第20話 異世界での日常

 ダーカスの一件から二週間が経った。

 事件のその後などギルド側から自動的に情報が入るわけでもなく、日銭を稼ぎつつ日々を一生懸命に暮らしている。


 現実世界であるこの国では当たり前の事だが、討伐クエストもゲームのデイリーミッションのように毎日更新されるわけではない。

 討伐クエストが無い日は街の清掃活動や存在するとは思ってもみなかった下水道の掃除などの人がやりたがらない仕事を率先して引き受け、日銭を稼いだ。ある意味、ゲーム世界にいた時よりも“お掃除メイド”をしている気がする。


 そうやって大小問わずのクエストをこなしていると俺らの行いもだんだんと評価されるようになった。特にリェラからの冷風は設定温度がだいぶ高めになってきており、まっすぐな感情が向けられるようになった。俺が男のままであればリェラルートが発生してもおかしくないぐらい。


 日々を地道に積み重ね、異世界特有の物珍しさも徐々に薄れていくと、このシュトラーゼンでの生活というのは日常と化していた。


 そしてこの日、俺は偉そうに腕を組んで長椅子に座り、背中をテーブルの端にくっつけて屈強な男たちを睨み返す。俺を取り囲むように立ち尽くす男たちはそれぞれの目に強い意志を宿して口を開いた。


「頼む!ヒルダを一日貸してくれ!」

「リーヴの力を借りたい!この通りだ!頼む!」

「次の依頼地でポイズンリザードが湧いているらしいんだ。エイルを貸しては貰えないだろうか」


 他にも多数の要望が俺に向かって放たれる。

 彼らに必要とされているという事実に俺は一種の優越感に浸り、静かに目を閉じる。


 ヒルダは優秀だ。リーヴほどの広範囲探知能力は無いものの『カバー』というスキルの持つ特性を利用することで奇襲に強い面を持つ。また、突如現れたワイルドボアの急な一撃を受けても彼女の体が揺らがなかったという事実は彼女の類まれなる身体能力を誇示していた。


 リーヴも優秀だ。三人の中で最も秀でている索敵能力の前では、捕獲の難しいミニチュアラビットでさえも野草を拾うかのような作業になる。また、彼女の弓の腕前はギルド一の弓使いと謳われたペインスでさえ、脱帽したほど。


 エイルも優秀だ。この世界で最高峰の回復魔法とも言われる『ヒール』を扱える彼女はそれだけでどのパーティも喉から手が出るほど欲しい逸材だ。また、彼女の場合は毒などの状態異常治療もできるため、誰よりも優しく扱われる。ロリコンが多いわけではない。


 三人とも容姿だけで選ばれているわけではない。確かな実力と驕らぬその精神性を評価されているのだ。その点はとても良い。だがしかし……!


「なんで誰も私を誘おうとしないんですか!」


 俺の叫びに誰もが口を閉じる。先ほどまで嘆願の言葉を出すために開いていた口が一斉に閉じ、露骨に目を逸らしてきた。貝かお前らは!


「三人は私の従者です!私を誘うだけで三人が付いてくるんですよ!?お得でしょう!?」


 このようにギルド内での立ち位置もだいぶ決まってきており、実力も認められてきたことから声を掛けられることが多くなった。

 そう……!三人にだけね!


「あー……その点を今回は考えてきた」


 一人のギルド冒険者が手を挙げながら発言する。少し訝しむ視線を彼に向けつつ、指をさした。


「はい。テルさん。何か意見があるのならどうぞ」

「三人がマナの従者であることを確かにオレらは忘れがちだ。だから今回、ウチのチームは他のチームとは違った内容で頼みごとがある」

「聞きましょう」

「契約を結ばせてくれ。例えばヒルダを数日借りた場合、狩りていた日数に応じて金を払う。当然、クエスト報酬についても山分けだ。これならマナがこの街に居ても三人が稼いでくれる」

「おぉ!」

「それはいいな!」

「さっすがテルさん!」


 なんか周りが嬉しそうに囃し立てるが、俺はその申し出をスパッと切り捨てる。


「却下ッ!!!」

「なぜだ!?かなり条件のいい話だと思うぞ!?」


 驚くテルに対して却下の理由を話そうとした時、人混みの後ろから聞き覚えのある声がした。


「なんだなんだ?どういう集まりだコレは?」


 人混みが割れ、その先に顔を出したのはライザック。実に二週間ぶりの再会だ。


「ライザックさん!」


 思わず立ち上がって懐かしささえ覚える顔に近づいていく。


「あん?騒ぎの中心はお前さんか」

「聞いてくださいよ!皆さん酷いんですよ!?」


 と、胸にしがみつき事情を説明したらため息を吐かれた。

 しかし、呆れた視線は男連中の方へと向く。よっしゃ!


「お前らなぁ……。あの三人がスゲェってのはわかった。それぞれの受けるクエストで役に立ちそうな奴を連れていきたい気持ちもわかる。けど、少し考えればわかる事だろう」

「どういう意味だライザック?」


 イルマが聞き返すと、ライザックは再度ため息を吐いた。


「三人はマナの傍を離れて行動することが出来ねぇんだ」

「それは知っている。マナの従者で護衛という話だろう。主を危険に晒してまで他のパーティに入って金を稼ぐつもりなどないと前に言われたことがある」


 なにそれ俺知らない。おいイルマどういうことだ?

 え?知らないところで三人を勧誘しているの?なんで俺には一言も声がかからないんだよ!?


「そう言われていて今の状況をどう思っているのか……。まあいい。じゃあ聞くが、そこまで言われていてなんでマナを仲間にしようとしない?」


 そうだそうだ!

 俺が心の中でライザックを応援していると、イルマが言いにくそうに口を開く。


「いや、確かに他の初心者女性冒険者に比べたら最低限の事ができるだけでも重宝する。けど、それなら正直男の仲間を加えた方が何かあった時に楽だし、なにより能力的に三人と比べると見劣りするからな」

「確かにその通りですけど、正直に言えば良いってものじゃないでしょうイルマさん!しまいには泣きますよ!?」


 気付かぬうちに目端に溜まった涙は俺の頬を伝い、流れ落ちている。ガチ泣きです。


「んじゃあ、イルマ。一つ質問だが、マナはどうやって戦う奴だ?」

「え、それは……召喚獣を使役して戦わせる」

「ヴァルキリーやドリアードって女の子を召喚して、戦闘も雑事も彼女たちにすべて任せきってる」

「デッキブラシはクルクル振り回すだけで攻撃に使ってるところは見たことがない。あと、いつも戦う時にうるさい」


 イルマもテルもヴィンクスもその通りだよ!その通りなんだけれども!!

 楽なんだよ!

 果てしなく自分勝手に成長し続けるから!!

 彼女たちにある程度教えると自分でどうにか工夫し始めるから楽なんだよ!!!

 あと、うるさいとか言うなし。


「ヴァルキリーを見たんなら話は早い。ってか、それを見ているならわかるだろう」


 ライザックのその言葉に一様が首を傾げる。その姿を見て、ライザックが再度ため息をついた。


「これはオレが言ってしまっても良いものなのか?」


 そんなことを呟きながら俺の方を見られてもなんと返せば良いのやら。俺、困惑。

 俺の困惑する姿を見て、ライザックは真剣な表情になる。


「その三人もマナの召喚した召喚獣だ。そうだろ?マナ」


 それはどこか確信を抱いた質問。

周りの男の視線も俺に注がれる中、俺はそれまで自分の中に湧いていた色んな感情がスッと消え、キョトンとした表情となって頷く。


「え、ええ……その通りですけど。え?もしかして誰も気づいていなかったんですか?」


 二週間前、ライザックたちにヴァルキリー召喚を見せた時点で彼女たちの正体を伏せることを諦めた。ヴァルキリーを見られたのであれば、ヒルダたちが召喚獣だという事は遅かれ早かれバレる内容だ。しかも、下手に隠し事をしようとすればさらに疑われそうな立場にもあった。

 だから、他の冒険者たちとクエストに向かった際には躊躇いなく彼女(ヴァルキリー)たちを召喚するようにした。


 なんて事をしているから、ヴァルキリーと同じような翼を持つ三人の正体なんぞ周知の事実だと思ってたんだけど……。


「え、察し悪ッ……」


 俺の率直な感想に周囲が湧き立つ。


「いやいやいや!オレらは召喚獣には詳しくねぇし!」

「それにギルドに入りたての頃にその三人は亜人だって紹介してたじゃねぇか!」

「そうだそうだ!」


 見苦しい男の言い訳に俺とライザックは同時に頭を抱えてため息を吐いた。


「お前らなぁ。この仕事は確かに力も必要だが、それ以上に観察眼も養えといつも言っているだろう。“知らなかった”で済まなかった例がこの間のダーカスの一件なんだぞ」


 子供を叱るような強い口調。自戒を込めての発言だっただろうけど、ライザックのその言葉に一様がシュンと表情に陰りを見せた。

 ダーカスの一件は俺らが取り調べを受けた三日後くらいに周知のものとなった。さらにダーカスには賞金が掛けられ、ギルド内だけでなくシュトラーゼンの街中いろんなところに貼り紙が出されている。

 ちなみに他の三人はギルドランクの降格プラス東のギルドに行っての半年間の強制労働。命を取られてないから重い罰ではない。


「そういえば、そのダーカスさんはどうなったんですか?」

「ん?ああ。未だ行方知れずだ」

「国外に逃げた……ということですか?」

「その辺も含めてオレにはわからないな。実際、オレがダーカスの捜索をしていたのは最初の十日間だけだ」


 うん?それにしては帰りが遅かったんじゃないか?


「その後はどうしていたんですか?」

「なんでんな事を知りたいんだ。興味ないだろ。こんなオッサンの動向なんぞ」


 ライザックが呆れた声を出し、俺の横に座る。


「え?だって、ダーカスさんの一件は“ゴールドランク”のライザックさんでも手が余るとギルドが判断したんですよね?その上でライザックさんには別の依頼がギルドから来ていたんじゃないかなと思いまして」


 俺の言葉を聞き流しつつ、ライザックは近くにいたウェイトレスに飲み物を注文する。

 そして、テーブルに手を置いて人差し指で何度かテーブルを叩いた後、今までで一番大きなため息を吐いてこちらを見る。


「まぁ、オレが外されたのは確かにその通りだ。実力不足って判断をギルドに下された。だがな、ここ数日ギルドに顔を出さなかったのは単純に大きな金が入ったから家に帰って嫁さんと娘に家族サービスをしてやってただけだ。それまでの調査結果に対して報酬が支払われていたしな」


 言外に“読み過ぎてハズレ”みたいなニュアンスが含まれている。

 やだちょっと恥ずかしい!

 俺はそんな気持ちを体で表現するために顔を両手で覆い隠す。


「まぁ、相手の出してきた情報から裏を読もうっていう努力は認めてやる。それにオレのいない間でだいぶギルドにも馴染めてきたようだしな」


 ライザックが周りを見渡すとパッと顔を逸らすギルド冒険者たち。

 なんで顔を逸らされたのかわからないライザックは不思議そうに顔をしかめる。

 そして、そんなライザックの疑問に答えるべく木製のジョッキを片手に持ったリェラがやってきた。


「馴染み過ぎですけどね」

「あん?」


 ライザックが先ほど注文していた飲み物。いや、お前その中身絶対酒だろ。朝っぱらから何飲んでんだよ。ギルドに来たなら仕事しろ仕事。

 リェラの言葉に眉をひそめ聞き返しつつ、彼は酒と思しきものを豪快に喉へと流し込む。

 そんなライザックの反応に目に見えるように肩を落とし、リェラの口から事実が飛び出した。


「あの一件以降、マナさん達が他のギルド冒険者と一緒にクエストを受注することが多くなったのは事実です」

「そりゃあ、良いことだな」

「ええ。女性ばかりのパーティとはいえ、彼女たちの実力を評価されての事なんですから良い事です。ですが、十日前には女性の貧乳と巨乳の素晴らしさについて議論を交わし、男性ギルド員を集めてこの場を占拠」

「ん?」


 酒を飲もうとしたライザックの表情が意味の分からない単語の登場で強張る。


「三日前にはヒルダさん達の私服姿がどれだけ愛らしいのかを熱弁し、この場のテーブルや椅子を移動させて披露。投票から簡単な表彰式まで行う始末」


 ライザックは何とも言えない表情のままジョッキをどんどん口から離し、静かにテーブルに下ろす。


「そして今日は自分だけが声を掛けられないことに抗議を出して、この飲食スペースを独占している有様……」

「あぁ、だからヒルダたちが見えないのか」


 わなわなと体を震わせるリェラからワザと視線を体ごと逸らして逃げようと試みる。しかし、ライザックの努力むなしく視線の先にリェラが移動した。


「仲がいいのは良いんですよ。だけど、ギルドの収入源の一つである飲食スペースでどんちゃん騒ぎを起こさないでください!」

「それはオレに言うな!マナ本人に言えよ!」

「言ってますよ!ねぇ!私言ってますよね!?」

「はい!聞いてます!」

「響いてないんですよこの人はァァァ!!!」


 ストレスが頂点に達したのか目を見開いて、頭をガシガシと掻きながら叫ぶリェラ。

 なんか……。スイマセン。

 美人の女性にこんなギャグ顔させて申し訳ありません。

 感情がストレートに向かってくるのはとても嬉しいんだけど、欲を言えばもっと甘酸っぱいものを期待してます。


「はぁ……リェラをここまで怒らせたのはフィーナ以来じゃないか?」

「フィーナ?」

「そういう奴がいるんだ。ここ最近は見てないが、恐らくはまだ東のゴタゴタに巻き込まれてるんだろう」

「マナさん!人の話を聞きなさい!」

「はい!聞いてます!すいません!気を付けます!」


 その後、リェラのストレス解消のため、彼女の内に秘めていた苦情を全部聞いてあげた。半分以上は俺に関わりのない事だったけど、爆発させたのはどうやら俺の様だしこういう時に恩返ししないとな。

 ちなみに、三人に対するクエスト同行の依頼はこの日を境にピタッと止んだ。一番大きな原因はリェラ。彼女がギルドマスターのミシェルに話を通して三人のギルドプレートを剥奪したから。


 プレート剥奪の理由は召喚獣は“奴隷”とも異なるため、本来なら受理できないはずだったとの事。あと、ギルドに対して虚偽の申請を出していた事で普通に怒られた。罰が無くて良かったと思う。


 ただ、 誰も彼も召喚獣って事に気づいてなかったことに驚きを隠せない。もうちょっと隠したままでもよかったかもしれない。


 そのため、ギルド冒険者でない相手にクエスト同行を依頼するなど出来るはずもなく、加えて頼み込んできていたギルド員のほとんどが魔力無し。なので、涙を流しながら皆が散っていった。


 いや、素直に俺に頼めばいいじゃん。そこまで俺の存在は邪険にされているの?

 俺の中に湧いた疑問はどこへ出るわけでもなく、そっと俺の中にしまい込まれる。



 異世界に飛ばされてもうすぐ一ヶ月になろうとしている。

 強ければ信用され、自然に頼りにされ、気付かぬうちに優越感に浸れる……というわけではないらしいことを改めて実感した。そして、都合よく事件が起こって、都合よく解決して、他人から僅かな時間で全幅の信頼を得られる“ラノベの主人公たちっていいな”って想いが強くなった。

 この世界が特殊なだけかもしれないけど……。

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