第12話 新しい仲間


 この世界に転移してきて早一週間が経ち、本日八日目の朝。

 淡々と続けられたゲーム検証もあらかた終わり、段々と生活基盤を整える方にシフトしてきた我々四人。

 今日も元気にテント暮らしをしております。


 こんな大きな街を拠点にしていてなんでテント暮らしをしているのにも理由がある。

 まず、ギルド冒険者に対して優先して泊めてくれる格安宿(一部屋、大銅貨二枚)が連日満室。なぜ格安宿に泊まれないかと言うと女性だから。女性ギルド冒険者はギルドの中でも極端に地位が低く、シルバー以上になってようやく格安宿やギルド職員の人からまともな扱いを受けることができるらしい。ちくせう。

 んで、初日に使ったちょっとお高い宿(一部屋、銀貨一枚お釣り有)はカッパーの稼ぎでは連日は使えないと判断した。


 そんな理由に加え、かねてからやりたかっ……遠出しても使えるようテントを始めとしたサバイバルグッズを購入した事でテント暮らしが始まった。

 最初は良かった。異世界の布製テントも馬鹿にはできないほど頑丈だし、雨風に耐えうる性能を持つ。

 また、荷物はバッグに収められるので寝具もまともなのを購入し、そこそこ良質な睡眠を得られるようになっていた。テント暮らしなのに布団を所持してんだぜ?笑える。


 風呂の方は公共施設も無いから、大きな木のたらいに水の下級精霊召喚術できれいな水を貯めて身体を拭いている。お湯が欲しい時は鍋でお湯を作って水と混ぜている。

 公共物で温泉とかもあるけど、ほぼ嗜好品のようなもの。入浴料が高いわけではないけど、日本の温泉みたいに綺麗な所ではない。

 これは公共の水洗式トイレも同じ。まぁ、こっちは日本でもあんまり変わらないか。汚いトイレを想像すればいい。


 そんな感じでテント生活にはそれほど苦労していない。


 ちなみに野営の大変さとか、夜の見張りだとかは特に問題なし。夜目は元々効く方だし、夜中に起きているのもゲームをしていたおかげでそこまで苦にはならない。二人ずつ起きるようにし、二時間で一人交代というサイクルで安定した。

 この辺は他のギルド冒険者と組んだ時のためにヒルダたちに任せっぱなしにせずに俺も参加するようにしている。狩りや野営の時にマップ機能を閉じて自分の感覚を使うようにしているのも、もしもに備えての事だ。


 ギルドでの扱いはあんまり変わらない。

 先輩冒険者は基本的に遠巻きにこちらを見ているだけ。質問に行けば割と素直に応えてくれるけど、会話としてはその程度。

 リーヴの調べでは俺たちは女だらけのパーティという事もあり、ギルドを甘く見た夢見がちな田舎者という認識らしい。いつ音を上げるか賭けの対象になっているというので、とりあえず誰も賭けていない三年以上を目指したい。


 ギルドの美人受付嬢・リェラさんの態度も変わらず。どんなに討伐依頼をこなしても、疑いの眼差しが付いてくる。まだ一週間程度だから、そこは仕方がないかぁ。

 そんな感じで色々な動物の毛皮や肉などを納品してはお金を受け取るだけの積み上げ生活が続いている。


 日本でいう所の日雇いバイトの街郊外空き地テント暮らし生活。基本的には生活水準が下がっただけって印象だ。輝かしい異世界ライフを夢見てた人にとってこの現実はツラそう。

 あ、俺は可愛い召喚獣たちがいるので、むしろ勝ち組。

 なんせ毎日画面越しにしか愛でることのできなかった存在が目の前に現れているんだから勝ち組でしかない。





 今日も元気に獣を狩るぞと意気込んでギルドへ行く。

 本日の獲物を選ぼうと掲示板の前に立ったところで声をかけられた。


「あの……マナさん」

「はい?」


 振り返ってみると、そこにはギルド冒険者に多い日に焼けた肌、赤茶けた髪の二人。片方は強気な視線で、もう片方は伏し目がち。


「えっと、何用でしょうか?」

「はじめまして。私はジーナ、この子はコリス。私たちをマナさんのパーティに入れてくれませんか?」


 なんかパーティに入りたいって娘が現れた。 

 見た感じジーナは一般的な前衛っぽい。“ぽい”というのは背中にクロスボウと矢筒、腰には剣と盾を携帯している。着ている服も女性に多い最低限の装備+革の籠手とレギンス。この世界ではよく見かけるスタイルだが、あんまりゲーム内で遠距離武器と剣を同時装備しているプレイヤーを見たことが無いからまだ慣れていない。

 対してコリスは背中に弓と矢筒のみ。着ている服はジーナよりも軽装。盾は無し。純粋なスカウター系かな?


「んと、別に構いませんけど」


 俺はジーナの申し出を軽く了承する。

 日銭の稼ぎ方には慣れてきているし、ここらで現地人の実力も確認しておきたかった所だ。

 幸いにもこの二人は俺らよりも一つランクの高いブロンズランク。実力を測るにはちょうどいいかもしれない。


「本当ですか!?」

「やったねジーナちゃん!」


 快諾がよほどうれしかったのか二人はキャッキャと喜ぶ。

 年齢……わかんないけど、十代後半くらいかなぁ。元の世界で歩いている時に視界に映った女子高生を思い出しつつ、俺は話を進める。


「ただ、私たちはいつも通りに討伐クエストを受けようと思ってます。お二人はそれでも大丈夫ですか?」

「はい!」

「全然問題ないです!」


 思ってた以上に凄い自信だな。

 討伐クエストってゲームと違って、現実でいうところの“狩りの技術”が重要となる。獲物の痕跡を探す方法、罠の選定と仕掛ける場所など数を挙げればきりがない。

 そんな思っている以上に面倒臭いクエストなのにこの快諾具合。これはアタリを引いたか?


 俺は見た目で判断しそうになった自分を恥じて、いつもとは異なる討伐対象を手に取る。

 俺らカッパーだけだと受ける事は出来ないが、ブロンズランクが二名もいれば手を出せるクエスト。


「じゃあ、イッカクラットの討伐ではどうでしょう?」

「イッカクラット……」


 一瞬、不安そうな視線をジーナに向けたコリス。しかし、ジーナに肘で突かれ、ハッと笑顔を浮かべる。

 え、なに今のやりとり……。一気に不安になったんだけど……。


「大丈夫です!それで行きましょう!」


 ジーナがものすごいいい笑顔で肯定してくるのが逆に怖い。俺の後ろにいるリーヴが俺の背中を突くほどには警戒しないといけないみたいだ。まぁ、俺も今みたいな反応されると不安にしかならない。

 アタリって思ったのは取り消そう。


「そ、それではこれを受付に出してきますね」


 俺は依頼書を手に取って受付に提出しに行く。

 前途多難……ではあるけど、リーヴたちがいるし……。うん。大丈夫だろう。

 この辺の森では危険度の高い獣はいないし、ゲームみたいな魔物もいない。仮にヒルダたちがいなくても大丈夫なはず。


 心の中で大丈夫、大丈夫と言い聞かせながら、リェラさんに依頼書を渡す。

 キリッとした眼鏡に鋭い視線がマッチしており、M調教を受けた豚さんにはウケが良いだろう。

 リェラさんは俺の持ってきた依頼書を見て、いつも以上に眉間にしわを寄せる。


「三日以内にイッカクラットの角を三つ納品です。これはブロンズランク以上でないと受けられない依頼ですよ?」

「あぁ、今回はあのお二人も一緒なので」


 ジーナとコリスの方を見て話すと、リェラさんは首を傾げた。


「もしかして、ジーナさんとコリスさんですか?」

「え、えぇ……」


 嫌な不安を増長させないで欲しい。

 睨みつけるように二人を見つめていたリェラさんだが、すぐ溜息と共に依頼書に視線を戻した。


「まぁ、そういうことなら規定上は問題ありません」


 なんで“規定上”を強調するの?

 理由を問いただしたいけど、この距離だと二人にも聞こえてしまう。

 依頼を始める前にギスギスするのは流石に避けたい。


リェラさんは依頼書に受領印を押して俺に渡す。その後、珍しく声をかけてきた。


「あまりこういう事を言うべきではないのですが、ご自身の立場をお忘れなく」

「え?あ、え?どういう意味ですか?」

「知りません。それではお気をつけて」


 今まで一度も無かった“お気をつけて”という言葉。それにその言葉の真意を聞きたくても、リェラさん側はすでに会話を打ち切っているため問いただせない。

 首を傾げながら五人の下へと戻ると、リーヴが不思議そうな顔で尋ねてくる。


「どうかしましたか?マスター」

「リーヴ……いや、まぁ、うん。よくわかんないけどとりあえず行こう」

「?はぁ……」


 俺と同じように首を傾げるリーヴ。

 俺はジーナとコリスにクエスト受領できたことを報告して、六人といういつもよりも多いパーティでいつもの森へと向かった。





 イッカクラットの討伐&角剥ぎは思ってた以上に難航した。

 いつもなら日帰りで帰ることの多い俺らだが、今回ばかりは森の中で野宿となった。


 理由はこの日の大半を獲物一匹見つけるという作業に費やしたからだ。

 なぜこんなにも時間がかかったのか?それはいつもの狩猟リーダーであるリーヴを単独行させられなかった事にある。

 なんで単独行動させなかったかって?そりゃあ、先人の知恵を拝借すべくジーナとコリスという諸先輩方の貴重な意見を取り入れたからだ。


 森に入る前に聞いたところによると、この二人はギルド冒険者になって二年は経過しているらしい。だから、スキルを使わない獣の追跡方法とかそういうノウハウを持っていると俺は考えた。


「流石先輩ですね」、「知りませんでした」、「すごいですね」、「先輩に聞いてよかった」、「そうなんですね。勉強になります」などと普段は絶対に使わない“さ・し・す・せ・そ”を駆使して何とか有益な情報を得ようとした……。


 結果、リーヴが危惧した通り無駄な時間となって消えた。

 結構早めに諫言が飛んできたんだけど、俺はその意見をもみ消してしまった。完全に自分の責任です。


「リーヴさんは弓を誰に習ったんですか?」

「誰に?いえ、特に誰から教わったわけではありませんが」

「えぇ!?そんなに凄い腕なのに独学なんですか!?」


 夜中の森の中、昼間の街中カフェにいるときのような音量で喋るジーナとコリス。

 今は楽しい楽しい食事中。焚火と鍋を囲みながら飯を食っている。


「ええ、まぁ……」


 リーヴも苦笑いを浮かべながら椀の野菜をスプーンですくって一口食べる。こんなに賑やかな食事風景は慣れていないってのもある。


「その弓矢はどこで買ったんですか?」

「弓はマスターから頂いたものなので分かりませんが、矢はシュトラーゼンで購入したモノですよ。矢羽根付き十二本入りで大銅貨一枚の」

「えぇ!?そんな安物なんですか!?」


 驚きを上げるコリスは信じられないようなものを見るようにリーヴを見つめている。

 そんな視線を送られるリーヴは若干の不機嫌さを見せながらも抑えている。ギリッギリな感じしかしないけど、頑張ってる。


 あぁ、うん。正直に言うとこの二人……、お世辞にも二年選手とは言えない。

 二年もギルド冒険者として働いているのに獲物の追跡も捕縛方法もほとんど知らない&身に付いてない。人を見る目には自信がない。だけど、ここまでのハズレを引くとは思わなかった。

 まぁ、ギルド冒険者のすべてが討伐クエストを受けているわけじゃないのはもちろんわかっているし、そういうクエストの無い日だってある。それにしても……とは思う。


「マスター、大丈夫ですか?」


 俺の沈んでいた気を心配してくれたのかヒルダが優しい声をかけてくれる。溜息は出てなかった大丈夫。ちゃんと我慢した大丈夫。


「あぁ、うん。大丈夫」


 口ではそう言いつつも明日をどうするか考えないと……。

 イッカクラットの追跡方法は今日のリーヴの動きから大体わかった。ちなみにこういった狩猟スキル(現実的な意味での技術)はリーヴが一番知識を持っている。なので、必然的にリーヴが独学で見つけ出し、俺らはわからなければリーヴに教わる事になる。授業料はお察しください。

 検証の時に判明したことだが、リーヴは“レンジャー”だからか狩猟技術、偵察、隠密、野営などの知識をふんだんに取得していた。理由は不明。

 そしてこれはヒルダやエイルも同様だった。ヒルダは“パラディン”だからかゲームスキルとは異なる剣や槍などの武術的基本動作を所持。エイルは“プリースト”の影響かスキルとは別の傷の手当てや薬草などの知識を会得している。

 本人たちも知らない間に覚えていたというようなもので純粋に羨ましい。


「マスター」


 明日はどういう風に二人を動かそうか考えていると、ヒルダが手を差し伸べてくる。

 俺は自分の持っている椀を見ると空っぽになっている事に気づき、椀をヒルダに差し出した。


「ありがとう」


 俺がお礼を言うと、ヒルダは笑顔を浮かべて椀を受け取り、目だけを一瞬だけ下に動かす。明確なサインだ。


 地面には俺らの世界の文字で“M”、“SW”、“X”と書かれていた。

 俺は弓の話で盛り上がっているジーナとコリスの視線をよく見ながら、マップを広域に切り替える。ついでに地面の文字を足で消す。


 南西の方向、確かに不審な白丸がある。

 今は森の中だ。その中で敵性生物と断定されていないという事はおそらく人間。距離的には二キロくらい離れている……。


「マスター、どうぞ」

「あぁ、うん。ありがとう」


 俺は椀を受け取ってそのままスプーンで食べ始める。

 とりあえずは要警戒。詳細は夜の警戒時に身内で話を進めようと思い、楽しそうに談笑している二人に向けて声を出した。


「ジーナさん、コリスさん」

「え?あ、なに?マナさん」

「えっと、どうかしましたか?」


 二人が笑顔のまま俺の方に顔を向ける。

 この二人、よくギルド冒険者なんて続けられたなぁ。


「そろそろ夜も遅いですし、夜の見張りの話をしておきたいのですが」

「あぁ。そっか」

「マナさん達はいつもどうやってローテーションを組んでいたんですか?」


 コリスの言葉に俺はいつもの見張り交代の方法を説明する。


「私たちは基本的に二時間で一人交代、二人で周囲を見張るやり方を取っています。今回は一時間で一人交代にしましょう。一人二時間の監視をしてもらって、あとは寝ていてもらって構いません。それで大丈夫ですか?」

「ええ。問題ないわ。今日は火は消すの?」

「普段は消してますけど、今日はそのままにします」

「そうなの?あんまり用が無ければ消すのをオススメするけど」


 それは知ってる。火を恐れるような小物は寄り付かないけど、大型生物とかは問答無用で目印にしてそうだし……。

 けど、二人の警戒スキルを過信することが出来ない以上、明確な目印の方が欲しいと考えた。暗い中で同士討ちとか笑い話にもならないし……。


「そうなんですか?普段は割とこうやって灯りをつけているんですけど」

「確かに小動物は寄り付かないけど、肉食系の中型・大型の獣は逆に目印にするらしいからベテランは火を消すらしいわ」


 “らしい”んですね。わかります。


「そうだったんですね。やっぱりその道の先輩がいると違いますね。ご助言ありがとうございます」

「いやいや、そんなことないって」


 うん。


「でも、今の私たちは火を消した方が危険なので今日はこのままにさせてください。ジーナさんとコリスさんは逆に不安になるかもしれませんが……よろしいですか?」

「あ、えっと……私もその方がありがたい……です」

「ま、しょうがないわよね。それでいいわよ」


 と、何とか話がまとまったところで一番通したい意見を提案する。


「野営の順番はまず私とリーヴ。そこからリーヴとジーナさんが交代。その後はヒルダ、コリスさん、エイル、リーヴとローテーションしていきたいのですが、どうでしょうか?こちらの方が人数が多いので初心者の見張り時間が長くなってしまいますが、お二人にはキチンと休んで頂きたいので……」

「問題ないわ。コリスもいいわよね?」

「え?う、うん」


 二人を一緒に見張りさせないという意図は読まれていないようだ。この二人が揃って見張りとか不安で眠れそうにない。

 こうして新たな仲間を加えた我々は今までで一番ドキドキする夜を過ごす事となった。

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