第29話 旧友との再会
教会の外に連れ出された俺は教会の裏まで引っ張られ、石像の群れがいる中でアンナに壁へと押し付けられた。
「どういうつもりだい?」
元々、高身長で迫力があるのにそんな鬼の様な形相で睨まれたら言いたいことも言えなくなるよ!
「マスターからはなれて!」
「エイル!アンナさんに攻撃しちゃダメです!」
「うぇ……?」
俺の制止の言葉に困惑するエイル。
エイルの声のおかげで少しはビビった心が落ち着きを取り戻した。
「アンナさん、あの石像はただの石です。偽物です。あれに術を掛けても意味はありません」
「どうしてそれが分かったんだい?」
「あの石像は外のモノと材質が違います。魔法などによって石化した石はどれも同じになるはずです」
これは嘘だ。
同じになるかなんて知りもしないデタラメな言い訳。
この場にウソ発見器があれば検出されるであろう穴だらけの説明。
それでも信じさせるためにやった行動を使わないと、納得できる説明にはならない。
「……今のアンタは非常に危うい橋を渡っている。その事は理解しているね?」
「はい」
「その上で今の発言を鵜呑みにすれば、ジェラルドとティモシーが一番怪しいって事になる。そのことを承知の上で言ってんのかい?」
「はい」
「おいマナ!お前ッ、自分が何を言っているかわかってんのか!?」
ライザックからも非難の声が上がる。
俺はそれでも自分の意見に自身を持ったままアンナの目を見つめ返していた。
「あの場でその事を説明しなかった理由は?アイツらが怪しいって言い退けることもできたはずだ」
「どう言っても逃げられます。怪しいというだけで証拠が不十分。あの二人が犯人と特定できていません」
俺がそう言うと、アンナは俺のを押さえつけていた力を抜いた。そして、初動を見せずに頬を引っ叩いた。
パァンと小気味よい音が外に響く。
音が鳴って少し後に頬に感じる痛みに気づき、悔しさが胸の中に溢れてきた。
「ライザック」
「な、なんだ?」
「こんな奴の護衛はもうしなくていい。別件があるからアンタは付いて来な」
「いや……だが」
ライザックはアンナの言葉に少し戸惑う。
今回の依頼主はギルド。その依頼主の提示した仕事を自分の判断で投げ出すわけにはいかないからだ。
「ギルドにはこれから説明に行く。アンタがいないと話が始まらない」
「マナはどうするんだ?」
「一緒に来てもらいたいところだが、今一緒に居るとうっかり手を出したくなる。アンタは一先ず宿に戻ってな」
「はい」
うつむき気味でそう答えると、髪をグイっと引っ張り上げられ無理やり顔を上に向けさせられる。
目を直接睨まれ、怒りに塗れた視線で貫かれる。
「言いつけ通りに宿に戻りな。そのくらいはできるだろう?それにここで命令違反なんぞ犯したら降格だけじゃ済まさないからね」
「……はい」
アンナに掴まれていた髪を放され、俺の体は地面へと崩れ落ちる。
エイルが心配そうに駆け寄ってくれたが、その体を抱きしめるにはちょっと心へのダメージが大きかった。
「宿の自室で反省してな」
それだけ吐き捨てると、アンナは歩き出す。
ライザックは少しだけ戸惑いを見せたが、俺に声をかけることはなくアンナの方へと駆けて行った。
「マスター、ごめんなさい」
「謝る必要なんてないですよ」
「でも!でも!」
こんなかわいい子を泣かせるなんて酷い人たちだ。
一番ダメだったのは俺なのかもしれないけど……。あの場をうまく切り抜けるような地力はなかったわけだし。
俺は深く息を吐いてから立ち上がる。頬の痛みはまだ残るけど歩けないほど痛かったわけじゃない。
エイルの手を引いて教会を去った。言われた通りに宿屋を目指して歩いたが、その道中でエイルと楽しい会話をすることはできなかった。
宿に辿り着き、扉を開けて中に入ると待合いスペースに二人の男が座っていた。
あまり意識をせずに二人に視線を移すと、奥に座っていた深緑色のターバンを顔に巻いた男と目が合う。どこかで見た事あるような……?
手前の男の格好もどこか見たことのある鎧姿に見える。青いマントに白銀の鎧。金髪のポニーテールなんてこの世界では見たことが無い。
ターバン男が俺を見て目を見開くと、手前の男も気になって後ろを振り返る。
その男の顔を見て、俺は声を上げた。
「タオ!?」
俺の声に金髪の男はガタッと立ち上がり、俺の方に体を向ける。
蒼い瞳に金色の髪。白い肌とスラッとした凛々しい顔立ちはどこぞの貴族と言われてもおかしくはない。白銀のゴテゴテしい鎧を身に纏い、腰に差した剣はこの世界でよく見る両手剣。
職業は【ルミナスパラディン】。聖騎士系の最上位職でバランスの良いパラメータ成長と、自己完結したスキル群から最も人気が高く、目指す人も多い職業。
少し記憶にある顔立ちよりも疲れているような印象を受けたが、知っている顔に間違いない。
相手の方も目端に涙を溜め、堪える様に顔を歪ませていた。
「マナ?マナなの?」
そのイケメンフェイスから放たれた声(イケボ/テノール)はちゃんと男のモノだ。だけど、口調が現実世界で会った時のモノに変わっていた。
「ええ。タオもこちらに来ていたんですね」
「本当に……マナなのか?」
タオの後ろから歩いて近づいてきたのはウィング。
黒いインナーと深緑色のレンジャーベストを身に纏い、イベント限定アイテムのターバンを付けている。服の隙間から見える肌は黒く焼けており、顔を覆っていたターバンを外すと赤い瞳が嬉しそうに輝いていた。背負ったボウガンに見覚えが無いからこの世界で手に入れた武器なんだろう。
職業は【アクセルシューター】。銃使い系の最上位職。銃使いは大元がスカウターであるため索敵能力などの支援も出来るアタッカー。その上ですべての遠距離攻撃武器を装備できるようになる唯一の職業。こちらも人気職の一つだ。
「久しぶりですね。ウィング」
まさかのゲーム内で、現実世界でも仲の良かった二人と再会イベント。
先ほどまでの鬱屈とした気分が一気に晴れる。
「なんでマナがここに……。ん?アンナさんが言ってた変な格好のギルド員ってまさか」
「え?アンナさんの事を知ってるんですか?」
俺がそこで首を傾げると、タオが抱き着いてくる。
「マナベ~、マナベ~!」
「おいタオ!喜んでるのはわかるが今ここでそういうことをするな!」
「そうですよ!旦那さんの前で堂々と浮気だなんてやきもち焼かれちゃいますよ!」
「変な事を言うなマナ!あと、そこでメモを取るなギムレット!」
「ムッ、バレたか……」
受付の男性が観念したようにメモを差し出す。
それをウィングはツカツカと早歩きで歩いて奪い取っていた。
「誰にも口外しないでくれよ」
「ああ。安心してくれ。これでも客商売。口は堅い方だ」
「信じてるぜマジで。この事がバレたら、タオの親衛隊に何されるかわかんねぇ」
「ああ……」
なんで遠い目をしているのギムレット。
あと、タオの親衛隊ってなに!?
「詳しい話は私の部屋でしましょうか」
未だに抱き着いて話さないタオの頭を撫でつつ、俺らは部屋へと移動した。
自分でやっておいてなんだけど、大の男の頭をメイドが撫でてる光景ってなんか怖いな。
各々がベッドや机や椅子に腰を掛けつつ、話が始まる。
「真っ先に聞きたいんだが、そっちの子は?」
「え?」
ウィングの口から出てきたまさかの発言に俺は動揺を隠せない。
座っていた椅子から前に倒れ、よろよろと崩れ落ちる。そして縋るようにエイルに近づき、小さな頭を抱き寄せる。
「エイルですよ。見てくださいこの可愛い容姿!あどけない瞳!純朴な顔立ち!」
「わかったから耳の至近距離で叫んでやるなよ」
「はぁ~、エイルってこんな風になるんだね。ゲームの時のイメージは覚えてるけど普段の時は羽を広げてたし、パッとは結び付かなかったよ」
タオの言うことはわかる。
俺もヒルダを初めて召喚した時はすんごい違和感を感じたもん。今は慣れたけど……。
「で、マナはいつからこの世界に来たんだ?」
「私はだいたい二ヶ月くらい前に来ました。お二人は?」
「僕らは半年前だ」
「半年前!?」
半年ってかなり前じゃないか。
「こっちに来たタイミングってハロウィンイベントの時ですよね?」
「ああ。オレとタオは同じタイミングでイベントに参加したからな」
「あの日、お互いに有休取ってイベント開始前からスタンバってたもんね」
違和感あるなぁ。イケメンから発せられる女口調。
俺が苦笑いを浮かべながらタオを見ていると、タオが姿勢を正して言い直す。
「あの日は僕ら、どっちも有休を取っていたからね」
「言い直さなくていいですよ。え、普段から女性口調で話してるわけじゃないですよね?」
「流石にそこは弁えているよ。なるべく抑えてはいるものの、ウィングと二人っきりの時には出てるかもしれないけど」
タオの言葉にウィングは頭を抱える。
「まさにそれでオレらの関係が勘繰られてて、いい迷惑してんだよ」
「そういうことを言わないでくれウィング。こっちだっていきなり男の体になって戸惑っているんだ。半年経って慣れたつもりだけど、女だった感覚はまだ抜けてないんだよ」
そう……。タオは俺の逆バージョンで、元の性別が女でキャラクターが男だった。
男キャラを操作する理由も“イケメン”になりたかったから。ゲーム内では男を演じきっていたし、現実でのオフ会時に良く驚かれていたくらいだったのだけど……。
「ゲームの時は地の出ることが無いプリンスだったじゃないですか」
女の描く男の理想みたいなキャラは演じてた。現実世界の本人を知ってるからゲームを始めた当初は違和感に襲われていたけど。
「ゲームと現実は違うよマナ。あれはゲーム内でだけやっていればよかったからできた事さ。……日常でやるとなると意外にキツイ」
「あ、そうだったんですね」
表情に影が見えるって事は俺と同じように苦労してきたんだろう。
まぁ確かに現実世界でずっと意識をして王子役をやれと言われても難しいか。常に観客がいるなら話は別だろうけど、そんな特殊な状況はそう起こらないしな。
「このまま懐かしい話に花を咲かせたい気持ちもあるんですけど話を変えますね」
俺は昔話をそこで打ち切って、本題を進める。
「アンナさんから何を頼まれていたんですか?」
真剣になった俺を見て、二人もにこやかな笑顔をしまう。
「この宿屋で石化解呪のためにシュトラーゼンから来た冒険者二人を待って、合流してくれって頼まれたんだ」
「まぁ、言外の意図を察するなら護衛だろうな」
護衛という言葉を聞いて二人の全身に目を向けると、それぞれの手首にギルドプレートが付いていた。色はシルバー。
「それはいつ頼まれたんですか?」
「昨日だな」
「昨日の夜から僕らはこの宿で待機しているんだ」
「え?」
昨日の夜から?ってことは……。
「変な叫び声とか聞こえなかったんですか?」
恐る恐る聞いてみると二人が互いの目を見合わせてから
「確かに一時間ほど前に女の嬉しそうな叫び声が響いてたな」
「何してるのか気になったけど、アンナさんの怒った声が聞こえたから野次馬も控えたんだよね」
おぅ……。まさかの奇行が目撃されるところだったのか。再会タイミングがあの時じゃなくて良かった。
「そうでしたか。石化解呪が失敗したことは聞いてますか?」
「あの叫び声……マナだったのか」
話をシレッと変えるべく、質問を投げたのだがウィングによって看破される。
「そしてあからさまに話を戻してきたね」
これが長年連れ添った友人たちからの扱いかぁ……。シュトラーゼンでの扱いとほぼ変わんねぇ。
この世界の人たちのコミュニケーションスキルがおかしいのか、俺がおかしいのか疑問が湧いてくるな。
「それはまぁ、今は置いといて」
「まぁいいけど。んー、それで言うと失敗したなら一人で、成功したなら二人でって聞いてたな」
「エイルと二人で来たから成功したんだと思ってたけど」
タオの言葉に心の中で首を傾げる。
失敗した時のことを想定してた?
「エイルはギルド冒険者じゃないんですよ。召喚獣は登録できないという制約があるようでして」
「そうなのか」
「確かにギルドプレートも付いてないね」
二人が納得したところで話を戻す。
「失敗した時の事も聞いてたんですか?」
「え?ああ。目撃者の治療なんて犯人側からはさせたくないだろうしな」
「何かしらの妨害があるかもとは話してたね」
じゃあ、アンナはあの状況を予想していた?
その上で護衛を二人寄こしていたとするなら、さっきのアレは演技?
少し紐解けた謎に思考を巡らそうとしていると、ウィングがコツンと頭を小突いてくる。
「え、なに?DV?」
「違うわボケ。お前がまた考えこもうとしているからその防止だ」
「マナは考え込むと周りが見えなくなるからね」
あんまり意識したことないけどそうらしい。現実世界で二人に何度注意された事か……。反省してねぇなぁ、俺。
己の成長の停滞を少し嘆いていると、ノック音が響く。
三人同時に武器に手を掛けた瞬間、俺はこの二人がこの世界の常識に染まっているんだと確信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます