第9話 シグルドリーヴァ
俺たちは城内で大きな金貨を受け取り、馬車にて城外へと運ばれた。
帰りはアルバート氏のお見送りではなかったことからある程度の信用は得られたと考えたい。あの人が単に忙しいってだけかもしれないけど。
送ってくれた騎士に「行き先はギルドで」と伝えたおかげで難なく目的地に着くことも出来た。
「ありがとうございました」
「いえ、こちらこそアンデッド討伐ご苦労様でした」
騎士に礼を言うと、騎士の方からもお礼をされる。俺は彼に微笑み返すと、騎士は少し顔を赤く染めてから、馬車を操ってこの場を去った。美少女ってお得だな。
ギルドに入る前に人目を気にして近くの路地裏に隠れ、装備を変更。
ブリュンヒルドは完全武装の戦闘装備に変更し、俺もメイド服へと戻って、武器(デッキブラシ)を片手に持つ。
ギルドの建物に入ると、俺のメイド服姿の場違い感もしくは白い翼を持った全身鎧の亜人が珍しいかったのか多数の視線を感じた。が、そういう視線はマルッと無視して受付っぽいところに進む。
カウンター越しに綺麗なお姉さんと話をしてヒルダと共に登録受付をつつがなく済ませ、無事にギルド冒険者(カッパー)となった。ちなみに文字は普段通りに日本語(カタカナ)を書いたら首を傾げられたので、受付のお姉さんに代筆をお願いしました。
個人的に古株ギルド冒険者にイチャモン付けられるとかいうイベントっぽい出来事が無かったのは非常に残念だ。みんな遠目に見るだけで新人に興味なさすぎ。
それが普通って正論は夢を壊すのでやめて頂きたい。
「さぁて、そろそろ戦闘スキルの検証・実験を始めますか」
そして今は森の中。街中でまぁまぁな量の塩を買いバッグに収納。シュトラーゼン城下街から少し移動した位置にある小さな森にクエスト遂行がてら来てみました。
「受けた依頼は二日間という期限の中でのウルフの討伐三頭。だけど、私たちには確認することが山積みです」
「何をするのでしょうか?」
ヒルダの純粋な質問に俺はニコリと笑みを浮かべる。
「まずはブリュンヒルドの帰還ですね。ブリュンヒルド『帰還命令』」
「え?」
いや、そんな悲しそうな表情しないでよ。すっごく悪い事している気分になるじゃん。
そんな風に俺の心に大きなダメージを与えて、ヒルダは足元に出現した魔法陣と共に光となって消えていった。
「帰還エフェクトは一緒……と」
ただし、『帰還命令』時の罪悪感は断然こっちのが上……と。心の中のメモ帳に書き記しておく。
「次は『ユニークサモン』、シグルドリーヴァ」
続いて別のスキルリングに登録されている特殊召喚獣を呼び出す。天に魔法陣が出現し、その中心から大地に降り立つように光輝く翼をはためかせる。
種族はヴァルキリー、レベルは最大値の255、職業は【レンジャー】。
白銀に輝く翼をはためかせ、地面に足が付いた際に蒼銀の胸当てからこぼれそうな胸が大きく揺れる。耳がピンと長く尖り、ベレー帽のような帽子をかぶっており、蒼銀のロングヘアがさらさらと揺れていた。
レンジャーとは思えない短いスカートのせいで、真っ白な太ももがとてもエロくて素敵。見た目の大元は当時やっていたPCゲーム(18歳未満お断り)のせい。だから、翼の生えた銀髪巨乳エルフにも見える。
リーヴは静かに翼をたたみ、ニコリと微笑むと軽く頭を下げる。
「マスター、何なりとご命令を♪」
声はヒルダよりもおっとりとしており、お姉さんっぽい感じ。
ちなみに、ヒルダは生真面目なクーデレを意識して性格設定をしているのに対し、リーヴはストレートにエロいお姉さまを意識して性格設定をしている。その辺がどう影響されるのかも気になる所(エロい意味は無い)。
「シグルドリーヴァ。早速、エリアサーチとエネミーサーチをお願い」
「畏まりました。『エリアサーチ』、『エネミーサーチ』」
リーヴのスキル発動と共に俺の広域マップの踏破していない黒部分が消え、半透明の地図に書き換わる。そして、小マップ内にいる敵性生物が赤い四角のマークとなって表示される。
「エリアサーチ・エネミーサーチ共にマスターである私にも効果が反映されてる。効果範囲も同じか。ってことは、この辺はゲームでの仕様と変わらない。良かった良かった♪あ、シグルドリーヴァの方はこの周辺の地形と敵性生物の位置関係、ちゃんと把握できてる?」
「はい。普段と変わりなくできてますよ」
やっぱりそこも“普段と変わらず”なんだ。
見た目はゲームキャラを人間化したような美人さん。胸の大きさが人間サイズではない気もするけど魅惑的な谷間がまぶしい。まぁ、日本に居なかっただけでIカップって外国には普通にいるのかもしれないけどさ。
女になっても変わらない価値観。谷間の中には夢が詰まってる。
そんなくだらないことは置いといて、リーヴへの確認を始める。
「ちなみに、ここがどこだかわかる?」
「さぁ?いつもとはちょっと違う気もするので新しいイベントステージですか?」
「それが……」
リーヴにここがいつもの世界とは異なる世界だという事を説明する。そして、ゲーム内での拠点会話の記憶などを聞いてもヒルダと同様に覚えていた。
ただ、イベントステージの事も理解していたが自分のいた世界がゲームの中という事を伝えるとそこは首を傾げていた。彼女にとってゲーム内の世界は自分の生まれ故郷らしい。
「異なる世界……ですか。なんだか実感が湧かないですね」
「こっちは凄く実感湧いてるけどね」
主にキミたちの見た目と追加された肉声ボイスのおかげで。
「というと、今の確認はスキルの発動が上手くいくかという意図でしょうか?」
「そうそう。スキルの発動と効果の確認。それに加えてみんなの記憶の確認もかな」
「私たちの記憶ですか?」
「シグルドリーヴァみたいな特殊な召喚獣が向こうで経験してきた戦闘の数々。それに拠点での会話記憶をどれほど持っているか。それを持ってるかどうかで、現状でやれることがいろいろと変わるし」
「なるほど。今は他の三人が見当たらないようですが、もうあの子たちは召喚したのですか?もしかして、私が一番だったり?」
どこか期待を込めた視線を俺に向けるリーヴ。クッ……この男殺しの視線は女の俺には効かない。効かない!あぁもうダメ!体が疼く!
だけど彼女の期待を裏切る現実を彼女から視線を逸らして告げる。
「ブリュンヒルドを先に召喚しました」
「そうでしたか。まぁ、あの子は優秀なタンクですから仕方がないですね。私のようなレンジャーはこういう森やダンジョンでこそ真価を発揮するものですし」
ちょっと寂しそうにしながらも納得する仕草を見せるリーヴ。しかし、ススッと俺に近づいて、俺の両頬を両手で挟み、堅い胸当ての先端を俺の鎖骨あたりに押し当てて上から覗き込む。
「それでも寂しいは寂しいので埋め合わせはしてもらいますね」
俺の回答を待たずにリーヴは俺の唇に自分の唇を重ねた。時間は一秒も無いくらいの文字通りの一瞬。それでも呆ける俺の表情を見て満足そうな笑みを浮かべると
「次に寂しい想いをさせたらマスターの大事なものを貰っちゃいますからね」
「ちょちょちょ!女同士でしょ!?気軽になんてことをするのさ!もう!」
クッソ破壊力あるなぁ。
なんで俺は今、女なんだ。なんで前の肉体を持ち越さなかった。
懐かしい俺の息子がいれば即座に戦闘態勢になっただろう。女の今でも鼻の頭が熱い。アニメとかなら鼻血出てるレベル。
驚く俺に対し、リーヴは首を傾げる。可愛い。
「あら?マスターは男性ではなかったのですか?」
「うん?」
リーヴの言葉に思わず自分の体に視線を向ける。
え、今俺女だよな。自分の胸をわし掴むと控えめながらもしっかりと柔らかい感触が手に伝わる。うん、大丈夫。女だ。
「え、なんで俺が男だって……この姿、女に見えない?」
胸の小ささがここで災いしたのかと後悔する。
「いえ、可愛らしい女性ですよ。ただ以前、ギルドの集会場でそのような話をなさっていたので」
「あー、そういう記憶も残ってるのか」
集会場だと見せびらかす為だけに召喚しただけで彼女らと会話したことはなかったから確認予定項目から漏れてたな。拠点装備によるファッションショーや他の特殊な召喚獣の品評会など、完全に自慢目的で召喚していたからな。うっわ、そん時の会話も記憶に残ってるのか。
「まぁでも」
「うん?」
リーヴが艶めかしい仕草で自分の片方の口角を指で上げる。
「マスターなら男性でも女性でも関係ありませんけど」
「はいはいはい!さっさと次の確認に移るよ!『ユニークサモン』、ブリュンヒルド」
心を鬼にして次の確認に移る。このままリーヴと二人っきりはマズい。そう本能が告げたため、再度、ヒルダを召喚。完全武装状態のヒルダが再び大地に降り立つ。
これはゲームの仕様とは異なる動きが本当にできるのかの確認だ。
ゲームでは度重なるアップデートの結果、ユニークサモンの同時召喚が出来ないようになっている。だから、一体でも特殊召喚獣が表に出ていると、スキルリングのスキル使用が出来ないようにグレーアウトされる。
昨日、今日と他のスキルの有無や使用可能・不可能の確認をしていた時にスキルリングがグレーアウトになってなかったので試してみたんだが、どうやら初期実装状態と同じく同時召喚は可能らしい。
「ブリュンヒルド」
「はい。マスター」
「さっきの帰還命令からそんなに時間は経ってない。今朝の事を覚えてる?できれば詳細に語って欲しいんだけど」
これが三つ目の確認。帰還によって記憶が無くなるかどうか。つか、これが一番大事だったりする。
ヒルダは俺の言葉を受けためらう様に間を開け、おずおずと口を開く。
「け、今朝は起きてすぐ……マ、マスターの……唇を見ました」
「うん?」
申し訳なさそうに告げられた言葉に俺の笑顔が固まる。しかし、ヒルダの方はまだ言い足りない様で一度だけ深呼吸をした後に説明を続ける。
「プルプルと柔らかそうな唇にとても触れてみたくて……。でも、そんなはしたない真似も出来ませんので布団の中で我慢していたところ、マスターが背筋を伸ばした際にちらっと乳首が見えて……。そ、その……こ、興奮しておりました」
そういう話を聞きたかったわけではなかったのに、ものすごい暴露が行われた。女の子が女の子の胸見て興奮しちゃったよ。現実感あるって思ってた矢先に現実味のない百合系シチュエーションが出て来ちゃったよ。
こういう話は兜を脱いでいる時に聞いておきたかった。
「あらあら、ブリュンヒルドだけ羨ましい」
「シグルドリーヴァ。今はそういう発言禁止」
「はぁい♪」
森の中でいやらしい気分になるから禁止。
こんな虫も動物も砂ぼこりもある中で盛ったらダメ!やるならちゃんと屋内で……ってそういうことじゃない!
「アルバートっておじ様は覚えてる?」
俺が話を戻すと、ヒルダは先ほどまでの恥ずかしそうにしていた雰囲気を一瞬で元の状態に戻す。
「ああ。あの男の事は覚えております。マスターの美しさに目を奪われ、一瞬でも心を浮かせた愚かな男。あと、謁見の間にて絶えず私を威圧していました。何度、剣を抜こうと思ったか」
知りたくなかった情報がいくつも出て来る。っつーか、謁見の間でそんな事してたんだあの人。まぁでも、威圧しておく必要もあるのか。
いや、あったか?うん、あったな。ヒルダの方が周りを威圧してたんだから仕方がない。
「まぁ、いいや。記憶は保持される……と。あー、ブリュンヒルドも私の事を男性だと思ってたりする?」
一応、確認してみる。すると、ヒルダは可愛らしく首を傾げて
「はい。え、マスターは男性ですよね?」
彼女たちの中で男性と女性の定義はどうなっているのかも確かめたくなった。
けど、その辺をはっきりしてしまうとおそらく後ろで微笑んでいるリアル狩人に火をつけかねないので黙っておく。
ついでに細かい事を気にし続けてると、傾きかけた夕日がバイバイしちゃうので検証を優先させる。
「シグルドリーヴァ。さっきのエネミーサーチで引っかかった敵性生物の内、ウルフのみを狩ってきて。数は三体で、狩った獲物は可能なら全部持って帰ってきて」
「はい。畏まりました」
笑顔で返事をしてすぐにリーヴは森を駆けていく。
驚くほどのスピードで森の中に消えていくリーヴを見ながら、ヒルダに気づかれないようにホッと胸を撫で下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます