第28話 活躍の時?
教会の中に通される。
教会の中には人が誰もいない。代わりに、拝礼を捧げるその場にただ一つの石像が立っていた。
騎士の鎧に身を包み、怒りの様な形相を浮かべている若者。手を剣に伸ばそうとしている仕草、重心を少し下げた体勢を見るに戦闘開始直前だったように見えた。
その石像の横に立ったジェラルドは石像の頭に軽く手を乗せる。
「コイツは私の右腕でな。武力もさることながら賢しく素晴らしい男だ。この石化事件に対しても精力的に調査を続けてくれていたのだが……」
怒りと悔しさを合わせた様に顔をゆがめる。
その石像を見てアンナも声を漏らした。
「エヴァン……」
「ライザックさん、この方は?」
俺は極力小さな声でライザックに尋ねる。しかし、ライザックも困ったような顔をして
「なんでも知ってると思うな。この石像の人物は知らん」
「我ら南方軍において若手No.1の騎士だ。正義感に溢れ、民に対して精力的に働き、多くの者に好かれていた」
説明責任を代わりに果たしてくれたのはジェラルド。
説明を聞く限り素晴らしい人格者だったのだろう。しかもイケメン……。
元の容姿があんまり良くなかった俺は少しの嫉妬心を胸に秘めたまま、ジェラルドに仕事の内容を確認する。
「この方を治せばよろしいんですね?」
「ああ。この姿を見てもわかる通り、エヴァンは犯人と対面している可能性が高い。石化される少し前には犯人の目星がついたと話していた」
目星が付いていた?
そういえばアンナも似たようなことを言ってたな。
「ジェラルドさんは犯人について聞かなかったんですか?」
「証拠が揃うまでは待って欲しいと言われてな。憶測の域を出なかったのかもしれないが……。あの時に聞いておけばよかったと悔やんでいるよ」
ジェラルドは歯を食いしばり、手をギュゥーッと握りしめている。
「わかりました。それでは」
と、俺がエイルと共に石像の前に向かって歩き出す。すると、出鼻を挫くように別方面から声が届いた。
「ジェラルド殿」
教会の奥の方から小走りで近づいてきたのは神官のような服に身を包んだ壮年の男性が現れた。
今度は誰だよ。
「これはティモシー神父」
「石化解呪の準備が出来たのでジェラルド殿の仰っていた部下の方を探しておりましたら、こちらに移動したと聞きまして。そちらは……ギルドの方ですか?」
「ええ。そこのメイド服を着た女が石化解呪の魔法を持っていると吹聴していたので真偽を確かめようかと思いましてな」
「ハハハ。それはまた面白い」
メイドの何が不満だコラ!なんてことは心の中で留めておく。
こらこらエイル。頬をぷくっと膨らませて杖を握り締めないの。可愛いからやめなさい。
「お嬢さん。石化解呪というのは行使できる人間が限られています。シュトラーゼンには“死天使”と呼ばれる凄腕のギルド冒険者がいると聞いていますが、貴女の事ではないでしょう?」
売られた喧嘩は買うぜコラ。どいつもこいつも見た目で判断しやがって。
気持ちはわからんでもないが、下に見られる筋合いはない。
「違いますね。私は“お掃除メイド”のマナです。こちらは私の召喚獣のエイル」
「召喚獣?そちらの亜人の子が?」
訝しむような視線にエイルが嫌悪感を露わにする。
エイルの態度にティモシーはハッと鼻で笑い、視線を俺に戻した。
「神官の真似事をさせているようですが、見た目だけで信用されると思ったら大間違いですよ」
「いや、私がメイド服着ているせいで周りからほとんど信用されていないので、エイルのこの恰好だけで信用されるだなんて思ってませんよ」
馬鹿ですかと心の中で付け足す。
すると、周りの空気が一変。なぜか味方であるはずのライザックとアンナから落胆の色が強いため息が漏れる。
「……変わったお嬢さんだ」
「こんな見た目が派手なだけの冒険者を寄こすとは……。アンナであれば大丈夫と過信していた私自身が愚かだったよ」
言いたい放題だなこの爺さん。
大げさに動きを入れて嘆くな。
「あー……論より証拠だ。マナ、手っ取り早く仕事を済ませとくれ」
アンナがしびれを切らして治療を促す。俺もムカムカイライラする気持ちを抑えつつ、エイルの手を引き石像に向かい合った。
「パフォーマンスだけならやめておいた方が良いですよお嬢さん」
にやにやと笑みを浮かべたティモシーが口元を隠しながら要らぬ助言をしてくる。
「エイル。とりあえず、雑音は無視してお仕事しちゃいましょう」
そう言って俺は石像を見つめる。すると、エイルが杖を構える前に石像に近づいた。
ペタペタと石を触り、何やら首を傾げている。石像の周りを歩き、見逃しが無いように石像の隅々まで観察している。
今までなかった動きに俺は違和感を覚え、エイルに話しかけた。
「どうしたんですか?」
俺の疑問にエイルは一拍間を置いて、石像を指さす。
「マスター、これ……治せない……よ?」
「ワッツ?」
エイルの言葉にこの場にいる全員が驚く。
ここまで来て治せないは一番言いたくない言葉だ。だけど、エイルが言うんだからその理由は何かしらある。
一番考えたくないのはこの世界の石化とゲーム内での石化はステータス異常として明確な差でもあるってところだけど……。この世界に来て、毒のステータス異常が治せたんだから石化が治せないとは考えづらい。
現実的な話、“毒”なんて一言で表せても中身は無限に種類があるようなもんだ。その毒の構成成分を特定することなく、スキルで治療出来た実績があるから“毒という概念”を治療するって考えで間違っていないはず……。
他に理由がある?
エイルが石を触っていたけどそれに関連が?
グルグルと頭の中でいろんな考えが巡る中、少しでも情報を集めようと視線を動かしていたら、マップ表示が視界に入る。そこの違和感に気づけたおかげで腑に落ちた。
「あぁ!確かにこれは治療できませんね!」
納得したような声色とセリフ。周りの人間は俺らの言葉に一切ついていけてない。
口に出して初めて自分が失言したと気づき、言い訳を考え始める。
誰もしゃべらず、物音一つない静寂が支配するこの空間を真っ先にやっつけたのはジェラルドの嗤い声だった。
「ハハハハハ!意気揚々と前に出て“出来ません”とは笑わせてくれる!」
「さすがにこれは……ププッ」
ティモシーの方も笑いを堪え切れていない。
嘲笑が向けられる中、俺は今できる最善の結果を得るため、石像に触れる。
「やっぱり」
「なにがやっぱりなんだ?言ってみろ小娘」
ジェラルドは高笑いから一変して、ドスの利いた声を出す。これにはライザックも一瞬体を震わせていた。
「この方……」
説明責任を果たそうと口を開いた後、セリフを途中で止めて口を閉じる。
ジェラルドとティモシーがもし犯人だった場合、俺が察した内容をこの場で話せばライザックたちにも危害が及ぶ。守れらるほど弱くはないだろうけど、攻撃対象は少ない方が楽だ。
「この方ではない人ではダメですか?」
「逆に尋ねるが、なぜエヴァンではダメなのだ?石化の呪法などどれも同じだろう。そうだな?ティモシー神父」
「そう……ですね。石化に関しては解呪方法は一つに限られます。『キュアペイン』による解呪。これを扱えるのであればエヴァン殿も治せるはずです」
キュアペイン?
あれってアイテムじゃないの?
別の事に気を取られている隙にエイルがちょんちょんと俺の服を引っ張った。
「エイル?」
「マスター、キュアペインってなに?」
爆弾投下。
本人に悪意も悪気もないのは製作者の俺が一番よく知っている。
純粋にわからなかったから聞いたというだけで、空気を読むなんてマネはしない。
だけど、一気に場の空気が悪くなってのだけは気づいていた。
「おい。どういうことだ?」
ジェラルドの不機嫌そうな声が耳に入り、体がビクッと反応する。
「エイル、その話はあとで教えてあげますね」
「うん!」
嬉しそうに返事してるけど今の状況どうしよう。
背中に掻いた汗が止まらない。
「まさか『キュアペイン』も知らないとは……。嘘をどう貫き通すのか見ものだと思ってましたが、これは三流以下の詐欺師でしたな」
ティモシーの追撃が心に来る。
これ……最悪のパターンに入ってないか?
「おい。黙ってないで何か言え。お前のくだらない見栄のために貴重な時間をこっちは割いたのだぞ?」
「お嬢さん。悪ふざけをしたのなら謝るべきです。貴女が考えている以上にこの事件は大きく、危険視されているのですから」
「石化解呪の魔法の存在すら知らんとは……。冒険者の質はここまで落ちたのか?」
「お嬢さん。希望の光を見せるのは良い事なのかもしれませんが、ウソで塗り固めた希望ほど他人を絶望に落とす悪質なモノはありません」
それにしてもどういうことだ?
なんで石像が偽物なんだよ。
最初から失敗させるのが目的だったとか?それともシュトラーゼンの死天使とやらが来なかったから本物を出さなかった?そもそも本物を出さないことにメリットなんてあるのか?
苛立ちと非難の視線を浴びながら俺は逃げるように思考の海にダイブする。視界がだんだんと意識から外れ、徐々に感覚がマヒしていく。
「おいマナ!」
しかし、ライザックの叫びが俺を現実へと引き戻す。
そこには心配そうに俺を見上げるエイルと怒りで顔を歪めたジェラルド、呆れかえるティモシー、鋭い視線で俺を睨みつけるアンナがいた。
ジェラルドは俺の傍まで歩いてきて、胸ぐらの服を掴み上げる。ちょっと苦しい。
「おい小娘、何か弁明はあるか?ここはお前のような奴がお遊び気分で来ていい場所ではないし、簡単にバレるような嘘を吐いていい状況でもない」
叱りつけるような声色でジェラルドが俺を糾弾する。
俺はジェラルドの目をジッと見つめながら、エイルの体を抱き寄せた。
「浅い考えで売名行為をしようと企んでいたのかもしれないが、ブロンズランク風情が現場を舐めるな!恥を知れ!!!」
空気が震えるような怒号。
びりびりと肌を刺すようなその迫力を前に俺は杖に力を込めるエイルの体を更に強く抱きしめた。
「アンナ」
ジェラルドは俺から手を離してアンナへと体を向ける。
「お前の目も衰えたものだな。この程度の小娘の嘘に騙されるとは……」
「……なんとでも言いな」
「フンッ、言い訳をしないところだけはそこの奴よりマシだな」
え、俺も言い訳はしてないんですけど?
風評被害にモノ申したいけど今言うと逆効果なので我慢する。
「ジェラルド殿、やはり時間はかかりますが当協会にて少しずつ解呪していくのが得策かと……。現に一般市民の数人は解呪できているわけですし」
「そうだな。時間がかかるのがネックだが、協会側に頼むほかあるまい。高い金を払ってギルドに頼もうと思ったがこの有様だ。これだから市井の“便利屋”は質が悪いと言われるのだ」
「しかし、中には粒の良いのもいますでしょう。腐った実が紛れ込んでいるのなら取り除けるように致しませんとな」
「まったくだ」
俺らに聞こえるようにジェラルドとティモシーが会話を始める。
そして、アンナが険しい形相を浮かべて俺の目の前まで歩いて来た。心なしか足音に怒りを感じる。
「ちょいと来な」
「はい」
有無を言わさず肩を掴まれ、引っ張られる。あんまり引っ張らないで、これ新調したばかりなの……なんて言えるわけもなく、歩きにくい感じで外へと向かう。
ジェラルドはそんな俺らを横目で見て、こちらに顔を向けずに声を出した。
「ギルドへは後で抗議の文書を出させてもらおう。もちろんシュトラーゼンの方にもな」
ジェラルドの言葉に誰も返事することなく、俺らは教会の外へと出た。
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