第7話 王城への連行イベント


 そうしていろんな街中検証を終えた後に宿に戻ると、アルバートが既に宿前で立っていた。


「アルバートさん!」

「マナ…………さん。慌てなくても大丈夫ですよ」


 別に遅刻したわけではないけど、待ち合わせ相手が先に付いているとちょっと小走りになってしまう系日本人の俺。なんか一瞬アルバートの顔が呆けた感じになってたけど、なんかあったか?

 俺は真っ先に自分の姿に変な所はないかをチェック。その後、ヒルダの見た目をチェック。うん、食ってたものの汁とかソースが飛んでいるという事態は無しと……。

 食べ歩きあるあるの“気づいたら服にソースがッ!”は回避していたようでひとまず安心。アルバートの方も時間が経ったからか表情が和らいでいた。


「えと、時間には遅れてないと思うのですが」

「大丈夫です。我々の方が早く着くように馬車を動かしてきたので。それにそんな綺麗な姿で転んだりしたらせっかくのワンピースが汚れてしまいますよ」

「アハハ、心配して頂きありがとうございます」


 笑顔で礼を言うと、アルバートは口元に手を当ててから咳ばらいを二回する。そして、馬車への道を開けるように少しだけ移動すると、優雅に手を馬車へと向けた。

 騎士ってもっと粗野な感じがするのにこの人は全然違うな。一流ホテルにでも務めていた事ありそう……。


「マナさん、ブリュンヒルドさん。こちらの馬車へお乗りください」


 俺はアルバートの言葉にスッと微笑んで、馬車へと歩を進める。ヒルダも俺の後ろを付いてきて、馬車へと乗り込む。意外に広いな馬車……。俺とヒルダが座ってもなお一人分の空きがある。

 最後にアルバートが対面の御者側へと座る。顔を後ろに向けて、御者に指示を出すと馬が鳴いて馬車が動き始めた。


「この街はいかがでしたか?」

「想像以上に大きすぎて午前中だけでは回り切れませんでした」

「ハハハ、それは確かに。国内で最大の都市ですからね東西南北に区分けされていて、馬車を使っても一日で廻り切ることは出来ないほどです。そうだ」


 アルバートは自分が座ったとこの横に置いてある布袋を開く。取り出したのは筒状に丸められたもの。

 それを縛っている紐を解いて広げると、だいたいA3サイズの大きさになった。


「昨日はご用意できませんでしたので、ここカタロニア国周辺の地図です」


 アルバートが手渡してくれたのは昨日用意できなかった周辺地図。見た感じも触った感触も紙ではない。もしかしてこれが羊皮紙ってヤツか?

 そもそも本当に地図を見せてくれるとは思わなかった。


 チラッとアルバートを見ると、当の本人は何も気にしていないのか優しく微笑んでいる。

 俺が気にしすぎなだけかもしれない。と、思いながら用意してくれた地図に目を通す。横からヒルダも見たそうだったので腕を横にスライドさせて二人で地図を眺めた。

 文字はやっぱり読める。英語とかそういう外国語じゃないけど、意味がはっきりと伝わる。街中でもそうだったようになぜか頭の中に翻訳機能が備え付けられていた。

 まぁ、そうでもないとこの人やあの爺さんとも会話できなかっただろうし、ありがたいはありがたいんだけど……。


 地図の内容は昨日言ってた通りの簡易版だからか周辺国の国名が載っている程度。国内の都市情報はほぼ載っていない。というか、このシュトラーゼンすら記載されていない。

 なるほど、この程度なら快く用意してくれても納得できるな……。


 この地図からするとカタロニア国は東側にのみ海岸線領土を持つ大国。隣接している国は南に“バレンティン”、西には“アンゴウラ”、北には“フランシェス”とある。どれも日本にいた時は聞いたことのない国名だ。

 パッと見の大陸の形は北欧の一角にも見えるけどこの地図だけだと判断しづらい。


「現状ではこんな地図しかお見せ出来ないのですが、何かの役に立てましたか?」


 アルバートが申し訳なさそうに尋ねてくる。

 ただまぁ、国外から来たという奴に見せられる地図なんてこんなもんだろう。むしろ、見せてくれたことにこそ感謝しないと。


「いえいえ、ありがとうございます。周辺国だけでも確認できただけ十分ありがたいです」


 そこまで早口で言ってから、苦笑いを浮かべる。


「ただ、この地図を見る限りだと私の住んでいた国は遥か遠方にあるのでしょうね」

「それにしてはこの国の言葉をとても流暢に喋っておられる」


 アルバートの言葉に本気の苦笑い。そこは俺も気になってるんだよな。

 ゲーム内では当然の如く先進国の扱う五カ国対応で自動翻訳機能が常設されている。だからと言って、異世界?の国の言葉まで対応しているとは思えない。


「そこは私もよくわかっていないのです」


 どう言い繕っても怪しいだけなので俺は正直な感想を述べる。


「あの時に会ったお爺さんとは会話が出来ていたので、あの時点では自国内のどこかだと思っていました」

「なるほど。では、私がカタロニアの名前を出して初めてここが見知らぬ土地だとわかったわけですね」

「はい……。ついでに、なんで言葉が通じるのかという疑問も湧いてきましたけどね」


 異世界転移あるあるだよな。なんで異世界の異国に行って言葉通じてるの問題。

 神様に力を貰ったからという理由が一番多かった気もするが、ゲーム経由で異世界に行った話で言葉を言及しているのは少なかった気がする。気がする。


「あの……質問よろしいですか?」

「はい。お答えできる範囲でなら」

「ありがとうございます。周辺国の言葉ってこの国と同じものですか?」


 正直、似たり寄ったりだとありがたい。この翻訳機能が全部に対応しているとも限らんし、最悪の場合を考慮すると周辺国の文字や言語も習得する必要がある。


「話し言葉はほぼ変わりません。多少のイントネーションの違いやその国での固有名詞、スラングなどはありますがその程度ですね」


 そこまで聞いて少し安心する。ホッと胸を撫で下ろすとはまさにこの事だ。僅かなふくらみで良かった。


「ただ、書き言葉には明確な差異が有ります」

「え?」

「バレンティンはいわゆる宗教国家ですので、神道に沿った文字を扱います。また、アンゴウラは多種族統治国家なので種族によっていろんな形状の文字を用いています。ただ、フランシェスはカタロニアと同じと言っていい文字ですね。多少、文体は異なりますが」


 隣国なのに話し言葉が同じで書き言葉が違うんだ。どっちも違うならなんか納得できるけど……。まぁ、まじめに考える内容でもないし納得しよう。


「そうなんですね」

「恩賞をお渡しする相手に対して、あまりこういうことを言いたくはないですが」


 アルバートは真剣な表情で嫌な前置きを言う。そして、若くて綺麗な女性二人に鋭い視線を向けながら、普通にくぎを刺してきた。


「国外へ出るときは相応の覚悟を持って臨んでください」


 アルバートの言葉にヒルダが眉をひそめて、睨みつける。

 俺は彼女の膝に手を置いてそれを止めた。


「流石にこの段階で他国へ亡命するつもりはありませんよ。こちらは疑われている立場ですし、余計な波風は立てないつもりです」


 俺が国外に出るつもりはないという意思を告げると、なぜかアルバートの眉がぴくっと動く。


「なぜ……疑われている立場だと?」


 その言葉があまりにも面白くて俺は口元を緩める。


「他国から来たという正体不明の二人組。先ほどのアルバートさんの言う通り言葉は流暢で、しかもスケルトンの群れやリッチーを倒すほどの強者」


 そこで一呼吸おいて、にやけた口元を左手で隠す。


「他国の間者に間違われるのは仕方がないかと。女であれば仮に疑われ、捕らえられたとしても殺される確率は低いですし、周辺国を知らないという言葉も口ではどうとでも言えます」

「……そこまで考えていて、報酬を受け取る事にしたんですか?」

「ええ。別に目的があってこの国に来た訳ではありませんし。まぁ、私たちのお腹が真っ黒ならためらう所ですけど、特にそういうのを持ち合わせてもいないので」


 そこまで言ってから数秒間、馬車の移動音だけが響いていた。

 静寂とは異なるBGMの中、アルバートは口元に少し力を入れる。


「もしこのまま王城へ行き、兵士に取り囲まれたり、捕まって尋問されそうになったらどうするおつもりですか?」

「え?この馬車、王城行きなんですか?」


 行先って言われてた?言われてないよね?

 報酬渡すだけじゃないの?え、一気に不安が押し寄せてきたんだけど。


「それよりも質問にお答えください」


 いやいやいや、行先くらい伝えておこうよ。

 内心に焦りが生まれるも、相手が真剣な表情で俺を睨みつけてくるので俺も覚悟を決める。


「仮にこの恩賞の話が私たちを捕えるための罠だったのであれば、囲まれた段階で普通に抵抗します。捕まりたくないですし、捕まっても知らないことを喋る事は出来ませんからね。まぁ、二人だけでこの世を去るなんて中々寂しさも感じますし、その時は大勢の無関係な人も巻き込んで旅立ちましょう」


 まあ、言ってしまえば完全にブラフだ。自分がこの世界においてどれほど強いのかも全然わかってない。最低でも敵兵士一人の腕くらいは奪いたいってところが妥当なところ。

 現実の戦闘なら毒物も普通に使うだろうけど、そもそも毒耐性とか持ってたらどうなるんだ?


 ゲームでの耐性は上げておく主義。バッグの中に常備している装飾品を付け替えれば、各種状態異常耐性を100%にすることは可能だ。ただし、現実の毒に対応しているかは不明。


 俺の震えそうになっている本心をよそに、アルバートは息を呑む。漫画なんかだったら一筋の汗が頬を伝っているところだろう。


「アルバート様」

「ああ、どうした?」


 御者がアルバートに声をかけると同時に、馬車が止まる。しかし、アルバートの視線が御者に向けられず、こちらに固定されているのは乗り込む時と今とでは警戒するレベルが変わったという証だろう。

 ニコニコしながら、適当に流せばいいものを相も変わらず藪をつつく俺。

 疑われている中でさらに自分の命を天秤に乗せるような行動。自分の命がかかっているというのにそれでもなお、ゲームや漫画のように自分の命を軽んじているような行動は褒められたものではない。


 自分の胸に指を当てると感じられる心臓の脈動。ゲーム内では感じられなかった肉体ある体という証。ホント、これがリアルな夢であればどれほどありがたい事かと思いながら、俺は窓から外を見た(現実逃避)。

 少し開けた場所、外壁のようなものも見える。王城に着いたのか?

 そう思った瞬間に馬車が再度移動を始める。


「失礼、ここから先は城内となります。こちらも最低限の注意で留めるつもりですが、くれぐれも誤解を生むようなことを考えないようお願いします」


 的外れなアルバートの言葉に俺は思わず苦笑い。

 つか、この人は本当に優しい人だなぁ。

 “疑われている立場”、“下手な抵抗は逆効果”、“敵地に挑むつもりで”って教えてくれている。

 ここまでされると逆に安心できる。


「安心してください。そんな自分の命を粗末にするような真似は致しません」


 殴りかかってきたら骨は貰うけど、何もしない相手に拳は向けたりしない。

 自分から相手にケンカを売るのは弱い証拠だってうちの爺ちゃんが言ってた。ちなみに、うちの婆ちゃんは舐められる前に相手の顎を砕けって言ってた。

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