第30話 互いの近況
「はい。どちら様でしょうか?」
一応、部屋の借主である俺が返事をする。
すると、一拍置いて返事が返ってきた。
「アルミ・ナミネのギルド冒険者でカローテと申します。アンナさんからの伝言を頼まれました」
男の声。しかし、この場には既にタオとウィングがいる。二人に目配せをしたが警戒心は解いていない。
アンナが追加で護衛を増やした?それとも敵の罠?
僅かな疑問が頭の中を駆けたが、俺は立ちあがって手を挙げる。
これだけで二人も立ち上がり、タオが俺の前に立ち、ウィングが部屋の端からボウガンを構えた。
エイルを手招きして、俺の後ろに立たせる。
十全とは言い難いがキチンと警戒をした後に俺は扉越しに会話を続けた。
「カローテさんですか。伝言の内容は何でしょうか?」
「依頼未達成により、ギルド側から依頼受諾のキャンセルが入りました。そのため、シュトラーゼンへ帰還せよとの事です」
「わかりました」
俺の即答にこの場の三人が驚く。しかし、俺はそんな驚きなど意も介さずに言葉を続けた。
「お力になれず申し訳ありませんでしたとアンナさんにお伝えください」
「はい。それとシュトラーゼンへ戻る際に転送屋は使用できませんのでご注意ください」
「わかりました。私の力不足が原因なので不満はありません。カローテさんもお気をつけて」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
部屋の中に強行するような真似はしなかった。足音が遠ざかるのも聞こえてくる。……本当にただの伝言役か?
俺は疑問を頭に浮かべつつ、リーヴを召喚する。
「『ユニークサモン』、シグルドリーヴァ」
マップ上の白いアイコンを指して、指示を出す。
「リーヴ、この男を追跡してくれる?」
「は~い!畏まりましたマスター」
リーヴはいつものように返事をした後、気配と音を消して部屋からそっと出て行った。
話を続きをと思い、二人の方に体を向けると何故か二人はリーヴが出て行ったばかりの入り口を見つめている。
「今のがリーヴか」
「すんごいお胸様だね」
「タオ、今のアナタだと普通にセクハラ発言です」
女性でも真っ先に見るところはそこなのか……。
マップ上で先ほどの男とリーヴの動きを見つつ、俺は座っていた椅子に腰かける。
「で、先ほどのカローテさんとの面識は?」
「オレらはある。何度か一緒にクエストも行ってるし、人柄も知ってる。ちょっと上から目線が鼻につくけど面倒見のいい人だな。あと、シルバーランクで今回の事件の調査にもかかわってる人だ」
「ウィングと同じスカウター系ですか?」
「いや、どちらかと言えばマナと同じサモナー系だ」
この世界には役割としての前衛、後衛、タンク、斥候、狙撃手、魔法使いってのはあるけど、ゲームの時のようにガッツリとした区切りは無い。
当たり前と言えば当たり前なんだけど、修練すれば誰でもいろんなスキルを覚えることができるらしい。ただし、才能みたいな漠然とした制約はあるので、魔法が使えない者や戦技スキルでも取得に時間がかかるモノなどはある。
「どうしてスカウター系だと思ったの?」
「単純に部屋の中の戦力を見て引いたのなら、サーチ系のスキルを持ってるだろうなぁと思っただけです」
「そういうことか」
二人が納得する中、俺は椅子の背に体重を預けて上を見る。
「サモナーって事は召喚石ですよね」
「ああ。マナも見た事あったのか。あんまり馴染みのないアイテムだから最初は戸惑ったけどな」
「ゲーム内でああいうアイテムは“スキルリング”くらいしかないからね」
タオの言っているスキルリングとは俺が装備している“スキルリング(ユニークサモン)”の事。誰でも装備でき、誰でも召喚獣を召喚できるようになるイベント限定アイテム。
汎用召喚獣との差は召喚獣の見た目を自由に作成でき、プレイヤーと同じく職業を選べる点。さらに言えば、プレイヤーと同じくレベル表記が存在する。最大は255で固定されているけど……。
「そもそもあのスキルリングも好き好んで使うものでもなかったしな」
「おや?ウチの子たちに何か不満でも?」
ウィングの心無い言葉に俺は笑顔で問いかける。
これには二人ともバツが悪そうに頬を掻いて
「お前のは特別過ぎるんだよ」
「まぁ、あの四人がって言うよりはマナが特別なんだよね」
「そんなことないですよ。ゲーム内の設定基準通りの性能を持っていて、それを設定基準通りに扱っているだけじゃないですか」
チートツール使ったりとか、バグ利用とかそういう頭の良いことはできないぞ。このご時世でPC関連あんま得意じゃないからな。
それに与えられた武器と能力でどう戦うのかを考えるのが一番面白いんだろうが。
「話し続けるとゲームの会話になるから話を戻すぞ」
脱線しかけた話をウィングが戻す。脱線しかけたのはキミの発言が大きくかかわっているんだけどね。
「今までの調査の中で犯人サイドにカローテの名前は出てきてない。ただ、このタイミングで伝言役をアンナさんが寄こしてくるとは考えづらい」
「そうだね。状況が変わったんだとすれば、カローテには申し訳ないけどもっと別の人選をしていたはずだ」
「ただ、それだけだと怪しいって言うだけで、黒か白かは判断できませんね」
俺の言葉に二人は静かに頷く。
怪しいのはもっともだが今は緊急時。手が足りなくて仕方なしの人選という可能性は否定できない。
カローテについてはリーヴの追跡待ちとしよう。
「マナはこれからどうするんだ?」
「どうするとは?」
「大人しくシュトラーゼンに帰るのかい?」
「今はアンナさんに待機命令出されてますので、今のところはこの宿を動くつもりは無いですよ」
そう言って両手を挙げる。
すると、二人は互いの目を合わせて言葉なく意思をやり取りし、先ほどよりも遥かに真剣な表情になった。
「じゃあ時間があるな。マナ、更に話題を変えて悪いんだがこの世界に来てからのお前の動向を教えてくれ」
声も落ち着いていて、ウィングの周りの空気が少しピリピリしている。
タオの方も唇をギュッと結んで、俺を睨みつけている。
話題を変えてって言ったから石化事件とは関係ないのか。どういう意図かはさておいて話すだけで安心できるなら話しておくか。
「いいですよ。ダイジェスト版で話しましょう」
俺は簡単に了承して、この世界に来てからの話を二人にした。
いつもなら語り手口調で臨場感を意識するのだが今回ばかりはアナウンサー風に淡々と情報を伝えるだけにした。
今までの情報を三分に抑えた努力を認めて欲しい。
「チート性能」
「異世界転移したら使い魔が有能で可愛くて可愛くて可愛くて、しかも天元突破に愛されてて幸せな件」
説明を終えると二人はどこか肩の荷が下りた様に楽な表情になっていた。ピリピリした空気もどこへやらだ。
目的が全く読めないけど、安心しているのなら良かったと捉えておくか。
「その通りだと思っているので反論はしません」
現状、こちらでの生活に不満はない。
「二人はどうだったんですか?」
俺の何気ない言葉に二人の雰囲気はガクッと重くなる。
そして、ピリピリ感が無くなった代わりにこの場を支配する重い空気を纏ったまま、ウィングが口を開いた。
「地獄だ」
「え?」
俺の疑問に対し、タオが説明を引き継ぐ。
「僕らがこの世界に来た時の場所がカタロニアの北の方にある山の中でね。ゲーム感覚でマップを埋め続けてたら、どんどんお腹が減ってきて」
「うわぁ」
異世界だと気づかなかったパターンか。
「ウィングがなんか変だって思ってコンソールを見たら、ログアウトが無くなってるしフレンドも所持金もリセットされてるし」
「そのままギリギリで移動を続けたが、とうとうタオが倒れてな」
「そうそう。タオが倒れて……ムッ、倒れん!」
懐かしいなそのネタ。
タオの名前はタオの好きな漫画キャラクターの苗字から来ている。今のはその中でのネタの一つをタオ流にアレンジしたものだ。作品中でも似たようなネタは出されていた気がする。
「で、オレも力尽きて死を覚悟した時に助けられた」
「近隣に住む美少女に?」
「田舎に住む婆さんにだ」
なんて読者泣かせな展開。
どちらも今はイケメンで王子系と色黒クール系美青年になったというのにそれでも美少女と出会えないとラヴなフラグは立たない……。
「それで助かったと」
「結果だけ言えばな。タオなんて三日くらいは昏睡状態が続いたし、限界集落って感じのところで食い物も豊富じゃなかった」
「あそこで助けられたおかげで僕らは生きてるんだもんね」
「そう聞くと、なんで今はアルミ・ナミネに?」
素朴な疑問を投げると、タオのネタで少し戻った空気圧がまた重くなる。
「目覚めてから数日はそこに恩を返すために働いてたんだ。けど……、山ン中で獲物を追いかけている内に集落一つ皆殺しにされた」
「うぇ……」
「ヴァニタス邪神教って言うのが関わってるらしいんだ」
「ほぉ?」
また聞いたことのある名前だな。
「それで俺らと一緒に狩りに行ってたウルグと一緒に亡骸のない墓を建てて、どうにもならないから村を出た」
「ウルグさんは?」
「一緒に村を出たよ。あの人は二十代で若い方だったし。嫁さんも娘さんもやられて沈んでたんだが、ヴァニタス邪神教に復讐を誓ってな」
「じゃあ、今も一緒に?」
なんか地雷踏むの上手くなってるのかもしれない。
何度目の踏み抜きだろう。これ以上、場の空気が悪くなることなんてないのかもしれない。
この部屋の空気は天に浮かぶ海のように凄まじい息苦しさにまで進化した。
やっちゃったなぁと思って、だんまりを決め込んでいるとウィングが口を開く。
「ウルグも亡くなったよ。移動中に遭遇した盗賊の矢を受けて」
「矢に毒が塗ってあってね。僕らじゃあ、助けられなかった」
もう言葉が出ない。
異世界来てからそんな壮絶な暮らしを強いられていたとは……。悔しそうに唇を噛む、タオの顔が痛々しい。
それに比べて、俺なんて大きい街のシュトラーゼンの近くに降り立って、軍団長に助けられ、王様と面会して、金貰って……。ご都合主義が欲しいと感じたことはあったけど、十二分に俺の人生都合よくいってるんじゃないか?
「そこから“イーサ・ホーク”って街でギルドを知って加入。ベテランに付いて行って色々と作業を覚えつつ、狩りをしてたら三ヶ月くらいでブロンズランクに昇格。アンナさんとはそのあたりで知り合って、誘われるがままにアルミ・ナミネの方に籍を移したんだ」
「籍?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「ギルド登録って東西南北とシュトラーゼンにあるギルドのいずれかで登録できるんだ。なんかそれぞれのギルドで二重登録ができないようになっているらしい」
「え?そうなんですか?登録の時にそういう感じになってるとは思えませんでしたけど……」
紙を渡されて名前書いただけだったし、その名前書くのもこの国の文字が書けなかったから代筆お願いしてたし。
「このギルドプレートに仕掛けがあるらしいが、オレらも詳しくは聞いてない。要するに裏から手を回さない限りは複数のギルドに籍を置けないんだ」
「へぇ~」
まぁでも……現実的に考えたらそうしないと意味はないか。
「で、その後はずっとアルミ・ナミネだね」
「宿屋泊りは相変わらず継続中だけどな」
なるほどなるほど……。二人の話を頭の中で整理し、少しだけ気を抜いた。
二人に再開してから緩めていなかった全身の緊張がようやく和らぐ。そんなあまりの違いに二人は目を見開いた。
「どうした?」
「なんか……一気にリラックスしてない?あ、リーヴから報告来た?」
「いえいえ違いますよ。最悪の場合、お二人が首謀者もしくはそのお仲間とも考えていたので……お二人の話を聞いて安心したら少しだけ緊張が抜けました」
「おっ前……」
「相変わらずと言えば相変わらずなのかな。ハハハ」
思いっきり睨みつけてくるウィングと渇いた笑いを出すタオ。
そのまま不機嫌そうにウィングが切り返す。
「オレらはお前を疑ってないからな」
「嘘はいいですよ」
俺が軽く言うと二人は一瞬だけ驚いて、呆れたような笑みを浮かべる。
「やっぱ気付くか」
「当たり前ですよ十何年友達やってると思ってるんですか。この事件が落ち着いたら、そっちの詳しい事情を聞かせてください」
「今じゃないんだね」
「今はそれよりもやることいっぱいありますし」
事件調査の真っ只中で他のいざこざに首を突っ込みたくない。俺のキャパシティはそんなに大きくないからな。
「でもまぁ、もう疑ってない。それは本当だ」
「ありがとうございます。まぁ、前の世界での性格だとこんな意味のない事をする人間じゃないって思いそうですけどね」
「それで言うなら、僕らもそういうことする人間じゃないって知ってるだろ?」
「ええ十二分に理解してますよ。ただし、前の世界では……ですけどね」
俺の言葉に二人が息を呑む。
何にそんな驚いているのかは知らないが、俺は淡々と自分の所感を述べた。
「異世界転移して私たちは生活のすべてが変わったんですから、その人自身の価値観が変わっててもおかしくないでしょう?私たちみたいな転移者にとって基準はあくまでも前の世界。そこをこの世界に求め続ける人もいるはずです。高校からずっとつるんでますけど、人間の本性なんてこういう異常事態でもないとわかりませんからね」
災害に遭った時の行動がその人を表すという考え方だ。
いつもは他人に優しいけど、非常事態時には余裕を失って自分に甘くなる奴は多くいる。さらに余裕を失っていると認めたくないから、改善も見込めない。
「友人が自分の価値観さえ変えられない意固地な人間でなくてホッとしました。あ、フレンド登録してみませんか?」
俺の言葉に二人は押し黙る。
え、またなんか地雷踏んだ?
ちょっと自分の言葉に後悔を仕掛けたところでウィングが唸り声を上げながら立ち上がる。
「おン前昔っからホント変わんねぇな!」
ツカツカと近づいてきて、頭をグワシッと掴まれ、撫でられた。意味わからん。
タオもなんか緩んだ笑顔を浮かべている。
「フレンド登録はこの世界でも普通に使えるよ。僕もウィングとしているしね」
「ただ、ボイスチャットはあんまり使えないぞ。現実で声を出しているから全ッ然隠れてない」
「手入力のメッセージやチャットなら秘密の会話はできるけどね」
「おぉ!そういうのは検証できてなかったので本当に助かります!」
俺は喜びから笑顔を浮かべる。すると、タオがあからさまに顔を赤らめた。
「え、なんですかその反応」
「いや……思いの外、笑顔が可愛くて」
「え、嫌だ。口説かないでください」
「そんなこと言わないでよ。ほら、僕らは男女のままなんだし……」
「友人の嫁を寝とる趣味はありません。それよりもフレンド登録プリーズ」
変なフラグを無理やりへし折り、俺は二人とフレンド登録をし直す。
フレンドの画面はゲームの時と変わらない。
そのままチャットの機能を試そうとしたところで、エイルが俺の袖を引っ張ってきた。
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