第6話 検証 街編


 俺とヒルダはおててを繋いで街に出た。晴れやかな空の下の散歩は心地よい。ちなみに、おててを繋いだことに意味は無い。


「さて、まずは朝食ですね」


 外に出た途端、俺はお掃除メイドの時の喋り方に変える。

 昨日のアルバートの反応を見ている限り、騎士の監視はある前提で行動する必要があるからだ。だけど現状、こちらの索敵能力は皆無。これがスカウター系やウォーリアー系なら索敵スキルを持っていたりするけど、俺はサモナー系なのでそういうのは一切ない。

 そういうスキルを持った特殊召喚獣は持ってるけど、現時点で呼び出すのはデメリットしかないので我慢する。

 宿の中までは監視が及んでいないことを祈る。覗かれていたら金を取りたい気分だ。


「ブリュンヒルドはお腹減ってませんか?」

「私は大丈夫です……。それと元の世界でもお腹が減るという感覚はありませんでした」


 ヒルダも監視を警戒してくれているようで、聞かれてほしくない言葉は声を小さくして耳打ちしてくれた。こういう配慮とかはゲームのどの部分で形成されたものなのか気になる。


「そうですか。では、お店には入らずに屋台を探しましょうか」


 個人的に食事は最大限楽しめる義務だと思ってるので、ちょっと残念。ただ、店に入っても何も食べないってのは相手側にも失礼に当たる。屋台自体はさっきから歩いていると設営を始めていたり、すでに香ばしい匂いと煙を立ち昇らせているところがある。

 ま、今のところはその辺で異世界料理に舌鼓を打つとするか。


 そう考えながら俺は視界の端に配置されている円形のレーダー状マップを見る。歩いてきた部分にはおびただしい数のNPCを表す白い丸が動いていた。

 これは見にくい……。道の端側を歩いていたおかげで白線がマップ上に映し出されている。これは建物の外形だろう。屋台に関しては白線での枠取りはされていないが、食事処を示す紋章がマップ上に映し出される。

 足を止め、紋章の方向に顔を向けると何とも香ばしい肉の香りが呼吸と共に鼻の奥を刺激する。屋台にいるのはテンプレとも言える筋肉質の男。豪快にブロック肉を焼いている姿は絵になっていた。


「まずはお肉でも食べましょうか」

「はい」


 ヒルダの手を引き、屋台の目の前に移動する。すると、肉を焼いていたオッサンが訝しげな眼で俺らを見つめてきた。


「なんだい?嬢ちゃんたち」

「その串を一本頂きたいのですが」

「これを?嬢ちゃん達が食べるのか?」


 指さす先の肉塊は目算100~200g。棒状にカットされこんがりと焼かれており、味付けはタレなどではなく、塩のみに見える。

 自分の姿を一度見てみるがどう見てもこの肉棒にかじりつくような姿には見えない。


「はい」


 まぁ、そんな衆人の思い込みに付き合う気も無いが……。

 俺は笑顔で肯定し、アルバートから貰ったお金を取り出す。


「おいくらですか?」

「銅貨3枚だ」

「はい。ちょうどですね」


 俺が銅貨を3枚差し出すと、オッサンは眉間にしわを寄せたまま銅貨を受け取る。そして、一本のこんがり焼けた肉棒を差し出してきた。今更ながら、この肉は何の肉なんだろう。


「ありがとうございます」


 不安はあるものの差し出された肉棒を受け取り、俺は屋台の前で対面も気にせず肉にかぶりつく。噛んだところから溢れ出た肉汁が地面へと垂れ落ち、口元が油でべたつく。


 んー、味は牛肉に近いかも。噛んだ時は肉汁が溢れたが、全体的な油の量はそれほど多く感じない。でも、パサついているわけじゃないし、味付けもシンプルに塩のみだったみたいで食べやすい。あー、でも獣臭いのは好みが分かれるかもな。

 手で口元を拭い、肉をヒルダへと差し出す。


「ほら、貴女も食べてみてください」

「え、あ、はい」


 ヒルダは熱々の肉棒に顔を近づけ、かぶりつく。噛み千切った後を見ると、俺が口を付けたところに半分重なっていた。まぁ確かに、肉の塊なんぞ喰いにくいよな。俺も屋台で売ってる肉の塊なんぞ日本でも喰ったことないよ。


「美味しい?」

「はい。少し獣臭さはありますが、美味しいです。もう少し塩気があってもいいかもしれませんが」


 匂いも味覚もあるなら五感はフルで揃ってることになる。それに個人の味覚もあるというのは大きい。嗜好が既にあるのであれば、性格から来る思考の違いの他に感情的な考え方も生まれてくるという事だ。

 これは嬉しい誤算だな。


 俺は心の中でニタリと笑みを浮かべつつ、同じように肉を頬張る。

 ん~、やっぱり幸せ♪

 飯食う時間が一番楽しいのは日本でもこっちでも変わんないよな。


「ずいぶん美味そうに食ってくれるんだな」

「ふぁい?」


 ちょうど肉を噛み千切ったところだったので、口の中に肉が残った状態で返事をしてしまう。


「いや、そんな格好の奴に俺の焼いた肉の味が分かるのかと思ったからな」


 俺は口の中の肉を早めに飲み込み、手で口元を拭って肉の残りをヒルダに手渡す。そうしてオッサンに顔を向けて、一礼する。


「美味しいものを食べるのに格好は関係ありませんよ。このお肉本当に美味しかったです。ただ、もう少し塩気があると嬉しかったです」

「キレイな服着てる女だったんで、塩の薄いやつを渡したんだが裏目に出たって事だな。次は変に気遣わねぇことにするよ」

「フフフ、次からお願いしますね」


 ヒルダとその場で肉を一本平らげ、串を店主に渡して俺らは屋台を後にする。他の店も徐々に営業を開始しており、俺らは二人で一つを分け合いながらいくつかの屋台料理を堪能した。ついでに、街の中をうろうろと散策しつつ、マップの性能を確かめる


 そこまでで判明したのはマップの円形半径は感覚頼りだがおおよそ500m程度。自分が通った後の空白は一辺が10m程度かな。

 NPCを示していた白丸は恐らく一般人を指しており、商人はゲームと変わらず緑色。ただし、色の判別はマップが自動的に行うものではなく、俺が商人だと認識した時点で白丸が緑色に変わるという仕様になっていた。

 昨日のスケルトンは問答無用で赤丸だったけど、アレはアンデッドだと認識していたからこそなのかもしれない。敵かそうでないかの判別が自分頼りということは過分に期待できないという事だ。

 あぁ、ちなみに宿屋や服屋、武器屋、道具屋、鍛冶屋、食事処(屋台含む)なども建物の入り口にそれぞれの紋章が表示されているところはゲーム仕様と同じ。


「マスター、宿を出てからずっと歩き続けてますがお疲れではありませんか?」

「いえ。そういえばあまり疲れてはいませんね」


 宿を出て既に二時間は経過している。

 街の中心に建っていた噴水の時計と見比べた結果、コンソール内に表示される現実世界の時計表示は今いるこの世界での時計と同じということが判明。

 これにより、時間に几帳面な日本人のままでいられることが確定した。


「ブリュンヒルドが疲れたなら少し休憩しますか?」

「い、いえ。私は全く疲れておりません。ただ、気味の悪い男どもに声をかけられてから思案顔で歩き続けておりましたので心配になって」


 あぁもう可愛いなぁ。体は女でも心が男だからこういうのはグッとくるなぁ。


 街を歩いていてわかったこと番外編。思っていた以上にナンパがウザい。元の世界でやったことないからナンパ師を否定してこなかったけど、やられてみると俺たちのキャッキャウフフを邪魔するなって思う。実際、そう思ってくれていたヒルダが静かに殺意を向けて威嚇していた。

あとついでに、城下街というだけあってこのシュトラーゼンはとても大きい。二時間で移動できたのは宿屋周辺の商業通りの一部だけ。街中はみんな大好き中世ヨーロピアン建築風。石造りの街並みは綺麗だが、貧困の差とか激しそう(偏見)。


「考え事をしていたのはその通りですが、別にさっきの方々のせいじゃありませんよ。でも確かに、私も普段歩いている時のような疲労を感じないですね」

「そうなのですか?」

「ええ」


 ここもゲーム仕様なのか?

 違和感のままステータスのHP数値を見るとなぜか戦闘をしていないのに最大値から減っていた。数値差分はおおよそ5,000くらい。街の中だからダメージフィールドにいるわけじゃないし、どういうことだ?

 その場で足を止めて考えているとHP残量が自然回復によって増える。それを見て俺はコンソールを起動したまま歩いてみる。すると、一歩につきHPが一減った。


「うわぁお」

「どうされました?」

「HPの概念が生命力&体力になってる疑惑が発生しました」

「それは……休まずに歩き続けると死んでしまうのではないですか?」


 そうだな。だけど、それは日本でも変わらないと思う。

 真面目なヒルダの発言が逆に面白い。


「まあ、実際に歩き続けることは無いだろうけど、移動するのにも絶えずHP犠牲にする仕様はやめて欲しいですね。まったく、彼らは一体なにを考えているのやら」


 本来なら運営にお問い合わせをしなければならない案件だ。HP一万以下のプレイヤーは移動中に死ねと申すか。一万歩ってほとんど移動できないじゃん!

減っている数値と歩いてきた距離、足を止めていたであろう時間を考えると、食事とかでも回復する効果があるのかもしれない。

 ってかこれ、体調や移動の仕方によってHP消費のタイミングが変わりそうだな……。走った場合のHP消費は別途検証する必要がある。

 検証すんのメンドイな。誰か攻略班を立ち上げて欲しい。


 まぁ心の中で文句は垂れ流すけど、こうやって立ち止まるだけで二秒につき最大HPの五%回復している。単純計算一万歩歩いても四秒でその疲れが癒える。


 うん?


 冷静に考えると頭がおかしい仕様だな。

 いやでも、今の俺の状態はアビリティで強化しているからであって、ゲーム開始時だと四秒につき一%なんだぜ?いや、それでも回復量的にどうなんだろう。

 むしろ今の方が現実味を帯びているんじゃないか?


 改めてゲーム仕様のチート加減に苦笑いを浮かべていると、ヒルダがキリッとした顔つきで今は装備していない剣を抜く動作を見せる。


「その者達を斬りますか?」

「運営は今、存在しないので斬らなくていいです」


 ゲームの中にいたとしても次元の壁に阻まれるので斬ることはできません。

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