第11話 汎用召喚獣
初日のクエスト・ウルフの毛皮納品を行うと、受付のお姉さんが訝しむ様にこちらを睨んできた。まぁ、依頼受けた当日に納品とは思わないよな普通。
納品物の検査に関しては“良”判定。初心者にしてはまずまずの出来栄えとの事だ。なんか高評価のはずなのにお姉さんの言葉に棘が見えるのが気になる所だが、とりあえずは良しとしよう。
ウルフを捌いていた時には、血が毛に付着して台無しにも見えた。だが、そこはチート性能バッグがその素晴らしき洗浄能力を最大限に発揮した。
流石バッグ!
凄いぞバッグ!
もう手放せないよね!ゲーム機能の一つだから手放し方がわかんないけど。
あと、このバッグによる洗浄能力の対象がいまいちわかっていない。
塩を塗りたくった肉の方は“塩漬け保存肉”としてカウントされ、塩が洗浄されるなんて事態にはなっていなかったし、骨や牙に関してはこびり付いていた肉片が取れていた。
察するに、素材になりそうなものは素材アイテムとして最適化。食品に関しては一番近い食品アイテムとして最適化。って感じなのかな?
この辺の細かい挙動も一つ一つ検証する必要があるな。
話を少し戻すと、ウルフ三頭の討伐で報酬は大銅貨五枚。
買い物時のおつりとかで得た金銭感覚。おおよその感覚ではあるが、銅貨一枚が百円単位、そこから大銅貨千円、銀貨一万円、大銀貨五万円、金貨十万円、大金貨五十万円と続いている(……はず)。
一回の食事(一人分)は銅貨五枚もあれば事足りる。宿なんて最安値は大銅貨二枚だ。
昨日はちょっと良いトコロに泊ったので四人が入れる部屋で銀貨一枚。流石に連泊はできない金額だ。
睡眠は食事に次いで大事だから今後の宿も考えていかないと……。
二日目は同じ森の中で毒消し草(マグワート)を規定量持ち帰るクエストを受注。集める必要量はさほど多くないものの報酬は大銅貨三枚。
マグワートを知らなかったので、周りにいたギルド冒険者(ヒゲ面おっさん)に尋ねてマグワートの乾燥したやつを一つゲット。なんかパッと見、ヨモギみたいな感じの草。
俺がやってたゲームには従来のRPGにあるようなアイテムコレクター系の貴重品アイテムは存在しない。だから、こういう知識は自分で覚える必要がある。だから早く攻略wikiを立ち上げて欲しい。
「私がアイテムサーチでマグワートを集めますか?」
森に着いてすぐリーヴが案を提示してくる。
「そうだな。昨日まではそんな重要視してなかったスキルだけど、アイテムサーチの効果も確認しておいた方が良いだろう」
と、言葉を発したところでリーヴが不満そうに頬を膨らませて俺を睨みつけてくる。え、俺何か悪いことした?
「どうした?」
「喋り方が……」
「喋り方?」
え、なんか問題あった?
ん?喋り方?首を傾げる俺にリーヴは至極真面目な顔で諫言を呈する。
「せっかくのメイドさん姿なんですからそれ相応の可愛らしい言葉遣いを求めます。昨日はちゃんとできていたのに何で今日は可愛らしくないんですか?」
「えぇぇぇ。単純に気分とかの問題なんだけど、それ……何の意味が?」
「見た目が少女であれば、人間相手に殺される確率は低くなります。さらに言葉遣いも改めれば確率はもっと下がるでしょう。いつの世も“可愛い”は命を守る最強の鎧です。しかも、女性にのみ装備可能であり、鎧と違って磨けば磨くほど自分の命を守る力が増します」
リーヴの言い分は理解できる。確かに見た目にそぐわない喋り方で気に入られなかったら殺される可能性は高いだろう。“可愛い”が正義なのもその通りだと思う。
だが、俺は力説するリーヴを睨みつける。
「その意見には同意できる。んで、本音は?」
「可愛いマスターに可愛くない言葉遣いは似合いません!」
「なるほどね」
完全に趣味の世界。
リーヴの好みとして、俺の男言葉はお気に召さなかったというだけだ。
ゲーム内でもそういうところこだわる奴はこだわっていた。本当は女性なのに男性キャラを作ってイケメンムーヴかましてた友人とか。
俺はそういうの気にしないからなぁ。実際、ゲームの中でも戦闘時だけは女言葉を多用してメチャクチャはしゃいでたけど、拠点とか素の時は普通に男言葉だった。
仲間内からはいろいろ要望を出されもしたが、結局メンドくてネカマになり切ることは無かった。
さっき男言葉が出てしまったのは、昨日まで張り付いていた監視が無くなったからだろう。観客いないなら楽にしていたいと思う気持ちに誰か同意して欲しい。
ちなみに、リーヴは監視には気づいているけどそれが理由で女言葉を使っていたという事は知らない。
まぁ、面倒臭いという気持ちが大部分を占めていたことも認めよう。
なので、ヒルダとエイルにも意見を尋ねてみる。
「二人はどう思う?俺の言葉遣い。向こうで戦闘の時にやってたように可愛らしくしゃべってた方が良いか?」
ヒルダとエイルは俺の言葉に一瞬の間を置いて答える。
「私はマスターの意思にお任せいたします。……ですが、個人的な好みで言えば可愛らしい喋り方の方が好き……です」
「エイルもかわいい方が好きー!でも、カッコイイマスターも好きー!」
ああ、うんうん。エイルは可愛いねぇ。
こんな一件のせいで、俺は人目を気にする必要が無くても女らしい言葉を使うこととなった。心までは女にならないように気を付けよう。断じてこれはフラグではない!
話がまとまったところで、リーヴ、ヒルダ、エイルの三人にはマグワート採取のために走らせる。
そばに誰も居なくなった寂しい状態を確認してから、俺はゲーム内でのように意味もなくデッキブラシを振るう。
もうこうなったらヤケだ。どんな場所でもお掃除メイドとして振舞ってやる!
「『デュアルサモン』!さぁさぁ、おいでませ!『ヴァルキリー召喚』、『ドリアード召喚』」
周りに誰もいない空間に俺のテンション高い声がむなしく響く。
地面に向かってデッキブラシを振り下ろすと同時に、デッキブラシの先に魔法陣が二つ現れる。この辺のタイミングは練習の成果だ。
魔法陣の中から出てきたのは、翼の生えた小さな女騎士・ヴァルキリーと枝で局部を隠したほぼ裸の深緑色の肌をした女の子・ドリアード。どちらも一番最初に手に入れることができる下級の汎用召喚獣であり、ゲーム内では自動で動いて雑魚敵掃討やボスへの突貫などをしていた。
ヴァルキリーは出てきてすぐに中空に浮かぶ。身長はエイルよりも小さな120cm程度。全身を鎧で覆っているが、兜はフルフェイスではなく凛々しい顔つきが見えている。小人の成人女性ってこんな感じなのかもしれない。
ドリアードも身長はヴァルキリーとそう変わらない。ゲームの時と変わらず木の根に座っており、移動は全召喚獣の中で最も遅く緩慢。また、ヴァルキリーとは異なって見た目が幼い感じがする。
そんなことを考えながら黙って二人を見ていると、ヴァルキリーが不思議そうに口を開く。
「どうかされましたか?どうぞご命令を」
汎用召喚獣も喋るのか。
予想していた事とはいえ、驚くことは驚く。
「やっぱり貴女たちも話せるんですね。まずはいろいろと聞きたいことがありますので覚えている範囲で答えてください」
俺はそのまま事情を説明し、ヒルダたちにやったような記憶の確認を行った。だが、こっちは拠点で召喚できなかった影響もあり、戦闘時の記憶しかなかった。
「なるほど……。では、我々はマスターのスキル発動の確認のために呼ばれたと?」
「ええ。それと汎用召喚獣である貴女たちにも意思があるのか確認したかったので」
「いし?」
ドリアードは可愛らしく首を傾げる。
「ええ。前の世界では貴女たちに自由意思があるようには見えなかったので、その部分を確認したかったのです」
俺がそう言うとヴァルキリーは少しだけ顔をしかめる。
「我々からすれば前の世界でも意思はありました。行動は確かに制限されていましたが、おおむね自らの意思で行動していました。そうですよね?ドリアード」
「うん」
二人からするとゲームの世界でも自分の意思で行動していたらしい。けれど、俺の攻撃した相手に追撃を重ねるだけでは足りない。とりわけこの世界では……。
「そうだったんですね。それは失礼しました」
「い、いえ!頭を下げられるようなことではありません!マスターは我々の主なのですからお気になさらないでください」
人の上に立つことに慣れてないので難しいです。
「わかりました。それで今後の話なんですけど、お二人には以前のように私が攻撃した相手に追撃をする以外のお仕事もやって欲しいのです」
「追撃以外の仕事……ですか?」
「ええ。哨戒、偵察、攻撃、防衛などの多くの事を貴女たちにもやって欲しいと考えています」
それができると今後の生活が非常に楽になる。
リーヴだけに頼る事も出来ないし、手数は多い方が良い。決して、マウント取られたくないわけじゃない。
俺の言葉に二人は互いの視線を合わせる。そして、俺の方に視線を戻すと疑問を投げかけてきた。
「それは構いませんが、マスターが敵と認識した対象を倒す方がマスターのお役に立てるのではないでしょうか?」
「最終的にはそうなんですけどね。でも、戦闘が始まる前の情報集めも十二分に大切なんです」
命がかかっている分、ゲームの時よりも慎重にならざるを得ない。
誰もが試合をしてくれるわけじゃないから、戦闘なんて回避するに越したことはない。そんで逃げるためには情報が必須。そのための人員・労力はたくさん使いたい。
「ていさつ、マスター、つたえる、できない。どうする?」
「う~ん、それについては課題だなぁとしか考えてなくて……。召喚獣同士では念話のような感じで離れていてもやり取りできるとか都合のいいことありませんか?」
「それは可能です」
「え、できるんですか?」
ダメもとで尋ねてみた機能がまさか存在するなんて思わなかった。
もうこれ異世界転移で召喚士が最適解になる日も遠くないな。あのゲームをこれから遊ぶ人は是非ともサモナーを選んでくれ。ゲーム内では不遇にされたけど、異世界では優遇されているぞ!
「我々のような召喚獣であれば元々、召喚獣同士のハイドチャットがあります。それを利用すれば離れていても情報の伝達は可能です」
心の中でまだ見ぬ後輩たちに届かない助言をしていると、聞き慣れない単語が耳に入ってくる。
「ハイドチャットとは?」
「マスターたちが確認できない情報伝達形式です。互いの行動の最適化を主として利用していました」
AIの自己進化プログラムって事か?
ヒルダたちのような特殊召喚獣に備え付いているのは知ってたけど、汎用召喚獣にも付いていたのか。
「そういう機能があるのであれば、片方を手元に残してもう片方を偵察に使う方法がとれそうですね」
「はい。それともう一つよろしいでしょうか?」
「はい。なんですか?」
「マスターは我々に自由意思があるのかを確認したかったそうですが、命令に従うだけの駒であれば我々に意思は不要ではないでしょうか?」
う~ん。なんだかすごい事を言い始めたなこの子。
自分で自分の事を駒と言い切っている上に自分の意思を不要と切り捨ててるよ。怖いなぁ。これが使い捨てのように酷使されてきた汎用召喚獣たちの価値観か。
「まず最初に正しておきますが、私の中ではヴァルキリーもドリアードも他の召喚獣たちに対してもコマという認識はありません。前の世界の時と同じように利用も運用もためらいなくしますが、それぞれの個を尊重しているつもりです」
これはゲームの時からそう。汎用召喚獣がどんなへんてこな動きをしようが、思い通りにいかなかろうが、“そういう行動ありき”で作戦を考えていたので、実は“召喚獣弾丸”はしたことが無い。
召喚獣弾丸とは残HPが低くなった召喚獣に対し、EXスキルにて自滅させて広範囲攻撃を行う戦術だ。スキル威力はおかしいし、再召喚はCTが回復していればすぐにでも行える。だからこそ、サモナー系のプレイヤーは好んでこの戦法を使っていた。
「それに貴女たちに自由意思があった方が私としても都合がいいのです」
「そう……でしょうか?」
「そうですよ。自分に意思があり、自分に主体が無いと行動の改善はあり得ませんので。改善しないのであれば、ヴァルキリーの言う通り意思がない方が楽でいいです。容赦なく使いつぶせますから」
「意思が無ければ改善はしない……ですか?」
「?ええ、改善とは他者をどうにかするものではなく、自分を直すものでしょう?自分の悪いところ、直すところを克服するためには自分で気づいて、自分を変えなければなりませんし」
システムやルールの改善も一つの手ではあるけど、最終的には自分で自分を変えないと何も変わらない。誰かのせいだと嘆いても現状は変わらないというのが俺の持論。俺は誰かのせいだと叫び続けている奴らが成長していく姿を見たことが無い。
「じぶん、かえる?」
「ええ。そうです。自分で自分をより良くするのです。同じ攻撃を何度やっても意味が無いのなら、敵を倒すために違う手段を見つける必要があるでしょう?」
「そのために自由意思が必要……」
「ええ。命令されるがままに行動するだけの機械では自分の反省点を見つめ直すことも出来ませんので」
だからこそ、この二人をはじめとする汎用召喚獣たちにも意思が合ったことは喜ぶべきことだ。あとは、彼女たちがどう考えるか……。
二人はそれぞれに考えるような仕草を取り、無言になる。ヴァルキリーは少し俯くだけだが、ドリアードはわかりやすく頭を抱えていた。
俺は悩む二人に微笑みかけ、逃げ道を用意する。
「まぁ、二人が命令に従うだけの方が楽でいいと言うのならそれでもいいですよ。自分たちに意思が有ろうと、それを無いものとして道具のように扱って欲しいのであれば、先ほども言ったように容赦なく使い潰します」
ここら辺は思い通りに成長して欲しいので、脅しも半分入れる。
なんせ実際に俺が彼女たちを道具のように使えるかはわからない。ゲームの中でさえ出来なかった事だから、現実的に考えて難しいかもなぁ。
そう考えると、自分への逃げ道も用意したくなるのが人間というもの……。
「ただまぁ実際のところ、私も何も考えなくていいのなら、命令に従うだけで留めたいですけどね。実際、その方が楽だとも考えてますし」
と、フォローに加えてちょろっと本音が出てきたところで後ろから魔の声がかかる。
「今の話は本当ですか?」
「キャッ!?」
耳元から聞こえた嬉しそうなリーヴの声に体がビクッと震える。
お化け屋敷でお化けに脅かされた時のように瞬時に距離を取って振り返ると、つやつやと頬を輝かせたリーヴがマグワートを抱えていた。
「え、リーヴ。どうして音も立てず後ろから忍び寄ったんですか?」
「そこはマスターの驚いた声が聞きたかったので。それよりも今の話は本当ですか?」
「今の話……とは?」
笑顔で聞き返すが、嫌な予感しかしない。この世界に来て一番変わったと思うのはリーヴの性格だな。
自分の人生の中で今までに感じたことのないタイプの恐怖を感じる。
「マスターは何も考えず、ただ命令に従うだけの方が良いのですか?」
「楽というだけです!どんな命令にも従うとは言ってません!」
「ですが、楽になるのであれば良いのですよね?私だけに愛を注いでくださるのであればマスターが何もしなくてもいいように図らいますがどうでしょうか?」
どうもこうもないよ。その申し出に素直に頷けるほど危機感捨ててないよ!
心の中でツッコミを入れていると、俺とリーヴの間にヴァルキリーとドリアードが割り込む。それはまるでリーヴから俺を守る様にリーヴの前に二人の守護者が立ちはだかっているようにも見えた。
「あ、あら?なぜか私、ヴァルキリー達に警戒されていませんか?」
「シグルドリーヴァ、あまりマスターを困らせるな」
「いえいえ、そんなつもりは一切ありませんよ。私はマスターがそう望むのであれば、お手伝いしようかと」
「マスター、じゆういし、だいじ。シグルドリーヴァ、マスター、いし、ふよう?」
「そういうつもりもありません!ただ、マスターがあくせく働く私のために毎夜毎夜、可愛らしく鳴いてくださるのであればどんなことでもしようと思っていただけで」
もうその発言がアウトだよ。
思わず俺が頭を抱えると、ヒルダやエイルも戻ってきた。
「これは……」
「どういう状況?」
まぁ、二人が首を傾げるのも無理はない。
ヴァルキリーとドリアードが初めて見せた自分の意思での行動は、リーヴへの不信感が解けるまで結構長く続いた。悪意が無い分、タチが悪かったことが原因だろう。
ある意味、汎用召喚獣たちの成長シーンとも取れるこの状況。
ただ……思っていた成長シーンとは違うなぁ。
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