイルが俺の袖を引っ張り、俺がエイルの方に体を向ける。
すると、エイルがせわしなく腕と手を動かして、俺にメッセージを伝えてきた。この行動には二人が驚いている。
「それ……手話か?」
俺がエイルの動きを見ていると、ウィングが声を震わせながら口を開いた。
「え、なんでエイルが手話出来るの?」
「私が教えたからです」
俺はエイルからのメッセージを読み取りつつ、二人と会話を続ける。
「教えたって……なんで?」
「いや、召喚獣との会話は口でしかできないので。チャット機能も召喚獣とは繋がってません。なので、向こうの手話ならバレる問題なく、かつ声を出さずに会話できると考えました」
「お前、手話なんて使えたのか?」
「飲み会の余興に覚えた程度ですけどね」
「どんな飲み会だったのかが気になるんだけど……」
タオの疑問に答えられるわけがない。なんせ大コケして恥ずかしかった思い出しかないから。手話の漫才……、新しいと思ったんだけどな。
そこでエイルの動きは止まった。
俺はそれまでの情報から少しだけ考え、エイルに手話で指示を飛ばす。
・監視続行
・行動範囲外に出るのは禁止
・近づき過ぎるのも禁止
二人はこのやりとりを読み解けないため、ポカンと口を開いていた。エイルも今の内容をリーヴに伝える為、口を閉じたままだ。
まぁ、こういう反応してもらわないとエイルたちに手話を教えた意味がない。
「そこまでやるか?」
ウィングの言葉に俺は思わず笑みを浮かべる。
「そこまでやるからこそ……ですよ。使えるモノは全部使う。使えないモノも使えるようにする。扱いきれないモノも利用する。いつもの私でしょう?」
俺の発言に二人は押し黙る。
かつて向こうの現実世界でも同じことを言った。その時は言っている意味が少し違ったが、似たようなものだ。
そうして少しだけ静かになった部屋でウィングが苦笑いと共に乾いた笑い声を出した。
「全然、変わってねぇな」
「ホントホント、昔のマナのままだ」
「一番この世界に来ても価値観変わってないのお前自身じゃないか?」
ウィングが失礼な事を口にする。俺はムッとした気持ちを表現し、唇を前に突き出した。
「失礼な。これでも変わりましたよ」
「どこが変わったの?」
「今は優秀な召喚獣や、周りにも有能な先輩方が大勢います。おかげで昔みたいに全部自分で引き受けて、解決しなくて良くなりました。今では受け取ってただ投げるだけの簡単なお仕事をしています」
これはある意味進歩と言えるのではないか?
前の世界の会社ではキャパ範囲内の仕事・雑務は全て引き受けて、同僚の力量を察して、必要な分だけ投げていた。そんな俺が他人に適当にポイって投げてるだけだ。これはよほど相手を信用していなければできないはず。
フフフ、他人を信用するって楽で便利だな。なんで前はあんなに自分の事しか信じてやれなかったんだろう。昔の俺は本当にバカ。
俺はそんな事を思いながら期待した言葉を待つ。しかし、二人は俺の言葉にやれやれと首を振った。
「変わってねぇ」
「ホント、清々しいほど前のまんまだね」
「あれ?」
成長したことに気づかれてない?
なんでそんなに呆れているの!?
「もうちょっとこう褒めてくれてもいいんですよ?」
「は?」
「え?」
「なんでそんな反応!?」
二人が冷たい。
タオなんて輝かしい笑みを浮かべての疑問符だ。やめて欲しいそういう扱い。
「しかしまぁ、召喚獣が異世界に来るとこんな風に進化するとはな」
「ゲームの時だと非戦闘職並みの不遇職だったのにね」
「フフン、これが現実(リアル)と作り話(フィクション)の違いですよ」
俺はまだ黙ったままのエイルに抱きつき、頭を撫でる。
「うにゃッ!?」
急に頭を撫でられたからなのかエイルが可愛い声を出して慌ててる。あぁ、もう可愛い。
「どうですかこの可愛さ。暴虐的じゃないですか?」
「その表現はどうかと思うけど、可愛いとは思うよ。ちょっと今の声はムラッと来た」
「タオ……ロリに目覚めたのか?」
ウィングがガチで引いてる。珍しい。
「ちょっと待って。その表現なんかイヤ。そう!まだ母性が残ってるだけかもしれない!」
「いえ、その反応は間違いなくロリコンですね」
「「お前もな」」
失礼な!
俺は可愛い女の子なら年上だろうと年下だろうと関係ない!
「マスター」
馬鹿な事をやっている俺らをよそにエイルが真面目な声で俺を呼ぶ。
「リーヴから連絡あった?」
「うん……。えっとね?」
なにやら困惑した顔でエイルは言葉を探す。
さっきみたいに手話をしたいとかと思い、彼女を放して少し距離を取ると、逆に俺の耳元に顔を近づけてきた。
「カローテって人、偽名」
声は十分に小さかったが、距離的な問題でタオやウィングにも伝わる。いや、“エイルの判断で伝えた”と言った方が正しい。
そして、俺ら三人が驚いている中でエイルはもう一つの爆弾を投下した。
「前に逃げたあの人。生きてた」
俺はその言葉を聞いて目を丸くする。
そして、エイルに向かって手話でやりとりをする。
「おいおい。どうしたんだよ?」
「僕らにも聞かれたくない話?」
二人の不満そうな声を無視して、会話を終え、俺はコンソールを起動させる。
さっきから監視は続けているマップ上に変化は無し。監視の数の増減やそれぞれの動きはない。
さらに広域マップに切り替えると、アンナがこの宿に向かっていることが分かった。
「ウィングは得意でしょう?」
「あん?」
それだけ言うと、二人が俺の意図を察する。というか、そこでようやく“手話を使っていた意味”がわかったようだ。
「いつから?」
「最初からです」
「何で?」
「コレ……私は前の世界でも多用してましたけど、お二人は使わないんですか?」
中空を指さす俺。それだけで二人はマップを指していると理解した。
「ずっと見てたのか?」
「僕らも注意は向けてたつもりだけど……」
「前のところでも言ってるじゃないですか。私は視界の端に置いたりしないって」
マップは基本、戦闘時の邪魔になることが多いので配置せずに適宜マップを開く人がほとんどだ。常時置いている人でも、視界の端に配置する程度。
昔のゲームと違って視界が連動するVR版では常時マップ表示をしていると、攻撃を見逃したりするリスクを負う。だから、大多数は配置しない。地図は頭で覚えて、索敵は目と耳で行う。
「それより」
「エイルが今喋ってたこと聞かれてたんじゃないか?」
「どうでしょうね。私が出るのを待っているだけかもしれません」
だからこそ、種を蒔く。
聞かれても問題ない話、聞いても理解できない話、聞いて察せる話が揃ってくると、自分の知っている話や危惧している話が頭に残りやすい。
おそらくはリーヴの入れ知恵だろうけど、とっさの判断グッジョブエイル!
「とりあえず、情報はまとめておきます」
「ん?今ここで伝えるじゃダメなのか?」
と、ウィングが聞いてきたタイミングとほぼ同時にドアからノック音が鳴る。
「はい!」
「アンナだ」
「どうぞ」
入ってきたのはアンナ。険しい表情をしているものの、そこから不機嫌そうな感情は見て取れず、俺ら三人を睨む。
「フゥン、最初の命令通りにちゃんと待機していたようだね」
そう言ってドアを閉め、部屋の中心まで進んだ。
俺は椅子に座ったまま、アンナを見上げて尋ねる。
「ええ。一応、確認ですけどカローテさんをこちらに寄越したのはアンナさんで間違いないですね?」
「ああ」
俺とアンナの会話に二人が驚き、ウィングが口を挟んでくる。
「アンナさん。オレらはコイツの護衛を任されていたんじゃないんですか?」
「護衛なんてンな事は一言も言ってないよ」
「でも、宿で変な服を着たギルド員と合流しろって言ってましたよね?」
「ああ。合流して待機。それくらいは誰だってできるだろう?」
なるほどなるほど……。やっぱり監視は絶えずされてるってわけか。
アンナはうかつなことを喋って先手を打たれないようにしているという前提で動くべきか。
マップを見ながら、アンナがここに来るのと同じく宿の周辺にやってきて、今は動いていない人間マークを見つめる。
この二人をあえて選んで無駄な時間を過ごさせたのも作戦の内か。
「マナ、シュトラーゼンに戻る用意はできてるんだよね?」
「はい。十分に」
相談無し。事前打ち合わせ無しの即興劇(エチュード)。
演劇なんぞ経験者でもない俺にはキツイの一言だが、相手がベテランのため全身を預けるように胸を借りていればいいので気楽な気持ちで演じる。
その中で必要な情報だけを断片的に交換できればいい。
「今すぐ出発して、早々に帰りな」
「ライザックさんはどうしたんですか?」
「アルミ・ナミネのギルドで依頼の変更手続きを行ってるよ。アンタの護衛は要らなくなったからね」
「わかりました。この二人は?」
俺が二人を指さすとアンナはニヤリと笑みを浮かべる。
「ウィングとタオはアルミ・ナミネのギルド冒険者だ。まだまだやって欲しいことは山ほどある」
「優秀な二人でしょう?」
「おや、知り合いだったのかい」
「ええ。アンナさんはお気づきでなかったかもしれませんけど、十数年来の友人です」
その友人らはポカンと話に置いてかれてるけど。
まぁ、このメッセージ見れば把握できるだろう。
ブラインドタッチで何とか入力し終えた文面を指でドラッグさせ、アンナの顔の位置まで移動させる。それと同時に俺はその腕の反動で立ち上がった。
文面に打ち間違いかを確認しつつ、話は続ける。
「久しぶりに会えて、互いの近況を報告し合えたのでよかったです」
「事件について聞かなかったのかい?」
「だってもう私には関係ないのでしょう?」
互いに笑みを浮かべながら険悪な雰囲気だけが部屋の空気を震わせる。
そして、俺は送信ボタンを押すとエイルを手招きして抱き寄せた。
「『帰還命令』。エイル、あとでね」
エイルをこの場から消し、続いて手を前にかざす。
「『ユニークサモン』、ブリュンヒルド」
代わりに出てきたヒルダが状況を図れず、部屋の中を見渡す。そして、見知った顔の二人を見てそこで動きを止めた。
「マスター、この方々は……」
「ヒルダ行きますよ」
「え?か、畏まりました」
ヒルダを手を引き、荷物を背負って俺は部屋のドアを開ける。
すると、後ろからアンナに声を掛けられた。
「道中気を付けなよ。治療で使い物にならなかった嘘つきでも、帰る途中で死なれちゃあ寝覚めが悪いからね」
「ご心配ありがとうございます。アンナさんもお気をつけて。出来の悪いのが三人ほど付け狙っているようなので」
俺はそれだけ言うと、部屋を出てドアを閉めた。
「マスター、これからすぐに出発しますか?」
ヒルダもリーヴから事情を共有され、いつもの凛々しい顔に戻る。そして、その姿を完全戦闘態勢に切り替えていた。
「街をブラつきたいですか?」
「いえ。私は大丈夫です」
「じゃあ、ちゃんと付いて来てください」
言葉の中にリーヴへの伝言を託し、俺はヒルダの装備をそのままに下に降りる。
来たその日の夕方にチェックアウトという意味不明な行動にギムレットが不安そうに口を開く。
「今から出るのか?ギルド冒険者なら今のここの状況は聞いているんだろう?夜になったらどうなるかわからないぞ」
「大丈夫ですよギムレットさん。私は石化を治せなかった冒険者なので襲われる心配はまずないです」
「石化を治せなかった……?」
ギムレットの疑問に笑顔で返し、俺はギムレットに背を向ける。
「あ、おい!」
制止するような声を無視して、宿を出る。
空は既に日が傾き、茜色に染まっている。その朱い光に照らされながら、俺とヒルダはそのまま街門から街を出て、北へと向かった。
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