第8話 王への拝謁


「こちらで少々お待ちください」


 城内へと入った俺たちは馬車を降りて客間へと通される。


「お時間はそれほどかかりませんが、何か御用があれば入口に騎士を付かせていますのでそちらに。それでは」


 アルバートはそれだけ言うと退室し、ドアを閉める。

 部屋の中に監視役の兵はいない。俺とヒルダのみだが、ある程度は見られていることを意識する必要がある。

 そんなことを考えながら部屋の中を見渡していると、ヒルダが俺の肩を引いて耳元に顔を近づけてくる。


「敵陣の中です。武装しますか?痛ッ」


 言いたいことはわかるけどそういう不穏な発言はしないで欲しいという意味を込めて、ヒルダの頭をちょっと強めに小突く。


「ただでさえ不必要に疑われているのですから敵陣とか言わないでください。あと、武装も不要です」


 実際のところ、瞬時に着替えることのできる方法があるから武装の必要性はあんまりない。なんかあれば装備欄を拠点装備から戦闘装備画面に切り替えるだけで良いからな。

 ちなみに、馬車の中で確定したけど自分が開いているコンソール画面が他人に見えない仕様は変わっていない。

 そしてそういう説明を“敵陣”の中で出来るわけもないので、ダメという事だけを伝えておく。


「うぅ……。申し訳ありません」


 ちょっと涙目になっているヒルダ可愛い!

 変な方に思考を飛ばして涙目のヒルダを堪能している間にドアからノック音が聞こえてくる。


「はい」

「お待たせいたしました。少々、私が思い描いていた事とは異なるのですが、こちらへどうぞ」


 アルバートはどこか納得していない感じで俺らを部屋の外へと案内する。彼について歩いていくと、いかにもな感じの仰々しい扉の前に辿り着いた。

 そこでアルバートは困った風に眉を寄せて、忠告をしてくれる。


「これからお二方は王と謁見をします」

「謹んでお断りしたいです」

「残念ながら王自らのお申し出です。再三の注意にはなりますが、変な事を考えないようくれぐれもお気を付けください」


 全然ためにならないアドバイスと同時に扉が開く。


 まさかの引き戸構造にビックリ!

 その持ち手で引き戸にした理由って何!?いやまぁ、開けにくくて攻められた時に時間稼ぎできそうだけどさぁ!

 驚きを胸の中に隠し、至って冷静な態度を装ってアルバートと共に部屋に入る。


 いや、もう異世界に行きたいっていう奴らなら大喜びしそうな厳かな雰囲気の謁見の間。

 俺が立っている場所よりも高い場所に作られた玉座。その一番偉い奴が座る椅子にどっしりと構えているのはいかにもな髭を蓄えた豪華絢爛な衣装を身に纏う老人。その目、その表情、その風格が“王”の器量を表していた。

 まだそんなに距離近くないのに威圧感が凄い。ヒルダも一瞬で目が戦闘態勢に入ってる。


「ブリュンヒルド、今は落ち着いて」

「はい……。大丈夫です。我慢してます」


 それ爆発寸前の合図にしか聞こえない。不安しか感じないその返答に冷や汗をかきながら歩き続ける。

 ある一定の距離まで近づくと、アルバートは足を止めて俺らに制止の合図を出す。


「陛下!昨日の件でアンデッドの群れを掃討した二人をお連れしました」


 キビキビとした動きで俺らを紹介するアルバート。それに少し遅れて俺はスカートのすそを少しつまんでお辞儀をする。

 いや、いくらメイドをやってたからって本職じゃないし。コスプレイヤーと比べる事さえおこがましいレベルの奴に目上に対する礼儀とかある訳が無い。それで何度、会社の上司に物理的に叩かれた事か。


「アルバート、よくやった。して、その方らが件の戦士か?些か、可愛すぎるようにも見えるが」

「見た目は確かに可憐な女性ではありますが真実です。昨日の夜、スケルトンの群れおよびスケルトンナイト、スケルトンドラゴンを討伐。そして、私の目の前でリッチーとなったドルイドを討伐しております」


 アルバートの説明を聞いて王は目を細める。

 威圧感が凄いのもそうだが、何でも見通してますって感じのあの目が恐ろしい。歳喰ってるせいか?


「そうか、よく来た異国の客人よ。まずは礼を言おう。この地を侵さんとする悪人とその配下のアンデッドの群れを倒してくれた事、誠に感謝する」


 王の威風ある言葉を聞きながら、彼の周りを観察する。王の傍にはアルバートより少し若く見える偉丈夫が一人。そして、玉座よりも低い位置に数人の老人共がエラそうに立っている。左右に三人ずつおり、全員の表情が一様に怪しんでいた。

 着ている服から大臣とか文官っぽい感じかな。


 ついでに言うと、部屋に入った時に感じた複数の視線は兵士がこの部屋の至る所で待機しているせいだろう。ヒルダが警戒態勢に入ったのは彼らの監視のせいもあると思う。


 王の言葉から少し間を開けて、俺は“何事も無かった”かのように微笑む。


「まさか王様と会えるだけでなく感謝の言葉を頂けるとは。フフフ、人生何があるかわかりませんね」


 礼を失する態度。だけど、付け焼刃の敬語や態度なんてどうやってもバレるだけ。下手に演技をするよりはストレートに言った方が良い。ダメなら逃げる。

 そんな俺の態度に大臣の一人が声を上げる。


「王の眼前なるぞ!なんという口の利き方だ!それと拝礼を捧げるという事を知らぬのか無礼者!」

「構わぬマゼラン。その者はこの国、この街、この城を守った英雄。些末な無礼はすべて許そう」

「クッ……王がそのように仰るならば」


 マゼランと言うお爺ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔で引き下がる。つか、昨日から出会う奴らの爺さん率高いな。


「自己紹介が遅れたな。私はこのカタロニア国国王“カルマン”という」

「カルマン様。私の方も名乗りが遅れましたね。私の名前はマナ。こちらの娘はブリュンヒルドと申します」

「マナ、ブリュンヒルドか。ふむ、私はあまり腹の探り合いをするのは好きではなくてな。率直に尋ねよう。マナ、ブリュンヒルド、お前たちは何の用があってこの街に訪れた?」


 無造作な質問に俺は一瞬だけ固まる。

 アルバートからの報告はもちろん聞いているはず。その上で王が自ら会うと決め、その対策として兵士を配置したはずだ。

 なのに、聞いているはずの情報を再度確かめている。


 なぜ?

 報告の内容に疑いを持っている?それとも、俺が他の理由を口にすると思っているのか?

 どちらにせよ“誤魔化せば詰む”と考えるべきか。


「昨日、アルバート様にも御話致しましたが私自身も詳しい事情は分かっておりません。恐らくは私のいたニホンという国で使用していた転移魔法の失敗によりこの地に飛ばされたものかと。その先で偶然アンデッドの軍勢に遭遇、気まぐれで掃討を行っただけです」

「なかなかに良い偶然だな。まるでこちらの信用を得ようとしているようではないか」


 ですよね~。

 俺も思った。だから、報酬を渡す際には“何かある”と思ってたけど、まさか王様が出て来るとは思わないだろ普通。


 まぁ、目の前にいる王様が理由もなくそんな事をするような人物には見えない。

 周りの人間も王様のワガママに付き合うだけのボンクラとは思えない。

 十中八九、試されている。


「そうですね。でも、意図して信用を得たいのならこの街が多少なりと破壊されてから助けた方が良くないですか?」

「ほぉ?それはどういうことだ?」

「この国の主要都市にダメージを与えつつ、恩を売ればより大きな信用を得られます。同時にあえて疲弊させて復興のタイミングを監視しつつ、本国に連絡を取って攻める方が個人的には楽な気がするのですが」


 って言っても、ケースバイケースだ。

 問題はいつまでの、どの程度の信用を得たいのか。目的が異なれば、助けるタイミングも変わるだろう。

 ま、そもそも戦争なんて知らないからほぼ当てずっぽうだけどね。


「なるほどな。では、アルバートについてきたのは単純に報酬を得るためだと?」

「ええ。まさか王様と謁見する羽目になるとは思いませんでした」


 苦笑いを浮かべる俺に対し、マゼラン氏は再度沸騰しそうなほどの怒りを表情に出すが、何とか踏みとどまる。

 逆に王様の方は口元が若干緩んでおり、嬉しそうに見えた。


「先ほど転移魔法の失敗と言っていたな。そなたの国では斯様な一般人にも転移魔法を使わせるのか?」

「ええ。我が国では公共転移魔法は誰でも利用できる公共交通機関の一つです。まぁ、行先によってはお金を取られますが」


 街から街までの移動にも金かかるしな。あの仕様には賛否両論あったけど。


「なるほど。それで自国に帰る目途は付いているのか?」

「いえ、流石に転移してから一晩しか経ってませんし、現段階での帰国の目途は全く……。ただ、状況から見るに可能性は絶望的かと」

「なぜだ?」

「まず、私のいた国は先ほども申し上げた通り“ニホン”という遠い異国の地です。周辺諸国と比べても小さな国なので、この国から自国まで自力で帰るのは難しいでしょう」

「ふむ……。それではここで報酬を受け取った後はどうするつもりだ?」


 王様の言葉にアルバートを始めとする多くの臣下に緊張が走る。

 嫌な気配感じ取っちゃったよ~。これ返答次第で戦闘始まるの?やめてよもう面倒くさい。


「ここで暮らすためにまずは仕事探しですかね」

「ほぉ?日銭を稼ぎつつ、自国へ帰る方法を探すという事か?」

「え?いえ、普通にここに骨を埋める覚悟ですが?」


 首を傾げて答える俺に王は少し心配そうな表情になる。


「いや、時間をかけて探せば帰国の手掛かりがあるかもしれないだろう。探そうとは考えないのか?」

「まぁ流石に今の時点で帰国手段が無いと言い切るには早すぎますけど、そもそも帰国を急ぐものでもないですし」


 それに別の理由もあって帰る方法を探していいものかとも悩んでいる。よしんば戻れたとしてもキチンと謝恩金をくれるというこの国を売りたくはない。

 あと、事前説明なしの使いっ走りってのは本当に嫌い。事前説明があったとしたらこんなところ来たくなかったし。

 ぶつぶつと誰とも知らぬ相手に向けて恨み言をつぶやく。もちろん心の中で。


「そなたは故郷に帰りたいとは思わないのか?親兄弟が向こうに残っているのではないのか?」


 王様にそう言われて考える。

 向こうには両親と弟夫婦、妹夫婦が地元と東京に住んでいる。まぁ、両親は弟夫婦が面倒見てるし、一番下の妹は旦那とラブラブ。別に俺があっちに帰る理由にはならないなぁ。

 じゃあ、会社はどうだ?三流大学出身の俺を拾ってくれた恩を笠にこき使いやがって。それでも俺の同僚も先輩も後輩もそれほど心配とは思えない。俺がいなければ奴らでどうにかするだろう。


 十分に頭の中でシミュレートをして、心配はされるだろうけど俺自体は心配だと思わなかった。よし。


「親兄弟は健在です。だけど、仮に帰国の方法が分かったとしても、その時にこちらの方が住みやすいと思っていればこの地に留まるでしょうね」

「残した家族が心配ではないのか?」

「私自身は故郷で結婚してませんし、弟も妹もすでに成人していて自分の生活を持っています。両親の面倒も弟夫婦がやっているので心配してませんし」

「家族がそなたの身を案じているとは思わないのか?」

「流石に心配はしていると思いますが……」


 逆に心配されてないとか言われると悲しいな。


「けれど、独り立ちした子供がどこで生活するかは子供の自由でしょう?“無事だ”という手紙も出せないのは心苦しいですけど、頼りが無いのは元気な証拠とも言いますし。あ、これはウチの国で使われていることわざ。知恵みたいなものですね」


 俺の言葉に王様は立派なアゴ髭をひと撫で。表情には若干の諦めが浮かんで見える。

 んー、真意はわからなかったけど、何となく察するに帰国させたかったのかな?

 俺の利用価値を試すためにここに呼ばれたんだと思ってたんだけど、もう一歩踏み込んでたりするのか?


「そうか。まあ、この国は豊かで住みやすい。作物などの実りもそうだが、各領地が運営しておるギルドを始めとし、国家に属する仕事は多い。その甲斐もあって失業者も減り、飢える者は近隣国に比べてもはるかに少ない。永住するには理想的だと自負しておる」


 おっと、怖いなぁ。ただの自慢話にしか聞こえないけど、それが事実なら実現させている手腕がここに揃ってるって事だ。目の前の国王もそのそばに立つ騎士も周囲の大臣も王の言葉に揺らぎもしない……。絶対に敵に回したくない奴らかも。


「一応尋ねるがフランシェス皇国、アンゴウラ万国、バレンティン教国との関りは無いという事で良いな?」

「ありません」


 これもアルバートに教えていた内容の確認か。

 余計な話も交えてはいたけど、どこぞで嘘発見器やマインドリーディングみたいな魔道具・魔術が行使されているって認識は間違ってなさそう。誤魔化しなんてしなくて良かったぁ。


 ただ、当然の如く俺から見える場所にそういう道具は見当たらない。

 周囲の人間が行使している雰囲気もない。ってなると、王様自身が嘘発見器?

 そう考えると、王様自身が出てきた意味も分かる。けど、最悪の状況を想定すればわざわざそんな事はしないって思うんだけどなぁ。


「ふむ……」


 王様はそう呟くとマゼランに目配せをし、彼がそれに対して小さく頷く。


「時間を取らせたな。下がって良い。此度の報酬は別室に用意しているから、それを受け取ると良い」

「ありがとうございます」


 俺はそう言って頭を下げ、ヒルダも少し遅れて頭を下げる。十分に時間が経ってから頭を上げ、軽く一礼をしてからこの場を去った。

 周囲の騎士に動く気配はない。変に力試しされなくて良かったけど、ある意味拍子抜け。こういう場での力試しは様式美だと思ってたけど違うようだ。助かる。

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