第27話 現場へ

 事件の説明と今後の行動の話が終わって、ひとまず俺は部屋に引きこもる。アンナ達も自分の用意のために自室へと戻っていった。集合は十五分後、ロビーで。


「さてさて」


 俺はまずコンソールを開き、装飾品欄から【EXCEEDリング】を解除。この世界に来てから一度も使っていないスキルが入っている装飾品。攻撃範囲がやたら広いので何かあった時のために装備を続けていたけど今回のタイミングで外す。

 代わりに装備したのは【戦乙女の指輪】。全耐性を10%引き上げてくれる程度の装備品だが、これを装備することで俺は完全耐性になる。こうしておけばよほどの相手でない限り、状態異常を付与されることはない。

 今までやらなかったのは状態異常をやってくるような敵に出会わなかったのと、エイルの状態異常解除スキルで十分だったから。


 いやしかし、バッグの中に装備品を持ってて良かったぁ。ゲーム内では盗む系のスキルもあるからコレやるのあんまり推奨されてないんだけどね。

 盗む系スキルはプレイヤーしか使わないスキルってのと、盗んだプレイヤーをPKすることで相手の持ち物を好きに奪えるという仕様だった。だから、盗まれても問題なかった俺は無造作に装備品をバッグに入れる派だった。

 異世界に転移する事なんて早々無いだろうけど、プレイスタイルがどこでどう幸いになるかはホンと分かんないな。


 いつもの武器(デッキブラシ)が装備できなくなっているのは痛いけど、この世界の水準だったら素の攻撃力だけでもどうにかなりそう。けど、戦う時の見た目に華が無いよなぁ~。

 余計な事を思案している暇はないので、そのままエイルを召喚。


 召喚されたエイルはキョロキョロと周りを見てから、可愛らしく俺を見上げてきた。


「エイルだけ?」


 ああもうホント癒される。何この可愛い生き物。


「うん。エイルだけだよ~」

「わーい!」


 優しく肯定すると嬉しそうにギュッと抱き着いてきた。柔らかくて暖かい。こういう時ばかりはローブ装備を推奨したい。鎧って本当に抱きしめた時の異物感が強いから。

 俺は名残惜しさを胸に仕舞い込んでエイルを離し、目線を合わせるようにしゃがむ。


「今日はエイルにいっぱい頑張ってもらうからね」

「うん!なにをすればいいの?」

「石になった人たちを治すだけの簡単なお仕事なんだけど、数が多いんです。それと範囲系の術は使っちゃダメ」

「なんで?」

「あんまりこの国の人たちは範囲系魔法使えないんだって。だから、無用な戦闘を避けるために単体対象の魔法だけで治してね」

「ふーん……。うん!わかった!」

「可愛いなぁもう!」

「わぷっ!」


 元気よく右手を挙げながらお返事とかどんなロリだよ。ロリ魂にクリティカルヒットしたわ。

 そうこうしているとアラームが鳴る。おっと五分前か。


 ゲーム内機能は本当に便利。

 時計とかは主要都市に行かなきゃ無いらしいし、一般家庭にあるようなものでもないらしい。この国の大勢は太陽と共に寝起きをしている。

 ライザックたちから出てくる言葉の“十五分”ってのも俺の耳に自動翻訳されているだけなので、実際はもっとアバウトなモノなのかもしれない。だけど、二十四時間で育った俺としてはこの時間を確認する機能をとても重宝している。


 ちなみに、ゲーム内での時計は普通に現実世界の時間を表示するためのモノ。カウントダウンタイマーと時刻設定アラーム機能付き。マジ便利。


 一番の下っ端が遅刻するわけにもいかないので、俺は立ちあがってエイルの手を引く。

 部屋を出て鍵を閉め、一階に向かおうとした時に廊下に無造作に置かれた一本の古びた箒が目に入った。


 その箒は俺らの世界と全く変わらない容姿を持ち、柄が竹で出来ており、穂は慣れ親しんだ枯草に見える。横に並んで立ってみると、俺の背と同じくらいの長さ。柄の部分と穂の部分がだいたい半分くらいのところで分かれている。

 持ってみると俺が知っている箒の重さだった。これだと、いつも装備しているデッキブラシの方が重い。アレ、あんな形しているけどれっきとした武器だしな。


 ふと、俺の中に妙案が浮かぶ。「これを武器っぽく振舞えば、武器装備している風を装えるんじゃ?」って。

 アイテムとしてならステータス上昇はないが扱うことができる。攻撃系アイテムとか、回復系アイテムとか、支援系アイテムとかそんな扱い。ゲーム内でも石ころを拾って投げ、無限に相手に1のダメージを与えるというテクニックもあるくらいだ。


 俺は走り出した。高鳴る胸の高揚感を抑えきれず、エイルを引っ張りながら階段を駆け下りた。まだ誰も待っていないロビーを見てから、俺は受付のオッサンへと駆け寄る。


「お願いしますこの箒ください!」

「…………はぁ?」


 受付のオッサン困惑。

 いきなり降りてきたギルドプレートを胸に掲げたメイドに箒くれと言われたらそんな反応になるかもしれないがもうちょっと優しくしてほしい。そのバカな奴を見るような目で見るのをやめて。


「この箒を売ってください」

「いや……え、なんで?」

「一目惚れです!」


 鼻息荒く言い放つ俺の熱意に少し押されるオッサン。その押され気味のところを突くように俺は次の言葉を暴投する。


「大銅貨二枚で!」

「売った!」

「買った~!キャッホーーー!!!」


 大銅貨二枚をカウンターに叩きつけて、箒を掲げてクルクルと回る俺。

 あまりの声の大きさにアンナとライザックが降りてきて唖然とする。


 待合いスペースの中心で狂喜乱舞をしているメイドの姿。

 なにやら手に持った箒を愛おしそうに抱きしめたり、振り回したりしている迷惑な客。

 そんなキチガイに対する彼女たちの行動は決まっていた。


「はい。はい。すいません。テンションが上がってしまって」

「ギムレットが大目に見てくれてるからこの程度で終わってやるが、公共の場でくらい静かにしてな」

「はい。本当に申し訳ありませんでした。」


 ガチの説教をくらって涙目の俺。

 いや、年齢問わずガチの説教って心に来るのよ。なんて自分は情けないんだろうっていう想いと、なんであんな馬鹿な事をしたんだろうっていう後悔がね……。心の汁を目から溢れ出させるのです。

 反省?それは改善されて初めて認められる行為ですよ?改善されていないのであれば、反省ではありません(by.婆ちゃん)。




 気を取り直して、本来のお仕事に戻る。

 アンナの案内で石化した人間を保管しているという広場まで来た。そばに教会が建っているのはこの広場がバレンティン教の持ち物だから。

 百パーセントの善意で金も取らずに広場を解放してくださっているらしい。いつもならその善意を疑いたくなるところだけど、バレンティン教徒も多数被害に遭っているとの事で納得した。


 石塀に囲まれたその広場はサッカーのハーフコードくらいの広さがあり、その中にたくさんの石像が置かれている。一目見る限りでは石像の展示会と言っても違和感がない。


「こりゃぁ」


 ライザックが漏らした声に俺も頷く。

 石像のほとんどが精巧に作られた物と言われても疑わないだろう。誰一人として苦しんでいる様子はなく、日常の一コマを切り取ったような感じで固まっていた。


「この人たちを片っ端から治せばいいんですか?」


 俺がアンナに尋ねると、アンナは首を横に振る。


「そっちに置いてあるのは一般人。アンタの仕事はこっち」


 そう言って指をさす方に歩いていく。

 教会の建物の傍までたどり着き、その横に回り込むと鎧姿の石像が並んでいた。こちらは驚きや歪んだ表情のものまである。


「ここにいるのがギルド関係者もしくは騎士のやつらさ」


 この人数を治すことに不安はない。だけど、このまま大人しく治療させてもらえるのか?

 そんな考えがふと過ぎったと同時に声がかかる。


「アンナ」

「あん?」


 アンナが振り向いた先には老騎士。ひげを蓄えていないが、髪は真っ白で顔にシワがある。体は細身で長身。眼光は鷹のように鋭く、俺らを見る目に警戒心が現れていた。

 エイルが一瞬、戦闘態勢を取りそうだったので肩を掴んで制止させる。

 俺らの行動など意も介さず、老騎士はアンナに向けて言葉をつづけた。


「頼んでいたものが来たのか」

「ああ」


 老騎士はそのままライザックに気づき、近づいて手を差し出した。


「シュトラーゼンのライザックか。かなり昔に会ったきりだがまだ私の事は覚えているか?」

「そりゃあもう!西との国境線の時にはお世話になりました」


 ライザックが嬉しそうに老騎士の手を握り返す。

 老騎士もその姿を見てニヤリと笑みを浮かべる。


「お互い様だ。お前の“千手(センジュ)”という二つ名はアルミ・ナミネにも届いている。だが、石化の呪法も治せたのか?」

「いえいえ。魔力無しにそんな力は無いですよ」


 謙遜にも聞こえる言葉。

 自分より経験豊富な先輩が下手に出ているのはいつ見てもムズッと来るものがある。

 俺が背中のかゆみを我慢していると、ライザックが俺の背を少し押して老騎士の前に移動させる。


「石化の呪法を治せるギルド冒険者はこちらの女性です」

「なに?」


 老騎士は一瞬だけ緩めていた眼光を再度強めに設定し直して、俺を睨みつける。値踏みするような視線に俺はドキドキと胸が高鳴る。怖い。


「この娘が?メイドではないのか?」


 一応、胸のギルドプレートを持ってアピール。しかし、視線を一瞬プレートに向けただけで終わる。


「変な格好ではあるんですけどね。シュトラーゼンではちょっと有名な冒険者です」

「はじめまして。ブロンズランクのマナです」


 ライザックが説明とフォローを入れてくれる。ただ、その有名って悪評な気もしていて素直には喜べない。


「それにそっちの亜人はなんだ?」

「こちらはエイル。マナの扱う召喚獣で、石化解呪の魔法を持っていると」

「その真偽は確かめたのか?」


 ライザックの説明を遮る様に老騎士がキツイ一言を投げかけてくる。その言葉にライザックもアンナも唇をギュッと閉じてしまった。

 そんな二人の振る舞いに老騎士は溜息を短く吐く。


「新人の大法螺に付き合うか。シュトラーゼンのギルドはここの現状を軽く見ていると?」

「いえいえいえ!そんなことはありません!」

「アンナ、人選はお前に任せていたはずだ。こんな小娘で使い物になるのか?」

「使い物になるかは実際に見てみないとわかんないよ。やらせもしないで無理だと決めつけているのはどうかと思うけどね」


 おぉ!アンナは老騎士に対して強気な発言だ!

 これは俺も期待に答えなくちゃな。エイル、お願い!


「それもそうか」


 老騎士はアンナの言葉にふむと頷いて俺を見下ろす。

 全然悪い事してないのに教師に叱られている気分で立ち尽くしていると、老騎士はクルッと身を翻した。


「そこにいる者達も治して欲しいのはそうだが、真っ先に治療して欲しい部下がいる。治療するならソイツを優先させろ」

「あいよ」


 アンナが俺の背をポンと叩いてから老騎士の後ろに付いて歩きはじめる。

 ライザックも俺の耳元に顔を近づけてきた。


「あの方はジェラルド・グレイ。元騎士団団長で、“将軍”の称号を王より授けられている数少ないお方だ。今は南方軍の軍団長。見た目通りの厳格な爺さんだが、民想いで優しい面もある。言い方がキツかったと思うがあんまり悪く思わんでくれ」

「大丈夫ですよ。私もこんな姿の人間がまともな仕事できるとは思いませんし」

「だったら少しは改めろ」


 ちょっと小突かれたがあんまり痛みはない。

 その事がなんだか認められているような感じがして嬉しくなり、俺は自然に笑顔となったままライザックの後に続いた。

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