第26話 事件の概要

 部屋の中は質素なもので最低限のテーブルと椅子が並べてあるだけ。宿泊客の部屋との違いを挙げるのなら、ベッドの有無だろう。ベッドが無いからテーブルが置ける。

 先に入ったアンナが奥の席に俺とライザックは入り口近くの席に座る。


「さて、まずは現状のおさらいだ」


 座って雑談も無しに本題がスタート。


「リェラから説明を受けてると思うけど、経緯から説明するよ。この街ではここ一ヶ月ほど民間人、軍人、ギルド関係者問わず人体が石化する事件が起きてる。最初の被害者は民間人だ」


 なんか警察ものでありがちな説明タイムに入っちゃった。俺は頭の中で整理しつつ、アンナの説明に耳を傾ける。


「石化されたのは恐らく深夜。んな時間になんで出歩いてんだって言えば、その子が色街で働いている子だったから」


 色街ってのは水商売とかそういうのがある場所ですよ。って、誰に説明してんだ俺。


「争っていた形跡は無し。表情も穏やかなものが多くて、精巧に作られた石像にも見えたから最初は事件性を感じてなかったんだけどね。徐々に石像だけが増えていった」

「増えていった石像も争っていた感じはないのか?」

「ああ。最初の方は誰も彼も普通に立っているだけさ。中には笑顔の奴もいる」

「笑顔って事はその方々の顔見知りって事ですか?」

「かもしれないけど、笑顔になっていた被害者同士の繋がりが見えなかった。被害者が増えるにつれて、職業も暮らしている地区もてんでバラバラになってってね」


 それはまた捜査の難航しそうなタイプですこと。


「そして二週間前から夜間の街中の巡回警備が強化された。人員を増やして、犯人を捕まえるためにね。それでも被害は増える一方。あまりにも増えていくもんだから軍が領主と話をして、ギルドにまで依頼が回ってきた」


 ギルドは基本的にその土地の領主が管理、運営している。ギルドマスターは領主に管理、運営を代行するよう依頼されているギルド員という立ち位置。


「一応、人海戦術で低ランクのギルド冒険者から高ランクのギルド冒険者まで揃えてはみたものの効果なし。ギルド関係者の被害は今んところ三十七人だ」

「軍関係者の被害も増えているのか?」

「ん?ああ。そっちも二人増えて十四人になったよ」


 チーム組んで巡回しているのに被害が増えるだけ?

 誰にも気づかれずに石化しているって事は人為的だよな……。


「ほぼほぼ人為的な事件だと思うんですけど、犯人の目星が付いていたりしないんですか?」


 アンナは静かに首を横に振る。


「怪しい奴は他の仲間に見張らせてるけど、確証は出てないね」


 確証がないんじゃ下手な事言えないか。先入観があると新規で人を組み込む意味も薄まるし……。


「んで、アンタら……というかアンタに頼むことになると思うけど、軍連中とギルド連中の石化解除が一番初めにやって欲しい仕事だ」

「はい」


 目撃証言がこれで取れるようになるはず。事件解決の糸口としては十分すぎる。

 ちょっとやる気になってこぶしをギュッと握りしめていると、ライザックが口を挟む。


「一つ聞きたかったんだが」

「ん?」

「アルミ・ナミネには石化解呪の出来るギルド冒険者がいなかったのか?」


 そもそも論!

 確かにそれはちょっと気になってた!

 そもそも“なんで他のギルドに依頼を投げてきた?”


「石化解呪自体はできる奴の方が珍しいくらいで、アルミ・ナミネにはそういう冒険者はいない。もちろん街に在住している魔導医も含めてね」

「軍の方から派遣すると言う手もあったはずだが?」

「一度は来たよ」

「一度は?」


 思わず聞き返してみると、聞きたくない言葉がアンナの口から放たれる。


「来た次の日に石化しやがった。あの時は民間人優先でやってたからね。民間人を一人治しただけで終わりさ。もちろん目撃証言も何も取れやしない」


 俺もライザックも声が出ない。

 え、それを受けて二度目以降の派遣は出し渋っているってこと?


「それで二度目以降は派遣されてこないんですか?」

「そうなるね」


 えぇ~?単に石化対策して来ればいい話だろ。

 来ても石化するんじゃ確かに意味はないけど、それだけで派遣を取りやめちゃうの?


「石化対策が無い以上、仕方が無いと言えば仕方がないか」

「え?」


 ライザックが納得した口調で告げた言葉に思わず声が出る。俺の疑問符にアンナもライザックも不思議そうな目を向けてきた。


「石化対策……アンタ持ってるのかい?」

「え、ええ……まぁ」


 正直に話すとまた注意を受けるかもしれないから、説明は既出の情報のみで留めておく。


「私の召喚獣の持つ魔法の中で『グリーンカーテン』というのがありまして。それを発動すると私の召喚獣が指定した人に石化とかの耐性を与えるんです」

「あの時使ってたアレか」


 ライザックが記憶のふたを開けて思い出す。

 そう。ダーカスとの初戦時に使ったスキルだ。

 耐性を上げるというだけの効果だが、複数人に掛けられるという点でゲーム内ではとても重宝した。


「それさえ発動しておけば、石化されることは無いってことかい?」

「ええ……まぁ」


 素直な性格が災いし、歯切れが悪くなる。

 そして、追い打ちをかけるようにライザックが余計なことまで思い出した。


「あの時は五分程度で消えてたが、最大でどれくらい持続できるんだ?」


 あの時は戦闘時間が短すぎたため、効果切れが来てもそんなに違和感なかった。だけど、今回は違う。四六時中、グリーンフォースを使うことはできない。

 そして、今ここで事実を偽ることはできない。


「……五分です」


 二人が盛大に溜息を吐く。

 気持ちはわかる。すっごく期待したよね!

 だけど、俺自身の状態異常耐性が100%になってるから許して!言えないけど。


「まぁ、身の危険を感じた段階で召喚獣に魔法を使ってもらうだけでも大きいっちゃ大きいね」

「無いよりはマシ……だな」


 二人ともさぁ!フォローするならきちんとしてよ!


「話を戻そう。それで言うと、アンタ自身が石化の解呪魔法を持っているわけじゃないんだね?」

「はい」

「それだと召喚石を奪われないように注意しとかないとね」

「そうですね。まぁ、その対策自体はキチンといくつか用意しているので今度はご安心頂きたいです」


 俺はニコリと笑いながら余計な説明を省く。これにはアンナも理解を示し、言及しないでくれた。


「対策取ってんならいいよ。解呪自体は今すぐこれからでもやって欲しいんだけど大丈夫かい?」

「はい、問題ありません。ただ、念のため召喚獣の召喚は部屋でやっておきたいのですが大丈夫ですよね?」

「ああ。それに関してはむしろそうしとくれ」

「ありがとうございます」


 本当は大勢の目の前でエイルを召喚して治したかったけど、余計ないざこざは避けた方が良い。またリェラに泣かれるのもイヤだし……。

 囮役としては召喚獣を扱うって言うだけでも十分こなせる。


「他になんかあるかい?」

「最後に一ついいか?」


 ライザックが挙手をして至って真面目なトーンでアンナに真剣な疑問をぶちまけた。


「どうしてアンナはコイツがオレと同行してきた冒険者だとわかったんだ?」


 それは俺の格好に文句があるのか……。そもそもアンナを疑っているのか……。

 ライザックの言葉にアンナは目を細め、睨み返す。そして、ゆっくりと口を開いた。


「リェラから事前に聞いていたからね」

「あぁ、なるほど」


 ライザックもその答えには納得が言った模様。俺は納得できないけどな!


「メイド服を着ていて、武器はデッキブラシを扱うちょっと変わった子だけど実力はあるからって事前に聞いてる」


 リェラありがとう!ちょっと変わった子という言葉が気にはなるけど、実力あるって認めてくれてて嬉しい!

 しかし、上げてから落とすのがこの世界の俺への扱い。


「でなきゃ、こんな奇抜な子に声なんかかけるかい。ギルドプレート付けてても、アタシ関連の奴は別のが来るって信じたくなるだろう」

「良かった。それなら安心だ」

「何も!安心じゃ!ないです!」


 なんでそこで笑顔になるんだよライザック!

 もうなんていうか……。メイド服辞めようかなとチラッと思い始めた。


「まぁでも、キチンと見てみて、実際に話してみた感じはそれほどおかしなところは見えなかったけどね」

「そうか?」

「ライザックさん、あとでお話があります」

「アハハハ!まぁ、こればっかりはライザックには分からないさ」


 アンナが机に肘をついてニヤリと俺を見つめる。その瞳が右側だけ妙に光ったようにも見えた。けれど、一瞬のことで確証はない。


「アンタやシュトラーゼンのギルド冒険者がどう扱っているかは知らないけど、この子は大切にしといた方が良いよ。そういう意味ではリェラが良くやってるんじゃないかね」


 それでもリェラさんの評価は三人の優秀な天使に傾いてます。それについては仕方がないことだってわかってますけどね。


「それは魔力を持つ者同士がわかるものなのか?」


 この場で唯一、魔力を持たないライザックが少しムスッとした口調で尋ねる。

しかし、アンナはライザックの疑問に笑いながら否定した。


「いんや。こればっかりはアタシやリェラでないとわかんないね」


 どこか含みのある言い方。その含みがなんなのかわかる人間はこの場にはアンナただ一人。

 俺とライザックは互いに首を傾げつつ、ニヤリと笑うアンナを見ていた。

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