第23話 ギルドからの依頼
トゥーリの家にお世話になった後、痛み止めと“天使の鐘(エンジェリックベル)”というアイテムを購入した。
ツラかったのは初日だけで後の二日は痛み止めのおかげか何の問題も無かった。
天使の鐘も使い方はわかったし、バッグの自動洗浄効果で手洗い不要にもなったので重宝している。けど、“天使”という名を冠するだけあってまぁまぁのお値段はしました。
貴族がよく使うアイテムなんだって。そりゃあ高価だよ。
その上、安静にしていろという医者(トゥーリ)命令は続いていたので少しお高い宿に連泊。
ベッドの上で寝転がりながら、魔法の練習を重ね、暇をつぶしていた。この時ほどスマホやパソコンを欲したことはない。
そうして意図せず訪れた三日間の休息を終えてギルドに顔を出す。
たまたまウェイトレス業をしていたリェラに声をかけると、前に取り調べを受けた部屋の隣に案内され、中にあったソファに大人しく座っていた。
「よぉ」
ノックもせずに部屋に入ってきたのはライザック。
俺の返事も待たずに机を挟んだ対面へと座る。
「おはようございます。ライザックさん」
「体調はもういいのか?」
「はい。この通り元気です……あれ?ライザックさんとお仕事なんですか?」
「ん?リェラから聞いてないのか?」
不思議そうにするライザックに、部屋に入ってきたリェラが答える。中にいる奴が確定しているからか誰もノックしない。ノック文化が無いのか?
「すみません。詳細はお伝えできていなかったんです。なので、この場で依頼内容の確認と共にしてしまおうかと」
三日前は俺が呼び出して病院紹介してもらっただけだし、さっきはウェイトレスしてたし仕方がないな。
むしろ俺が謝るべきなのかもしれない。
「まあいい。早速始めよう」
「はい」
余計な事をグダグダと考えている間に話が進む。
リェラはライザックの横に座り、一枚の羊皮紙を机に開いた。
「お二人に依頼したいのはアルミ・ナミネで起こっている石化事件についてです」
「アルミ・ナミネ?」
「南方にあるデカい街だ。軍の駐屯場がある街の一つだな」
俺の疑問にライザックがいち早く答えてくれる。
「経緯を説明しますと、一ヶ月ほど前から一般人、軍人、ギルド員など様々な人物が石化するという事件が起きています」
それは確かに事件だ。
「時間は人通りの少なくなった夜。街の中に限定されていて、魔法の痕跡はなく犯人も目的も不明です」
「無差別に襲われているって事ですか?」
「恐らく……ですが。夜間巡回をしていた軍人やギルド員も巻き込まれています。姿を見られたからそうしたのか、または何かの罠を踏んだのかはわかっていません」
なんかワクワクしそうないい感じの事件が起きてくれたんだけど……。
俺はチラッとリェラを見る。当のリェラは俺の視線に気づき、顔を上げるも少し不思議そうに見つめ返すだけだった。
「あの」
「どうしました?」
「これ……私が受けても大丈夫な依頼ですか?」
どう考えてもブロンズランクに任せる話じゃない気がする。
「まあ実際に誘いたいのはお前さんというよりもエイルだな」
ライザックが正直すぎて涙が出そう。
以前、毒を受けてたヴィンクスを治療したからな。あの時の説明がライザックにも漏れたのだろう。
「ああ。石化を解いて犯人に繋がる情報を聞き出そうということですか」
「そういうことです。という依頼なのですが、引き受けて頂けますか?」
「あのリェラさん……確かこの依頼の話があった時に三人の能力を差し引いてと伺っていたのですが?」
俺の素朴な疑問にリェラは戸惑うこともなく、冷淡に真実を告げる。
「方便です」
何事も正直すぎるのはいかがなものかと思います。
三人が有能なのはわかってるけど、こうも三人ばかりに目が集まると嫉妬せざるを得ない。
いや、逆に考えろ俺!これはもしや賃上げ要求をすれば通るのでは?
ちょっとした誰へとも言えぬ仕返しを胸に抱き、俺はゲスな心に火を点ける。
「報酬はいくらくらいでしょうか?」
「軍関係者十二名、ギルド関係者三十四名の治療なので……ちなみに、エイルさんは一日にどれほどの魔法が扱えますか?」
リェラの質問にわかりやすく悩む仕草を見せる。
石化の解除だけなら、エイルでなくても可能だ。
エイルの場合もドリアードの場合も範囲系の状態異常回復魔法を持っているから時間も労力もかからない。
「使用する術にもよります……が、単体対象の魔法でも範囲対象の魔法でもその人数ならば一日で終わりますね」
まずはエイルの有能さをさらにアピール。
すると、予想外の反応が返ってくる。
「本当か?」
「範囲対象……まさか複数人に対して解呪魔法を掛けられるという事ですか?」
うん?
この驚き様ってどういうことなんだろう?しかも、ライザックは前に見てるよな……。
「ええまあ。ライザックさんは前に見てますよね?あの『サークレッド・ヴァニッシュ』って魔法」
「あ、ああ。だけど、あれは魔法効力を消す魔法なんだろ?石化にも効くのか?」
「マナさん。現状では石化の原因も魔法とは断定できていません。特殊な薬剤や魔物の仕業という線もあります」
おっと石化の原因で解呪の方法って変わるものなのか……。
ゲームだと単純に回復薬か、回復魔法か、時間経過の三択しかなかったからな。
医療の分野なんて何にも知らないから考えたことも無かった。
でも、確かに一言に風邪と言っても熱から、喉から、咳からと引き始めの症状によって薬が分かれていたものもあるくらいだから、回復手段も変わるものなのかもしれない。
回復魔法にも医術に通ずる概念があるらしい。勉強になります。
「一応、前にヴィンクスさんの毒を治療した術なんですけどね。石化にも効くと思うんですよ」
ゲーム上の説明文では“すべての状態異常を解除”と謳われているので大丈夫なはず。
同じくゲーム内での石化には十分にその効力を発揮していた。
「実はその解呪の魔法の複数人バージョンがありまして」
説明の途中だったが、リェラとライザックの呆然とした表情を見て、やっちまったと心で叫んだ。
これ……こんな反応が返ってくるなんてかなりマズイ話なんじゃないか?
あんまりエイルに範囲系の回復魔法とか使わせたことないけど、文字通りあまり使わない方がよさそう。いつものノリでMP節約のためと思ってやってたことが功を奏した。
「マナさん」
「はい」
呆気に取られていた顔から真剣な表情に変わって俺の目を見つめるリェラ。すごくイヤな予感がするというのと、美人の真正面顔にドキッと来るせいで思考がまとまらない。
「今の話はあまり他言する話ではないと思います」
「だな……。それを扱えるってだけでかなり危険だ。助けられる方は願っても無い事だが、犯人からしてみれば最悪の切り札だ」
スイマセン。それで言うと切り札はいっぱいあります。
しかも、エイルの扱う魔法は基本的に俺らプレイヤーと同じものなのであんまり切り札として考えてませんでした。
「そう……なんですね。前の国では日常だったので気づきませんでした」
「……それは前の国の方々は普通に使用していたということですか?」
「ええ……まぁ。プリースト系とかパラディン系の人たちだけですけど」
神職系と聖騎士、召喚士の中ではドリアードとユグドラシルを手に入れたプレイヤーだけが他者への回復手段を持っている。スキルで自己回復手段や耐性アップ系を持っている職業もそう多くはいない。
それらを除くすべてのプレイヤーは停止時の自動回復が頼みの綱。ソロ戦闘だと戦闘中に停止なんてほとんどできないので、結局みんなが装備に力を入れる。
装備に力を入れれば可愛さや綺麗さが失われる。ホント最悪。
俺の言葉に二人からの反応が無いせいで静寂がこの部屋を支配する。
なんか……この違和感前にもあったような?
「報酬の話でしたけど……。今の話を踏まえた上でどの程度貰えるんでしょうか?」
違和感はあったけど、その部分は突かないように話を切り戻す。
下手に藪を突っついて美味しいお金の話を失いたくはない。
リェラも俺の気遣い(?)に同調し、話を報酬のところまで戻してくれた。
「そうですね。一般的な解呪に伴う治療費は銀貨三枚程度です。なので、端数切り上げの単純計算でも大金貨二枚と、金貨四枚になります」
一瞬、告げられた言葉の意味が分からなかった。
大金貨?え、それって前にも貰ったことのあるあの大金貨?
それを二枚も!?さらに金貨も四枚!?
「だ、だだだ大金貨って……マジですか!?」
おっと思わず素の言葉遣いが……。
俺の言葉に二人は驚きを見せるも、すぐに落ち着きを取り戻す。
「はい。ただし、それは治療をされた方々からの報酬という意味です。ギルドからの報酬はそれに上乗せが入るので……」
胸がドキドキする……。
リェラの計算している姿が美しく神々しいせいなのか?それとも俺が金の亡者となり下がったせいなのかはわからない。
だけど、エイルの能力をうまく使うことで容易に金が稼げそうだという事に気づけた。金に困った時にはためらわず利用するとしよう。
心の中の俺のみ会議で方針が決定するとともにリェラの口からとんでもない言葉が出される。
「最終的に大金貨三枚になりますね」
俺は立った。
勢いよく立ち、両腕を天に挙げ、ガッツポーズを取った。
気分は勝者。そんだけの金があればちゃんとした宿に泊まるだけではない。家が買える!
この辺の地価も建築の料金も知らないけど。
「なんか……わかりやすいくらいに喜んでるな」
「マナさんって感情表現がものすごく体に出るのでとても安心しますよね」
二人からの呆れ混じりの声に我を取り戻す。
そのまま何事も無かったかのようにソファへと腰を下ろし、あくまで冷静を貫く姿勢で話を進めた。
「受けましょう」
「まぁ、そうですよね」
「あれだけ喜んでるのを見せられた後に断る姿は想像できないがな」
やめてよして、そんな金の亡者を見るような目で俺を見ないで。
「ライザックさんへの依頼は基本的にマナさんの護衛。それと先にアルミ・ナミネに派遣されている“アンナ”さんと合流して、事件解決のために動いてもらいます」
「ああ。問題ない」
うん?護衛?
「え、私……守られる側ですか?」
俺のキョトンとした声に二人は大きく溜息を吐いた。
嘘でしょ?何か変なこと言った?
「今までの話の流れで分からないのか?」
「エイルさんの回復魔法はどう考えても規格外です。その存在を知られれば誰もが奪いたくなるほどの能力を持っています」
「普段通りなら召喚石を奪うだけで良いが、お前さんの場合は召喚石を用いないでエイルを召喚する。つまり、お前さんを亡き者にした方が早い」
「犯人からすればマナさんは格好の獲物……。ギルドとしても“お三方”の戦力は残しておきたいんです」
二人の代わる代わるな解説を聞いて納得。
ほぉほぉ……つまりはこういうことか。
「私個人に対しては何も無いって事ですね?」
「何も無いってわけじゃないだろ。ヒルダ、リーヴ、エイルを呼ぶことのできる唯一の人間だ。十分すぎると思うがな」
それでも三人のオマケ感は拭えない。
クッソォー!これが……これがこの世界で俺が積み重ねてきた信用の大きさか!
三人の株が俺を置き去りにしてどんどん積み上がっていく!
「それとこれを」
机の上に置かれた見覚えのある八面体の透明な石。
ダーカス事件の時に見た召喚石だ。
「これって……」
「以前、マナさんからギルドに納めて頂いた召喚石の一つです」
「ダメマンティスの」
「ダイヤウルフの方です」
ダメマンティスには突っ込みなしですか。
「召喚石無しでの召喚は流石に目につきます。バレないように召喚したと言っても元となる石が無ければ疑われてしまうでしょう。そのためにギルドから貸し与えられる備品と思ってください」
「身を護る術って事ですね」
「そういうことです」
まぁヒルダたちは召喚石の代わりにスキルリングがある訳で、それのスキルをバレないように使っているのはいつものことだ。問題はないな。
「ありがとうございます。お借りいたします」
「報酬の説明にまた戻りますが、アルミ・ナミネでの滞在費および食費や調査に使用した金銭はギルドに報告すれば補填されます。あまり使いすぎると今後の依頼にも響くのでどうか計画的にかつ十全に使用してください」
「わかりました」
こんな感じで俺は初めてギルドからの依頼を受ける事となった。
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