第19話 戦闘結果(リザルト)

 ギルドに戻った俺らはライザックの報告に同席した。


 あの時、俺らの近づいたのは俺らが移動したと見張りをしていたダーカスが報告したから。

 ライザックの口から出た言葉から、ダーカスには『遠視』および『透視』のスキルを所持していたと推測される。現実世界で覗きが横行しそうなスキルだ。

 ただ、やはりと言うべきか戦技スキルも種類によっては担い手は少ないという。攻撃系スキルは珍しくも無いらしいが、支援系や補助系のスキルは人によって切り札として扱うレベルのものらしい。


 ダーカスと他三人の裏切りはライザックからの話で完結し、俺たち四人に対してその事実を確認するような事は無かった。これが信用の大きさか。

 ちなみにダーカスを追わなかった理由に関しては、パワードによって高速離脱したことと、三人の拘束・連行を行うためで納得してもらった。


 そして、ライザックが一通り話し終わった後に俺らは個別に事情聴取を受けることとなった。これが信用の無さか……。

 ヒルダたちが先に個別に部屋に通され、それぞれが同じような質問を受け、その報告が俺の耳に届いた。

 そうして最後に俺の番。なんでラストが俺なんだよって想いを胸に秘め、俺は大学四年次の就活生気分で部屋に入る。


「失礼します」

「マナさん。どうぞ席に着いてください」


 部屋の中には三人のギルド職員。左にいるのはどう見ても強そうな屈強な男。真ん中は爺さん。右側にはリェラが座っている。

 リェラの横に置かれているあのベルは一体なんだ?三人の時には鳴ってなかったようだけど……。


 ちなみに、俺に用意された椅子は三人と長テーブルを挟んで目の前に置いてある。企業による採用面接会場と言っても過言ではない。

 促されるままに俺は椅子へと腰かけ、背筋を伸ばす。屈強な男から強い視線を孕んだ睨みが飛んできているが、頬を赤らめてやり過ごす。頬、赤くなってると良いなぁ。


「はじめましてだな。ワシの名前はミシェル。このギルドのギルドマスターを務めている」

「あ、はじめまして。私は“お掃除メイド”のマナです」

「早速本題に入ろう。まずは報酬の話からだ」


 中央の爺さん、ギルドマスターが口を開く。

 三人にしていた質問を俺にはしないのか?それまで聞いていた内容との差異に少し戸惑いを覚えつつ、表情を固める。


「イッカクラットの討伐依頼に関しては、ひとまずギルドへ返却してもらう」

「え?」


 せっかく一匹狩ってたのに……。

 それよりもなんで返却なんだ?


「一体分は狩り終えていたのですが、その分はどうなりますか?」


 俺の言葉にリェラと反対側の男が驚きの表情を浮かべた。

 それぞれの視線がベルに向く。まさかあれもウソ発見器なのか?


「一体分の角は依頼書記載の金額の三分の一で買い取ろう。それならば問題あるまい」

「まぁ……買い取っていただけるのなら問題はありません」


 それでも返却の理由が気になる。

 依頼は重複して受けることはできない。何かを頼まれる前兆なのか?


「次にダークメタル・マンティスおよびダイヤウルフ討伐。それとそれら四体分の召喚石の提出についての報酬だ」


 ダークメタル・マンティスとダイヤウルフの召喚石はしれっとリーヴが回収していた。

 再召喚されたら面倒という気持ちと何も言わなければ戦力増強になると思っていたらしい。ただし、ライザックにばっちりと見られていて、ギルドに着いて速攻言及されたから即提出したけど。


「実力としては申し分ない。ここに属してからの働きもリェラより聞いている。それらを合わせ金貨三枚を報酬として与え、ブロンズランクへの昇格を言い渡す。この内容に対し、不服申し立てはあるか?」

「い、いえ。むしろラックアップまで出来るとは思いませんでした」


 正直な話、ランクアップまではまだまだ先の話だと思っていた。

 この世界のランク上げは俺らの知っているのとはちょっと勝手が違うから……。


「キチンと仕事を行っていた成果だ。今回の一件が無くとも、昇格のタイミングは近かっただろう」


 優しげな声で褒められるとちょっとむず痒いな。

 嬉しさが顔からこぼれないように我慢をして、先ほどの問いに答える。


「報酬は提示された額で問題ありません。今後も精進し、誠実に仕事を行っていきます」

「ふむ……期待しておる」


 イッカクラットの報酬銀貨一枚が、金貨三枚に変わるのなら願っても無い事だ。

 しかも、あんなクソ楽な仕事でこの報酬はとても嬉しい。まぁ、欲を言えばもっと手ごわい相手だと達成感もあったのだけれど……。


「率直に尋ねる」


 それまでだんまりを決めていた屈強な男から出てきた意外性のない野太い声。その声にビクッと身構え、緩んだ気を張り直す。

 怒りを抑えているような少し強めの口調で彼は問う。


「貴様はバレンティンの者ではないのか?」

「まだその嫌疑が晴れてないんですか?」


 しつこいって言うくらい疑われてる。まぁ、気持ちはわかるけどさ。

 このやり取りは飽きてきた。


「召喚石を用いずに召喚獣を呼んだそうだな」

「疑いがあるのであれば、今この場で召喚獣を呼び出しましょうか?」


 ジト目で睨みつつ、牽制する。

 あからさまな挑発に屈強な男はたじろぎもしない。クソゥ、見た目通りめっちゃ強いんだろうなぁ。


「ゲイルさん、今はそのような場ではありません。マナさんも軽々しく挑発しないでください」

「申し訳ありませんでした」


 リェラに釘を刺され、俺は素直に謝る。オイコラおっさんも謝れや。

 そして、今度はリェラから同じような質問が飛んできた。


「マナさんは召喚獣を召喚石を用いずに召喚できる。この話は事実ですか?」

「はい」

「では、生まれはバレンティン教国ですか?」

「いいえ」

「貴女はバレンティンの出自ではないが、召喚獣を使役し、更には召喚に必要なアイテムも使わないというのですか?」

「はい」


 簡単な答えしか返さないように意図的に創られた質問。そして質問の間にはあからさまな間があった。やっぱりあのベルはウソ発見器みたいだ。便利なんだよなぁウソ発見器。自分の体の中に実装したいくらい欲しい。

 リェラは俺の答えを聞いて少しだけ息を吐く。そして、ゲイルに視線を向けた。


「ゲイルさん、ライザックさんの言う通りマナさんは白かと」

「フンッ、そもそも召喚石を用いない召喚など稀に見るという話ですらあるまい。あれはバレンティンの持つ秘中の秘。十二の従神官にのみ許された秘奥だろう。それを持つ人間がこの国に現れた時点で黒だ」

「ですが、検出器は彼女の言葉から嘘を検出しませんでした。検出器を疑えば今後の取り調べにも影響する話になりますよ」

「その女が何かしらの魔法を自分にかけているのではないか?」

「それを言い出せばこの部屋の意味すら無くなります」


 言い争いに発展しそうな二人の言い合いを真ん中で受けていたギルドマスターがこぶしを握り締め、軽くテーブルを叩く。

 バキィィッと音を立てて割れるテーブル。哀れ木製テーブル。機能性重視だったお前の容姿を俺は忘れない。あと、机がその命を散らす直前にウソ発見器と思しきベルをすかさず手に取ったリェラに称賛を。


「ゲイル、リェラ。そこまでにしておけ」

「「は、はい。申し訳ありませんでした」」


 禿げてない上に綺麗な白髪頭の爺さんなのにおっかないな。その白くなった太繭を少し動かし、ギルドマスターが話を引き継ぐ。


「正直な話、ギルド側もお主の対応に戸惑っておる」

「え、まさか辞めろって言いませんよね?」

「そのつもりは無い。ただし、自分の力を理解した上で適切な行動を心がけなさい」

「また難しい頼み方ですね」


 呆れていることを相手に伝える様にため息交じりに言う。


「この国はお主がいた国とは違う。それは法律もそうだし、法律の及ばぬ日常生活や常識なども当てはまる」

「それは承知しているつもりですが……」


 まだ一週間だけどそれなりにうまくやってないかな?

 街の外に出てテント暮らしをしている時点で“まとも”からはだいぶ離れている気もするけど。


「わかっているのならいい。お主にはまだ警戒する気持ちもあるが、先ほどの言った通り期待もしている。警戒している以上にはな」


 どういうことだ?

 なんか……違和感がぬぐえない。


「期待……ですか?」

「ああ。今は少しずつ信用を積み上げなさい。バレンティンの刺客などといつまでも疑われたくはないだろう?」

「まぁ……、でも信用を得てからの裏切りもあり得るのでは?今回のダーカスさんのように」


 俺が放った余計な一言はゲイルのこめかみをピクつかせる。

 だけど、その表情に変化はない。

 まただ……。なんなんだ?この違和感……。


「その時はその時だ。それにお主にこの国を売るつもりは無いのだろう?」

「それは……まぁ」


 曖昧な返事をすると、なぜかゲイルが壊れた机に追い打ちをかけて叫ぶ。


「はっきりとしろ!」

「ゲイルッ!」


 ギルドマスターの大声に一瞬で怒りを収めるゲイル。

 俺はその二人を見つつ、キチンとした返答を返す。


「私にこの国を売るつもりはありません。平穏に暮らす事ためならば、ためらいなくこの国のために私の力を振るいましょう」


 俺の言葉にベルは鳴らない。

 それを確認したギルドマスターは手を鳴らす。


「これで話は終了だ。なにか、お主から聞きたいことはあるか?」


 ありまくりだけど、今はやめといた方が良いか……。

 ダーカスの目的は本人にしかわかんないし、あの三人がそれを知っているかどうかも不明。

 そもそも、ダーカスの裏切りについてある程度予想していたんじゃないか?

 だとすると、あの時にライザックが俺の質問に答えなかった理由も頷ける……。あ、でも違うわ。その後の彼らの裏切りに思いっきり動揺してたわ。


「そういえば、ベルジンさん達はどうなったのですか?」

「騎士団に引き渡したよ。外患誘致の疑いもあったからギルド内で収まる話ではなくなった。まぁ、ここで話を聞く分には力を受け取ったのみの様だからそれほど重い罰にはならないとは思うがな」


 まぁ、さすがに死刑にはならないだろうけど……。


「他には?」

「んー、結構ありますけど今はやめておきます」

「ほぉ?」

「そちらが隠したいこともあるでしょうし、それを私が知ってどうするかを今見たいわけではないでしょう?」

「ふむ」

「なら、今のところはミシェル様のお言葉通りに信用を積み重ねます。余計な疑念を抱かれないように」


 そうだ。余計な疑念だ。

 自分の言葉で今まで感じていた違和感がわかった。


 コリスは召喚石をダーカス達から貰っている。あれはそんなに高いものではないとも言っていた。

 それが正しいのならバレンティンとカタロニアの国交は良好もしくは悪くないはず。

 そもそも両国の関係が悪かった場合、この程度の取り調べで済むはずがない。ゲイルの言う様に真っ黒と疑ってかかるのが筋だ。


 仮に両国の関係が良かったとするなら、なんでバレンティンを疑う?

 そもそもこの取り調べで何を確認したかったんだ?


「それならば良い」


 安心しきった表情のギルドマスター。

 未だに険しい表情のゲイル。

 少し安堵の色を見せるリェラ。

 三者三様のその表情から、彼らが何を疑っていたのかまでは読めない。


「最後に。このダーカスの一件、ギルドからの公表があるまでは決して漏らすな。それとお主が召喚石を用いずに召喚が出来ることも他言してはならぬ」

「……はい。わかりました」


 ギルドマスターの言葉に俺は素直に頷く。

 召喚石の件は不要な疑いを生ませるなという事だろう。

 この場での会話はここまで。俺は退室を命じられて大人しく部屋を出た。


「マスター」


 部屋を出てすぐにヒルダの可愛い声がかかり、ごちゃごちゃと考え始めていた頭の回転がストップする。

 心配そうに眉をひそめ、俺の無事を見てホッとしている口元が愛らしくてしょうがない。癒される。


「ヒルダ~。怖かったよ~」


 冗談で泣き言を言いながらヒルダに抱き着く。

 女性特有の鼻腔をくすぐる汗の匂い。あぁ~、良い匂い。こういう時ばかりは同性で良かったと本当に想う。

 しかし、俺の軽い気持ちとは裏腹にヒルダからピリピリとした不穏な空気が発せられた。


「あの者たち……マスターになにか粗相をしたのですか?」


 怒気を孕んだような棘のある声に俺は冷や汗をかく。目にも見紛う事なき殺意が見て取れる。


「違いますよ。冗談ですから間に受けないでください」

「そ、それならばよろしいのですが……」


 耳元で優しく諭すと、ヒルダがちょっと慌てた様に怒気を引っ込めた。慌ててるヒルダもかわいいなぁ。

 なんて思っていたら、視界の中にリーヴとエイルが膨れ顔で現れた。


「マスター、ヒルダだけズルいです」

「エイルも!エイルも!」

「はいはい」


 あぁ、もうなんて愛らしい召喚獣たちだこと。

 この世界での初の対人戦は非常につまらなかったけど、こういう所だけは充実しているから満足。

 リーヴとエイルをそれぞれギューッと抱きしめ、平穏な今のこの空気を噛みしめる。


 ふと、冷えた頭の中に過ぎるのはジーナとコリスの姿。

 ようやく自己検証が終わって、この世界について調べて行こうと思っていた矢先にできた友人たち。出会いから別れまでがとても短く、大した思い出もないのに惜しい別れ方をしたと悔やんでいる自分がいる。


「遊び半分でやるもんじゃないですね」


 抱きしめていたエイルが俺の言葉を聞いて首を傾げる。

 だけど、俺は彼女の疑問には答えず、ただただエイルを抱きしめながら頭を撫でた。


 この世界に来て、アンデッドとの遭遇はゲームをしているままの感覚だった。

 だけど、この世界が異世界だと知ってからは心が浮足立った。

 ゲームとの差異を確かめる検証は楽しかった。

 いきなり王様との対面もギルドへの登録も小説の主人公になったみたいで楽しかった。

 ヒルダもリーヴもエイルも可愛くて可愛くて可愛くて日々の生活に不安は無かった。


 だからだろうな。仲間になった二人もいつまでも俺らと一緒に居て、馬鹿みたいな話をして、イベントが起こった時に覚醒したりして……なんて都合のいいように考えてしまっていた。

 俺は思い知らなければならない。この世界は現実で、死んだ人間は死んだままなのだという事を……。

 さっきまで話していた友人が、次の日には訃報を受け取るようなレベルで危険なものがたくさんいるような場所だという事を……。

 ゲームの世界とは違った現実だという事を。


 正直、受付で貰った金貨三枚と人数分のブロンズプレートを見ても、嬉しさがこみ上げても無かった。

 淡々と周回をするように依頼をこなしてきたからじゃない。この報酬と引き換えに失ったものがあまりにも大きく感じたからだ。

 ジーナとコリス。この二人の死を対価に、俺の意識はこの世界の色に染まっていった。





 自戒のために何度でも言おう。





 この対価はあまりにも大きい。

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