第10話 エイル


 リーヴが森の中に消えた後、彼女が戻ってくるまでの間に三体目の特殊召喚獣を呼び出す。

 仲間外れは可哀そうだし、絶対にエイルも可愛くなってるという自信があるから。あと、スキルがグレーアウトしてないから(ここ重要)。


「『ユニークサモン』、エイル」


 他の二人と同様に天に魔法陣から小さな戦乙女が舞い降りる。

 種族はヴァルキリー、レベルは最大値の255、職業は【プリースト】。

 小学校高学年レベルの小柄な彼女は白銀に輝く翼を大きく広げ、ちょこんと地面に足をつける。僧侶系の清楚なローブを身に纏い、頭にはサークレット、足元はちょっと大きめのブーツと庇護欲を掻き立てるお姿。ロングタイプのローブの前側も閉じられているので見えないが、リーヴと同じく短めのスカートを穿いている。

 唯一のロリキャラも現実味を帯びるとただの子供にしか見えず、ゲームをやっている時よりも戦闘への参加をさせたくない気持ちにさせていた。これが庇護欲ってやつか。


「マスター!」


 召喚されてすぐにトコトコと走り出して、俺に抱き着くエイル。ヒルダが目を丸くしているが、俺はエイルを抱きしめ返した。


「おー!エイルはいつも通り可愛いなぁ」

「かわいい?エイル、かわいい?」


 一人称が“エイル”ってのもいいよな。現実世界にそんな小学生(高学年)はいないだろうけど。最近の子供はほんと大人びているからなぁ。

 性格設定も子供になるようにしているんだが、思惑とちょっと外れてちょっと好戦的になっている。不思議。


「あら、エイルも呼んだんですね」

「おかえり。シグルドリーヴァ……うぁお」


 頭に矢が刺さったウルフ三頭を抱きしめてる巨乳エルフ。アニメとかだとあり得そうだけど、実際に見るとこんなにもグロく見えるんだ。中身も飛び出してないのに血に塗れているだけでスプラッタな印象になる。

 あと、ウルフの頭に刺さってる矢が全部一本ずつってのが恐ろしい。え、何をどうやって一撃で相手を行動不能にしたの!?


「命令通りのウルフです」

「う、うん。ありがとね」


 気を取り直して検証に戻る。ゲームではウルフを狩った時に死体は消えて、ドロップアイテムがバッグに収められる。その便利機能は舞台が現実世界になったせいで消えてしまったようだ。

 うっわ、これ本当に解体すんのか。毛皮三枚で討伐確認って言ってたからメンドーだな。

 俺がそんな事を思っていると、リーヴはウルフを地面に落とし、にこやかな笑みを浮かべて俺に近寄る。間に挟まれたエイルがキョトンとしながらリーヴを見上げていた。


「それだけ……なんですか?」

「うん?」

「感謝の言葉だけでも確かに嬉しいんですけど、使役するならもう少しご褒美が欲しい所です。従者のやる気はそれなりに大事ですよね?」


 言われてみればその通りなんだけど、何を言わせたいんだろうって疑問しか湧いてこない。

 はっきりと召喚有無を盾に無理やり従わせるのも一つの手だ。けれど、リーヴのような索敵性能を持つ子はあんまり手放したくない。

 って所まで読んだ上で、報酬を要求してそうで怖い。


「そう……だね。シグルドリーヴァ、なにか欲しいものはある?」


 俺がそう尋ねると、彼女はそっと自分の唇に血まみれの人差し指を添わせる。


「従者の欲しいものを与え続けるのは確かに有効な手ですが、いずれ無理が生じます。それなら主たるマスターがご自分で決めた報酬を従者に与える方が良いのでは?当然、報酬に不満があれば従者と言えど文句を言いますけど」


 クッ……、人を雇う側になったことないからその辺の相場を知らない。そもそもリーヴとか召喚獣って金で動くものでもないだろうし。

 僅かな時間で盛大に悩んでいると、リーヴが艶めかしく口を開く。


「マスター?」

「はい。ごめんなさい。主なのにそういう報酬面とか今まで一切考えたことなかった。しかも、すぐに思いつかないダメなマスターです。シグルドリーヴァ、今だけお願い。何か欲しいモノを言って」


 本当なら従者などにこんな泣き言を吐くのは上に立つ者としてNGだ。けれど、突如訪れたリーダーとしての責務に俺は十二分に混乱していた。

 俺の泣き言にクスリと息を吐くリーヴ。そしてもう一度、自分の人差し指を唇の輪郭をなぞる様に這わせてから口を開く。


「そろそろ気づいて欲しいのですけど」


 どこか挑発するような声色。彼女の仕草から何かを読み取れと?エロゲの知識のせいで“キスして”って仕草にしか見えない。でも、女同士で……あぁ、がっつり男認定されてて、さっき普通にキスされたなぁ……。

 先ほどの記憶が蘇り俺は呆れてしまう。見た目って大事じゃないのかな。いや、好きな相手が同性であるか異性であるかは人それぞれなわけだし、見た目が女性でも男性でも相手が好きなら気にならないのか。気にならないのか?


「シグルドリーヴァ、一応聞くけど私にウルフの血で赤く染まった貴方の唇にキスをしろと?」


 未だ答えの出ないまま、俺は時間稼ぎの言葉を投げかける。すると、その裏を読んでるかのようにリーヴは即答した。


「それを行ってみせるのも主の器量では?」


 クッソー。そう言われたらしないとダメじゃん!真面目な話、俺の場合は召喚獣のやる気が下がると途端に弱くなる。

 こういう場で行動が遅れて、彼女たちのやる気を削ぐのは避けたい。

 俺が変に覚悟を決めてリーヴに顔を向けると、ヒルダが間に割って入ってくる。


「おい、シグルドリーヴァ。マスターをあまり困らせるな」

「ブリュンヒルドは関係ないでしょう?私やエイルがいない間に随分と美味しい思いもしたようだし」

「なッ?!そ、それは今のこの状況と関係ないだろ」


 声が上ずってるよヒルダ。絶対に顔を真っ赤にさせてるでしょキミ。それだと俺が報酬としてエロいご褒美をあげていたようじゃないか。


「わかったわかった。ブリュンヒルドもありがとうね」


 俺はため息交じりにヒルダの体を右手で横に押す。そして、エイルの体に体重をかけないように注意しながら、リーヴの顔を左手で引き寄せて唇に唇を重ねた。ちょっと鉄の匂いがした。うへぇ……。


「ごちそうさまでした♪」

「ウルフを狩ってきた女の子に狩られた気分」

「ねぇねぇマスター。エイルもちゅーしたい」


 なんら疑問を持つことのない純真無垢なエイルは直球の欲望を俺に向けてきた。

 もういいよ。女同士とか、心は男とかどうだっていいよ。そんな投げやりな気持ちで唇についたウルフの血を少し拭い、身を屈めてエイルの唇をついばむ。

 嬉しそうに微笑むエイルを見てから、ちょっと羨ましそうにしていたヒルダの頭装備を無言で解除し、顔を引き寄せて唇を奪ってやった。

 部下に手を出してしまったことを後悔するつもりはない。自分でつかみ取った業としてこれからも背負ってやる。ちくせう。


 んで、俺は三人とキスをしたのちにウルフの解体を始める。

 鶏とか、鹿の解体はやった事あったので、似たような手つきで首を落として逆さに吊るし大雑把に血抜きをする。その後、腹を掻っ捌いて内臓を取り出した。

 爺ちゃんや婆ちゃんと狩りに行った時にはこの後に川に放置してキチンと血抜きをしていたんだけど、川が無いので割愛。

 まだ生暖かい状態のまま彼らの一張羅たる皮を剥ぐ。剥いだ皮から肉を削ぎ落し、塩を塗り込んでとりあえずは完成。

 という、作業を三人に対して解説付きで行い、残りの二頭はリーヴとヒルダに任せる。


 剥いで塩を塗り込んだ皮はバッグに収め、残った肉類はエイルと共に丁寧に切り分けてブロック状にして同じように塩を刷り込む。今、切実に弱い水魔法が欲しい。


 三頭分の解体作業を終えると全身血まみれの四人の美少女が出来上がっていた。スプラッタ。

 俺は流れるように全員の装備を一旦解除。森の中に四人の美少女が下着姿になるという事案を発生させてから、再装備を行うと血で汚れた装備が新品同然に戻っていた。


「昨日も確認したけど、この仕様は本当に助かるな」

「このまま全員と生命を感じる儀式をするんじゃなかったんですね」

「残念そうにしないでシグルド……」


 と、そこで言葉を止める。

 今まではゲームだったし、互いの呼び名はフルネームで固定されていた。なんとなく口から出る名前もフルネームで違和感なかったけど、心の中ではゲーム内で使われていた愛称で呼んでいる。現実的にフルネームで呼び合う関係ってどうなんだろう。


「リーヴ。ヒルダ。エイル」


 それぞれの顔を見ながら呼び名を変えて名前を呼ぶ。すると、なぜか二人の表情が明るく変化した。


「マ、マスター。その呼び方は」

「愛称……というものですか?」

「あれ?エイルだけ……変わってない?」


 エイルは元が三文字なんだもん。しょうがないじゃん。逆に残りの二人がどうしてそんなに嬉しそうなのかも問いただしたい。

 俺は一旦その疑問を胸の奥底に追いやって、エイルに理由を説明する。


「三人とも三文字で納めるのがちょうどよかったから。エイルはエイルって呼ばれるの嫌?」

「そうじゃないけど……。二人はなんか嬉しそうなのにエイルはあんまり変わらないから」


 自分だけ仲間外れにされた感じがして心細いんだろう。可愛いな。

 俺はしゃがみ込み、心細そうにしているエイルに顔を近づけてさらに言い訳を重ねる。


「でも、エイルだけ特別だよ。エイルだけフルネームで呼ばれ続けるんだから」


 こういう特別感を強調するのって悪手だよな。競争させんならいいかもしれないけど、無駄な軋轢を生むきっかけにしかならない気がする。そう思っていると、エイルがちょっと嬉しそうにはにかんで俺の首に腕を回し抱き着く。


「エイルだけ特別?」

「うん。エイルだけ特別」


 俺が繰り返し言うとエイルは俺を抱きしめる力をちょっと強めて嬉しそうに唸る。

 小さい子に抱きしめられながら、俺が二人を見上げると片方は面白くなさそうに眉をひそめ、もう片方は言質を取ったと言わんばかりに口角を上げていた。

 リーヴさん、本当に余計なことしないでくださいね。


「この話はこれで終わり。ヒルダ、リーヴ、エイル。時間はあんまりないんだから他の確認もスパッとやっちゃうよ」

「はい」

「は~い」

「はーい!」


 それぞれの胸中になにかわだかまりを残し、森の中で出来る限りの確認を行った。


 いやさ。無理だって。

 いきなりマスターとして適切な行動しろとか万能最強主人公じゃないんだから無理だって。

 あ~、どっかにご都合主義って売ってないかな~。


 そんな弱気な弱音を心の中で叫んだが、誰にも届くことは無かった。当たり前だな。

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