第25話 アルミ・ナミネ
俺たち二人はギルドを出てからすぐにシュトラーゼンの西地区にある転送屋(テレポーター)という所にやってきた。移動は公共乗合馬車。
転送屋(テレポーター)とは主要な街と街を繋ぐ大規模転送装置を置いている施設の名前。
外から見た感じはちょっと大きな石造りの家。ウェストサイドの中心に建っており、貴族の家と言われても違和感ない感じ。
管理は国がやっていて、使用料金はバカ高いのが特徴。ギルドのゴールドランク以上は半額以下に値引きされるが最上級であるアダマンタイト級でも大銀貨を取られるレベル。消費魔力が凄まじいという理由で軍関係者でさえ、ほとんど利用できないとか……。
「これ使っていいんですか?」
「ああ。今回はギルドからの依頼だってことと、軍も絡んでるからな。ギルドから利用許可証が発行されている」
「これ……あんまり使われてないって言う割には人いますね」
敷地の外に列をなす利用者の最後尾に並び、前を見渡すと、商業街ほどではないが人がいた。服装は騎士っぽいのもいれば、ギルド冒険者っぽいのもいるし、商人みたいな奴もいる。
もっと閑散とした場所にポツンと建物だけあるイメージを持っていた。
「まぁこの国最大最速の移動手段だからな。利用者は多い。オレみたいな魔力無しは高い金を払うしかないが、魔力を持っている奴なら保有魔力の何割かを提供することで使えるらしいしな」
え、そんなこと聞いてない。
あ、でもギルド冒険者のシルバー以下ってほとんどが魔力無しって聞くから仕方が無いのかも……。
「次!」
「ほら、行くぞ」
「あ、はい!」
列整理をしている騎士団の声に促され、俺とライザックが敷地内へと入る。
敷地内に入ってすぐ、偉そうな黒ひげを蓄えた、カイゼル風騎士が近づいてくる。
「ライザックか。話は聞いているが、許可証を提示してくれ」
「ああ」
「ふむ、わかった」
ライザックに手渡された許可証に目を通し、それを部下へと手渡す。
そして、ライザックの横にいた俺を見て目を剥いていた。
「この女性は?」
「書いてあるだろう。同行者のマナだ。こんな見た目だがギルド冒険者だよ」
「なに!?」
上から下までまじまじと見つめられるとちょっと恥ずかしいな。顔を手で隠しつつ、腰をくねらせる。しかし、なぜかカイゼル風騎士は俺とライザックを見比べた。
「なんでゴールドランカーのお前が荷物持ちをやっているんだ?」
事情の知らない奴らが俺らを見るとそう思うだろう。
ライザックはいつもの冒険者セットを詰め込んだバックパックを背負っている。俺もバックパックを背負ってはいるものの大きさがまるで違う。女性サイズと言えば聞こえはいいが、下位ランクのギルド冒険者の荷物量ではない。バッグ(ゲーム仕様)って偉大。
「これはオレ一人分の荷物だ。コイツは魔法使いだからオレみたいな小細工は要らないんだと。まったく羨ましい限りだよ」
「はぁ~なるほどな……ん?まさか、以前シュトラーゼンの近くまで迫ったアンデッドの軍勢を掃討した女とは貴殿の事か?」
「あ、はい」
「アンデッドの軍勢を掃討???」
初めて聞いた言葉にライザックが困惑する。
カイゼル風騎士はライザックの疑問に丁寧に答えてくれた。
「一ヶ月ほど前にヴァニタス邪神教司祭のドルイドが何かを企てていたらしい。だが、その時にたまたま通りかかったという二人の女が百を超えるアンデッドの軍勢を全て討伐したのだとか。軍勢の中にはスケルトンドラゴン、リッチーなどもいたらしい」
ライザックは彼の説明に目を見開いて驚きを見せ、俺の顔を覗き込んでくる。
「はい。あの時は大変でした」
ため息交じりに感想を述べる。
ホント、ドルイド爺さんが自分の手駒をどんどん自分で減らしていくから意味が分かんなかった。
「そんなことやってたのか……。ん?二人?」
「ヒルダです」
「ああ……」
ライザックも名前を聞いて納得。
おそらくはヒルダがほとんどやったんだろうと考えているんだろうけどちょっと違う。あの場で一番アンデッドを殺したのはドルイド。
「アルバート殿が大層気に入っている女性だと一時期盛り上がっていたのだ」
やめて欲しい。
「ブランケット大尉!どうかされましたか?」
「あ、いや。スマン。確認に手間取ってな」
「何か問題でも?」
あまりにも確認が長いため、部下が心配して来てくれたようだ。良い部下をお持ちで。
「いや、この女性がギルド冒険者とは思えなくてな」
まさかの手こずっていた理由にさせられた。
だけど、部下の騎士は俺の姿を見て「あぁ」と声を漏らす。おい、聞こえてるかんな!
わかりやすく頬を膨らませているのに一切構ってもらえず話は進む。
「この二人は問題ない。転送先はアルミ・ナミネだ」
「わかりました。それではお二方、こちらへどうぞ」
納得できない思いと、このふざけた格好をしているという自覚がせめぎ合う。
もっとこう胸元開けてんだからそこに注目しろよ!こいつら俺の胸もふとももの絶対領域にも視線を向けなかったぞ!?
この時ばかりは自分のキャラメイク時にもっと色気を付けておけば良かったと後悔した。
転送は一瞬。
大きな家の中に入って、中に合った装置の中心に立ち、強い光と共に転送が完了した。
目を開けるとそこは少し意匠の異なる建物の中。さっきより狭くも感じる。
ライザックがそこにいた騎士に許可証を手渡し、手続きは終了。
装置から出て、石造りの屋敷の外に出ると、砂漠の中のオアシスみたいな風景が飛び込んでくる。
砂ぼこりが風で舞い、シュトラーゼンよりも少し高い気温。
ヤシの木みたいな街路樹が立ち並び、石造りの家並みもどこか簡素な印象がある。
シュトラーゼンのように外壁があるため、街の外は見えないがこうも文化が違って見えるのは面白い。
狭い日本でも地域ごとに建物の意匠が違うのはよくある事だから不思議って程でもないんだけどテンションは上がる。建築分野は割と大好物。
「ここがアルミ・ナミネですか!」
「ああ」
「近くに砂漠でもあるんですか?」
「城壁で見えないが、この街の西側に大きく広がってるのがカルロ砂漠だ」
「ほぁー」
砂漠なんて教科書の挿絵でしか見たことないからちょっと感動。仕事が終わったら絶対に見に行こう。
ライザックは物見遊山気分になり始めていた俺の頭をコツンと小突き、現実に引き戻してくれる。
「さっさと行くぞ」
「はい!すいません!」
敷地を出て、北へと歩く。
「これからどこへ行くんですか?」
「まずは宿だ。そこで荷物を置くのと、先に現地調査をしているアルミ・ナミネのギルド冒険者、アンナと合流する手はずになっている」
リェラの話にも出てきたアンナ。
名前の響きから何となく日本人ぽい感じがあるけど、もしかしたら初の同郷プレイヤーかも。
そんな浅い考えを宿したところで、俺らも泊まるギルド冒険者用の宿屋に辿り着いた。数分しか歩いてなかったけど、こんなに近いんだ。
宿屋に入り、ライザックと俺は別々にチェックイン。
ライザックは最低限の荷物だけにするため、部屋へと入ってしまう。
俺はやることが無いため、部屋の中にバックを置いて、一階に降りる。受付近くにある待合いスペースで大人しく座って待つことにした。
数分経ったところで、二階から恰幅のイイ鎧姿のオバサンが降りてくる。
天然パーマのような赤茶けた髪にシミのある浅黒い肌、唇はダボっとデカく、顔も大きい。身長は約180cm近くあり、横にも縦にも長い。横に長いと言っても太っているわけじゃない。腕や足を見るとボディビルダも顔負けな筋肉が付いていた。
それ以上の驚きは彼女の背にある身の丈以上の鉞(まさかり)。ポールアックスと言ってもいいレベルの武器であり、ゲームなどではよく見かけるモノのこの世界では初めて見る。
いかついオーラを纏ったオバサンは重量を感じさせないくらい静かに降りてくると、受付に鍵を返す。そのままキョロキョロと辺りを見渡して、唯一いた俺の方を睨んできた。怖い。
鉞のせいなのか、重厚感あふれる鎧のせいなのか、本人のせいなのか、ドシドシと擬音が鳴る様にこちらへと近づいてくる。それなのに足音がとても小さいのが凄く不気味!
「アンタ……ギルドの人間かい?」
「えっと……シュトラーゼンから来ました。お掃除メイドのマナです」
声がビビッているのはしょうがないと思って!
こんな厳ついオバサンに声かけられたら誰でも恐怖するよ!どんなにいい人だったとしても初対面でこの迫力に打ち勝つのは無理だよ!
「お掃除メイド……リェラが言ってたのはこういうことかい」
何かを納得してらっしゃる。
リェラの名前が出たって事はこの人がアンナさん?
なんでいつもいつもヒロイン的ポジションの美少女が出てこないの?脚本ミスってない?
「アタシはアンネリーゼ。アルミ・ナミネに登録しているギルド冒険者だ」
アンネリーゼ!?
見た目にそぐわないなんて可愛らしいお名前……。そして、恐らく同郷の人ではない。
逆に違っててほしい!
「はじめまして。よろしくお願い致します」
一礼してから手を差し伸べると、ためらいなく俺の手を握り返してきた。
手ェデカッ!手袋越しでも掌が凄く堅いとわかる。背中に背負ってる鉞はマジで使ってるんだ。
ふと、手首に煌めく白銀色のプレートが目に入る。銀のように黒く酸化し始めているような色合いじゃない。って事は、プラチナプレートの冒険者。この世界に来て出会った人間の中で一番強い人間だ。
「アンナさんってやっぱり『パワード』をお持ちなんですか?」
「ん?ああ。なんでだい?」
「いえ……背中の武器があまりにも大きかったので」
俺が指さすとアンナはニカッと笑い、左肩の上に伸びている持ち手を握る。
「そうだね。コイツはアンタには扱えないさ」
扱いたくもないです。
そんな風に話をしていると、ライザックが二階からどたどたと走って降りてくる。
「おいこらマナ。部屋を出たんだったら一言くらい声をかけてくれ。全然返事が無いから無駄に心配してたじゃねぇか」
この人、基本的に良い人だよな。
一番ドギツイこと言われているけど、なんだかんだで心配してくれてるだけだし。
「すみませんでした。ライザックさん」
俺は立ち上がって素直に頭を下げて謝罪する。
そんな俺の行動をよそにアンナはライザックに向けて手を挙げる。
「よぅ、ライザック」
「アンナ……。相変わらずデカいな」
「アッハッハッ!アンタが小さいだけだよ」
男のライザックは俺より少し身長が低い。対して、アンナはリーヴ以上に背が高いので並ぶと双方の大きさが強調された。
「さて、メンツが揃ったんならまずは現状について話そうかね。親父さん、奥使わせてもらうよ」
「ああ」
アンナは宿屋の主人に確認を取ってから歩き出す。
俺もライザックも彼女に付いていき、一階の階段奥にある部屋へと足を踏み入れた。
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