第24話 新たなる装備

 ギルドで説明を受けた後、ライザックも準備があるとかで一時解散となった。俺はこの時間を利用して前から準備していたものを取りに行くため商業街へと繰り出す。


 検証の時に判明したことだが、防具が守っていない肌の部分には防具ステータスを加味しない怪我(ダメージ)を負う。ちなみにこれは召喚獣の方も同じ。

 剣で肌を斬り付ければ裂けるし、魔法で肌を燃やせば焦げる。痛みも普通にあるし、なんならエイルに治療してもらっても幻痛が残るほど。


 その上で、ゲーム世界順守の性能を持つメイド服の上からこの世界出身のダーカスの攻撃を受けた時、ほとんどダメージを受けなかった。ダーカスの時に魔法を防げたのはほとんどこのメイド服のおかげ。

 検証の時にはヒルダたちの攻撃だったから気付けなかったけど、このメイド服はこの世界において見た目とは異なる破格の性能を持った全身鎧となった。


 命を守れる点においてこのメイド服がとても重要となったことは認める。

 チート性能の防具を纏って「ハッ!全然きかねぇし!俺ツェェェ!」とかちょっとやってみたい。だけど、着ている防具が高性能と周知されれば、俺を殺す手段は確実に想定外のものに変化していくだろう。

 そうなってしまうと守られていないところが傷つくこの世界では、どんなに性能の良い防具があろうとも、いずれは手に負えなくなる。検証がまだ不十分だと感じている俺からすれば、不測の事態はできるだけ避けたい。


 だから俺は“服屋”にメイド服の生産を依頼した。


 この世界に相応しい防御性能を持った戦闘服を手にするために。そして、この世界における“お掃除メイド”となるための大事な衣装を手に入れるために。


 本当ならデカい依頼を終えた後のご褒美的なモノになると思っていた。だけど、俺が寝込んでいたおかげで大きな依頼を受ける前にその衣装を手に入る流れとなった。


「これは……!」


 俺が何軒も回って見つけたシャレオツなお店。

 そこで金貨一枚という大枚をはたいて、店のデザイナーと議論を重ねて、生産を依頼した逸品がこちら。


 基本イメージは不思議の国のアリス。

 上半身装備は薄い青を基調とした半袖ミニスカのワンピース。胸元からお腹くらいにかけてフリッフリの白エプロンが付いている。以前の装備と異なり、胸元が開いていて肌色多めなのはサービスの一環。

 また、本来はネームプレートを付ける左胸のところにギルドプレートを装着。


 上半身装備に付いてくると踏んでいた白の手袋は今回は両手装備となっているため、グローブ扱い。武器としての性能は無いので、攻撃力などの問題は別途考える必要がある。

 手袋は手から肘の手前までが覆われているタイプで、手首のところに付けたシュシュのようなフリフリはスキルリングを隠すためのデザイン。また、腕を入れる挿入口付近には細かなレースがあしらわれ、可愛らしさを増している。このレースは半袖の袖口と同じデザインが使用されているため、統一感もバッチリ。


 下半身装備には太ももまで伸びた白のレース付きガーターニーハイソックス。絶対領域をキチンと際立たせているためのガーターの紐がとてもグッド。


 靴には先端部に可愛らしい大きなリボンが付いており、ファンシーさを強調。

 頭装備もメイドのヘッドドレスからドレスと同じ色の大きなリボン付きカチューシャに変更。言ってしまえば、全体的な色味とこの大きなリボンが俺の中のアリス感となっている。


 姿見鏡で改めて見ると、今までも服の奇抜さで目立っていたがこれは今まで以上に目を引く装備となった。

 レースとフリフリ、大きなリボンが支配している可愛さの権化。

 おおよそ戦いには向かず、戦場で見ることは絶対にないであろう異質なモノ。


 今までの装備との違いは、心臓部、腹部、背中、靴、カチューシャ、手袋の甲と指先の部分にそれぞれ厚さの異なる薄い鋼板や戦闘に耐えられる厚さの革が仕込まれている。全体的にフリフリ増しなデザインにしたのはその堅い部分をごまかすための苦肉の策。それでもキチンとただのメイド服に見えるのだから素晴らしい仕事だ。

 最低限の身の安全を図りつつ、かわいさを追求した逸品。お値段、金貨一枚(約十万円)。

 装備欄を確認すると目論見通り、防具ステータスは元のメイド服の約五十分の一程度にまで下がっていた。ゲーム内ではほぼ初期装備と肩を並べる数値。


「おぉ!お似合いでございます。お客様!」

「うわぁ!可愛い!」

「あの!クルって回ってもらえますか?」


 支配人風の男性と店内を案内する女店員さんが俺の着替えた姿を見て興奮している。

 俺は女性に言われるがままにフワッとスカートを翻すようにターン。遠心力で舞い上がったスカートは最終防衛ライン(パンツ)をチラ見(サービス)することなく、スッと落ちる。この時に満面の笑みを忘れないのがポイント。

 何故かその場にいた店員たちから拝まれているんだけど、前の世界でもそうだったけどオタク文化に足を踏み入れる人ってこういうところあるよな。


 店員たちと服についての熱いレビューを交わした後、心地よい達成感を抱いて店を出る。ちなみに、支払いは先にしていた。それ以上かかるようだったら追加報酬も出すと話をしていたが、そこまではかからなかったとの事。


「ありがとうございました」

「いえいえ。私共といたしましても大変貴重な経験をさせて頂きました」

「このまま持ち帰らせてもらいますね」

「はい。またのご利用をお待ちしております」


 上客への振る舞いと言わんばかりに皆が同時に頭を下げてくる。

 彼らの対応、服の出来栄えなどを見て、ヒルダたちの普段着買うのもここにしようと心に決めた。


 ただまぁ、これでアンデッド討伐の報酬はすべて使い切った。この間買った魔法とこの衣装がやっぱり出費の中では一番大きいな。

 大金貨一枚を使い切るのに約一ヶ月。日々の生活で贅沢はしてないが、思った以上に早くなくなった。実用品と嗜好品を買っているんだから仕方がない気もするけど……。


 ただ、稼いでいたお金にはほとんど手を付けていないから手持ちが無くなったわけではない。質素倹約の生活が続くだけ。


 これからのことを考えると胸が躍る。

 簡単な依頼をスパッと済ませ、手に入れた大金で家を購入。そこを拠点に金を更に稼ぎ、手に入った金銭でヒルダたちの私服を購入。

 またゲームの時みたいにファッションショーが出来れば本当に嬉しい。


 考えれば考えるほど夢は膨らみ、笑みが顔からこぼれる。

 そんな上機嫌なメイドの歩く姿に街の人の目が奪われているなど知りもせず、俺はとても晴れやかな気持ちのまま俺はギルドへと戻った。



 だが、俺が思っていた反応はやはり返ってこない。

 ギルドに戻って一番最初に出会ったライザックは俺の衣装の変化に絶句。たまたま通りかかったリェラも俺の姿を見て、開いた口がふさがらなくなっていた。


 やらかした空気だけは感じつつも、作ってもらった自信作を自慢するようにフワリと回る。


「どうですか?この衣装。可愛くないですか?」


 そんな俺の姿を見たライザックは額に手を当てながら、絞り出すかのような声を出す。


「お前さん……、これから行くところは城の舞踏会か?」

「いやですねぇ!アルミ・ナミネに行くんじゃないですか」


 俺の言葉にリェラが近づいてきた。


「そんな姿で何をしにアルミ・ナミネに行くつもりなんですか?」

「石化してしまった方々を治療しに行くんです♪」

「「気は確か(です)か!?」」


 とんだ言われようである。

 ここまで我慢して作ってきた可愛い笑顔も剥がれるというもの……。


「え、この装備のどこに不満が!?」

「戦いを舐めてるとしか思えないんだが……。いいか?今から行くところは何が危険かもわかっていないようなところだ。同じような危険度の森の中にそんな格好で入るやつがいるか?」

「私は入ります」

「その姿……以前の服装もそうでしたが、どう見ても戦闘服ではありません。マナさん、あまりこういうことを言いたくはなかったのですが、そういうところが他の方々から嫌煙されている理由の一つなんですよ!?」


 なんか……。普通にお説教が始まった。

 舞踏会に行くならそこにふさわしい恰好を。戦場に行くならやはりそこに相応しい恰好をするべきだと注意を受けた。


 だから俺は反論した。この服の戦闘的な機能性を。

 急所はきちんと守っており、鋼板の厚さも軽鎧とほとんど変わらない。フリフリが多めなのは鋼板や厚い革鎧を隠すため。ミニスカートなのは走るが楽だから(比較対象:ロングスカート)。

 靴も見た目は可愛らしいが、中敷きに鋼板が仕込まれているため、下からの攻撃対策はちゃんと考えている。

 頭のカチューシャも芯が鋼で、リボンの中心にも鎧用の革が使用されている。守っているところは確かに少ないが、見た目よりも重いのだ。


 そこらの軽鎧並みには防御性能があるという事を主張する。その上で可愛さを追求したのだと訴えかけた。

 ただこのタイミングで予期せぬ援軍が現れる。他のギルド冒険者もリェラとライザックを擁護し始めたのだ。

 おいおい嘘だろう。男なら可愛い女の子を応援してくれよ!

 ここでバカなことやってる方に付くのが一般的な異世界仕様だろ!?


「なぜ皆さんは可愛さを認めないのですか!?この世に可愛いよりも強い武器はありませんよ!?」

「アルミ・ナミネの街中で急に襲われたらどうするつもりなんですか!?」

「ライザックさんがいます」

「……オレ、本当にコイツを守るのか?こんな目立つアホを?」


 そんな嫌そうに言わないで。だんだん心が傷ついてきた。


「大丈夫ですよ。最低限の自衛はできるつもりです」

「先ほども言いましたが、石化の解呪が出来てしまえば確実に命を狙われます。少しでも身を隠す努力をしないと命がいくつあっても足りません」


 リェラは俺の肩を強く掴んで、説得を試みる。

 だが、俺はリェラのその言葉に首を傾げた。


「え、だから囮として最適でしょう?」


 その場に集まっていたギルド冒険者たちが全員、表情を固まらせて息を呑む。

 ライザックもリェラも先ほどまでとは別の意味で固まっていた。


「石化事件の解決をするなら犯人の炙り出しは必須じゃないですか。そこで私がエイルを召喚してパパッと石化された被害者を治し、そういうヤバイ奴を召喚できるんだって見せたら流石に犯人も食いつくでしょう?」


 笑顔でサラッと告げた俺の考えに一同が唖然とする。

 後ろの方にいた連中は少しずつこの場を去っていく。段々と人が消え、最後に残されたのはライザックとリェラと見知った連中のみ。


「え、私そんな変な事を言ってますか?」


 不安になって尋ねてみると、リェラが鋭い目つきのまま俺に平手をする。


「あ、あぶなッ!?リェラさん!なんでいきなり叩くんですか!」


 なんとか腕でガードするも驚きは隠せない。


「貴女はッ……!ご自分の命を何だと思っているんですか!!!」


 普段に聞く怒った声とは違うリェラの叫びに俺はギョッとした。そして、なんだかよくわからないまま、彼女の問いに正直な答えを出す。


「大切なものです」

「なんでその大切なものを賭け皿に乗せるんですか!もっと安全な所に保管しようとは思わないんですか!?」


 リェラは若干涙目になりながら、俺の背に腕を回して抱き寄せてくる。なんか……地雷踏んだっぽい?

 たまらずライザックに視線を移すと、どこか諦めた様にリェラに近づいてきた。


「リェラ、放してやれ」

「ライザックさん」


 肩を掴まれたリェラは涙を隠すことなく彼を見る。

 ライザックは静かに首を横に振るだけだったが、何かを察したのかリェラは申し訳なさそうに俺の体を放し、離れていった。


「マナ」

「あ、はい」


 重苦しい雰囲気が支配する中、口を開けたのはライザック。

 その瞳には若干の怒りも入っていたが、大声を出すような真似はせず静かに重みのある言葉を吐く。


「この依頼受けて提示されていた金を貰ったらギルドを辞めろ」

「え……」


 突然告げられるライザックの言葉に俺は声を漏らす事しかできなかった。しかし、ライザックはそのまま続ける。


「自分の命を守ろうとしない奴にギルド冒険者を名乗る資格はない。これならジーナやコリスの方がまだまともだった」


 うん?もしかして……自分の能力を過信してこんな提案をしたと思われている?

 俺……なんの対策も無いままにこんなアホなことしたと思われてるのか?


「それはお断りします」


 俺が笑顔でそう言うと、ライザックの体が一瞬で俺の目の前に現れる。

 いつの間にか迫っていた拳は正確に俺の肩をめがけて打ち出されていて、普通に避けようとしても間に合わない。


 だけど、その拳は俺に届かなかった。


「……え?」


 ようやく声が出たのはリェラの嗚咽交じりの声。

 拳を突き出したライザック本人でさえ、目の前で起こっていることが理解できず、目を見開いていた。


 “なぜか”、俺の体に当たるホンの僅かな手前でライザックの拳が止まっている。ライザックが寸止めをしたわけではないし、当てるつもりだった。だけど、伸びきった腕はそれ以上どうやっても伸ばすことはできず、届かなかったのだ。


「ライザックさんも皆さんも……ヒルダたちが優秀なのはわかりますけど、対比だけで判断しないで欲しいですね」


 俺は目論見がうまくいったことを喜びつつ、ドヤ顔を浮かべてライザックの拳をゆっくりと手の平で押し返した。


「私……自分が弱いだなんて公言したことないですよ?あと……」


 ライザックの手から自分の手を離して一歩後ろに跳び、その場で一回転する。


「前にいた国で名乗っていた“お掃除メイド”の二つ名……あんまり可愛らしいからって舐めないでくださいます?」


 空気が凍り付くような感覚の中、俺は短いスカートを少しだけ持ち上げて冷ややかに微笑を浮かべる。

 そんな俺を見て、ライザックは肺に溜まった空気と体内の怒りを押し出す。そして、憑き物が落ちた様に冷静な表情に戻り、俺に手を差し伸ばした。


「舐めて悪かった。最低限の身を護る術は心得ているって事か」

「クスクス、ええ。その認識でお間違いないです」


 俺はライザックの握手に応じ、その上で言葉を継ぎ足す。


「ああそれと、私の中で囮って……いかにも弱そうで、絶対に殺されない覚悟のある人間が名乗り出るモノなんです。殺す価値があるとなお良しですね」

「なるほどな」


 誰もが固唾を飲んで見守る中、俺は明るくリェラさんに向かう。


「それでは!お掃除メイドのマナ、依頼遂行のため行ってきます!」


 リェラからの返事は無かったが、俺はギルドの外へと歩き出す。

 ライザックは無言で荷物を背負い、俺の後ろに付いてギルドを出た。


 この装備を一新した日、この日を境にシュトラーゼン・ギルド内での“お掃除メイド”への扱いが変わった。

 俺がその事に気づくのはもう少し後のお話。

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