第20.5話 マナの知らないお話・幕間 (ヒルダ)

「なぁ、オレ達のチームに入らないか?」


 マスターが御不浄に行き席を外している間、私が一人になった時を狙って彼らはやってきた。

 座っている私を見下ろし、真剣な目で私の目を見つめてくる。


「申し訳ありませんが、その申し出はマスターに行ってください」

「こう言っちゃあなんだが、アンタは一人でも十分にやっていける。なんであんな女に付き従ってるんだ?金の問題なら」


 話し始めた男は途中で言葉を止め、息を呑む。

 私はスキルも使わずに不快感を込めた視線で睨んでいるだけだ。だけど、それだけでこの男には十分すぎる“威嚇”になったらしい。


「まだ……話しますか?」

「あ、いや……いい」


 あまりこのギルドでは見ないパーティだ。

 彼らはバツが悪そうに駆け足で離れていく。

 すると、それを見たテルが歩いて近づいてきた。


「大変だな」


 そんなことを言いながら、馴れ馴れしくも対面の席に座り肘をつく。


「あの方々は私が召喚獣だという事を知らないんでしょうか。プレートも返却しましたし、誘われることは無いと思っていたのですが」

「あいつらはそん時に依頼受けてて、一昨日のこと知らないからな。あとで誰かに注意されるさ」


 テルというこのギルド冒険者はダーカスという男の騒動の後によく我々を勧誘してきた男だ。

 弓ではなく連弩を扱う珍しい冒険者で、決まったパーティに属していないゴールドランクのフリーランス。それでも高い索敵能力と狙撃技術により、多くのパーティが彼に声をかけているらしい。


「マスターが正しく評価されてないって思ったろ」

「構いませんよ。マスターの素晴らしさは私たちが一番知っています。それだけで十分です」

「でも、マスターの方はどう思ってるかわからないぞ」

「それも承知の上です」


 マスターがどういうお考えなのか確信が持てない以上は下手に動かず、現状を維持しておくに越したことはない。

 ただそれでも自分の慕う相手が他の有象無象に冷たく扱われているのを見るのはあまり気分が良いものではない。


「マナがこのギルドであまりウケが良くない理由がいくつかある。聞くかい?」

「いくらですか?」


 反射的に答えてしまった。

 いや、これもマスターのためになることだ。何も問題ない。


「金はいい。だけど、どこかのタイミングで依頼に同行して欲しい時にマスターに口添えしてくれ。それで十分だ」


 テルの誘いに私は戸惑う。

 金銭目的ではないと言うと何かの罠?我々を誘い出して何かをする気か?

 いや……、この事をマスターに伝えるなと言われる前に条件を付けて承諾しておいた方が良い。


「わかりました。貴方からマスターに話をしていた時に私がいれば進言いたします。ただし、それを除く一切を私は貴方に保証しませんのでそのつもりで」

「クククッ、ああ。それでいい」


 私の言葉に小気味よく笑う。その笑みに毒気は無く、少し身構える。


「なに、単純な話さ。マナの弱点はマナ本人って事だ」

「それは……?」

「アンタは強い。他の二人もその他の召喚獣たちも強い。だが、本人はどうだ?」


 私は喉元まで出かかった言葉を引っ込める。

 唇をキュッと結び、耐えるようにして目線を下げた。


「わかってるみたいだな」


 なにか……盛大な勘違いをされた気がする。

 しかし、都合が悪いわけではないのでそのままテルの話を聞き続けた。


「何度かマナと組んで、アイツが武器(デッキブラシ)を振るう姿を見てきてるが、あれは素人だろ。戦いなんぞしたことのない女だ」


 確かに……マスターは他の冒険者との仕事の時にデッキブラシを思いっきり振るう。力任せに……、大きく振り上げて……、まるでその動きこそが大事だと言わんばかりに。


「棒術、槍術なんてのを学べってわけじゃないが、最低限の戦闘力ってものは欲しい。オレらまでアイツのお守りをする気にはなれない。初対面ならなおさらだ。ここまでは理解できてるか?」

「はい」

「その上でヒルダ、お前らが優秀過ぎた」

「我々が?」


 優秀……。マスターに言われれば嬉しい言葉もどうでもいい人間に言われても何も感じない。

 むしろ、上から目線で言われているようにも感じて腹が立つ。


「自分で気づいてないのか、謙遜か……。まぁ、なんにせよ。お前らが優秀に働く結果、アイツが対比的にさらに劣って見える」

「我々が原因だと?」

「違う。さっきも言ったように原因はマナ本人だ」


 テルの言葉に私はギュッと拳を握り締める。机の下に手を置いておいて良かったと思う程に……。


「アイツが強くならなきゃこれからも誘われることはない。それか周りが諦めてアイツの護衛もやるかの二択だな。後者はほとんどないと思ってくれ」

「マスターはそれほど弱く見えるのですか?」

「まぁな。魔力持ちでそんだけ優秀な召喚獣を呼べても、基本的な戦い方がなってないなら戦士じゃない。そして、ギルド冒険者で討伐依頼をこなそうと考えているなら、戦士であることは最低限の条件だ」


 マスターは確かに【戦士】ではない。メイドだ。

 前にいた世界では【ヴァルヘリア】という職業だったが、今では周りに【メイド】と名乗っている。


「あとは……魔力による身体強化。『パワード』の有無か」

「パワード……」


 我々、召喚獣はいつの間にか持っていたらしい能力。

 スキルとして孤立しているのではなく、体に魔力を纏わせると身体能力が上がるというもの。この世界の魔法だ。

 そして、マスターはこれを扱えなかった。


「ですが、マスターも魔法屋にて『フェイクパワード』を購入し、覚える事には成功しています」

「覚える事には……だろう?あれはパワードに比べて扱いが非常に難しい。練習に練習を重ねてもとっさの行動で自分の腕を失う」


 傍から見ているだけでも確かにアレは難しいとわかる。

 マスターも最初の頃はよく足を変な方向に曲げてしまったりしていた。そのたびにエイルが涙ながらに治していたが……。


「ダーカスの件の後に買ったとして、まだ二十日経ってないだろ。それとももう扱えるようにはなったのか?」


 私は首を横に振ることも出来ずに俯く。

 マスターはまだ戦闘に投入するレベルではないと仰っている。私もその意見には同意しているし、さらに言えば『フェイクパワード』を十分に扱えたとしても私程度と肉薄するので精いっぱいだろう。


「その様子じゃまだってところか。ま、依頼をこなしつつ訓練なんてそう簡単にできるもんじゃない。だから、低ランクの時は上級ランカーに頭下げて同行するのがお決まりなんだ。金も稼げて先輩から技術を盗める」

「それでも女性はあまり同行を望まれないと聞いてますが」

「そりゃあそうさ。運動能力において男とは比べるまでも無く劣っている。そもそもこの業界はやってダメなら死ぬような世界だ。そんな危険な所に女を行かせられるわけないだろ」


 マスターが今の話を聞いたらどう思うのか……。

 実力など関係ない。“女”という記号で初めから色眼鏡で見られ、劣っているモノだと決めつけられている。


「私も一応、女性ですが?」

「実力があるのなら性別は関係ない。よく勘違いされがちだから言うが、女だから討伐依頼に同行させたくないんじゃない。実力が低い女を連れていきたくないんだ」

「実力が低くても男性ならいいと?」

「ああ。とんでもないモヤシ野郎を除いてな。何も知らなくても戦う力が無くても荷物持ちにはなる。女よりは確実に重い物を持って、長く速く歩くことができる」


 確かに言っていることは正しい。

 だけど、実力を測り損ねている。マスターの見せていない部分を彼らは見抜けていない。


「もし皆さんがその女性の実力を見誤っていたとしたら?」

「ん?」

「マスターが……という話だけではなく、付いていきたいという女性にそれ相応の実力があり、それを見抜けなかったとすれば」


 私の浅薄な考えはテルの鋭い言葉によって強制的に打ち切られる。


「実力を示せ。実力を隠す意味は確かにある。だけど、最低限チームの役に立つって事を示す程度には力を出せ。わたしには力がある、能力がある、才能がある。なんと言い続けても結構だが、目に見えないのなら無いのと一緒だ。なにか反論あるか?」


 苛立ちさえ感じ取れる言葉。

 それを言われてしまえば私から反論の余地はない。


「ありません」


 能力を見せずに、役に立ちますと言われても信用はできない。

 信用して実際に連れて行って、その言葉が嘘だった時に途端に荷物が一つ増えるからだ。

 自分たちの命も掛かっているような場所でそんなリスクを負う必要はない。


「ッ……、わかりました。貴重なご意見、ありがとうございました」

「おう。精進しなって伝えといてくれ」

「はい」


 私はマスターが戻ってくる気配を察して立ち上がる。

 テルも私の意図を察してスッと立ち上がり別の方向へ歩いて行った。

 こちらに向かって歩いてくるマスターに私の方からも近づき、本能のままにギュッとその御身体を抱きしめた。


「ヒ、ヒルダさん?」

「すみません。ちょっとだけこうしていてもいいですか?」

「えっと……それは構わないのですけど、通路の真ん中なので端に寄りましょう」


 マスターの言葉に従って、抱きしめたまま移動する。

 なにやらマスターが嬉しそうに私を見つめ、額を私の額にコツンと当てた。


「なにか嫌な事でもありましたか?」

「いえ……そうではありません。ただ……」

「ただ?」


 私は言うか言うまいかを悩み、一つの選択をした。


「最近……ご無沙汰だったので」

「ふぇ?」


 呼ばれたのも久しぶりだし、私一人がマスターのそばに居るのもこの世界に来た当初以降これが初めてだ。

 なんとなくマスターを独り占めしたくなったという気持ちに嘘はない。


「まぁ、いいですけど」


 マスターは何かを感じ取った上で、言及をしないでくださった。

 だから私はちょっと心に痛みを感じつつ、マスターの温もりを堪能した。



 マスターが御自分の事を理解していないとは思えない。

 先ほどのテルの話も気づいている可能性は大いにある。だから、“伝えてしまってはいけない”のだ。

 “伝えた”という事実ができ、そのことがマスターの思惑と食い違った場合、さらにマスターの評判を下げることに繋がる。それだけは避けなければならない。

私が身勝手な想いからマスターへの進言をしなかったというだけで、評判の低下は少しでも抑えられるだろう。


 これはこの世界に来て初めての戦闘を介しない私の独断行動。

 そして私は初めて自分の行動に祈りを捧げる。

 どうかこの愚かな行為がマスターのためになりますようにと……。

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