第5話 検証 宿編
自然と目が覚め、コンソールを起動すると未だ6時前。
体感時間は向こうにいた時と変わっていないらしい。
すぐさま体を起こし、隣にいるヒルダの寝顔を見つめる。可愛い。
ふと気づくと、ヒルダの恰好がバスローブ姿になっている。自分も気づけばバスローブを着用。
何があったかは覚えてないが、何かあったんだろう。
まぁ、普通にシャワー浴びたとかかな……。
無い記憶を掘り起こす無意味な作業を止めて、コンソールを操作する。
現在の拠点装備を確認すると上半身・下半身の2スロットを使用して“バスローブ”と記載されていた。
このバスローブに見覚えは無いから、恐らくはこの宿の備品だ。
それが装備品としてカウントされている?
そのままコンソールを操作し、表示されている装備欄をタッチする。すると、拠点装備から戦闘装備に表示が変わる。同時に自分の服装もメイド服に着替えていた。
拠点装備に戻し、今着ているバスローブ装備を解除。すると、一瞬で下着姿になる。この辺はゲームと同じで最低限の配慮がされているらしい。上も下も色気のない白の下着が使用されていた。
そのまま消えたバスローブがどこに行ったのかと思いつつ、バッグを開く。
すると、アイテム欄に “バスローブ”の文字がある事を確認。そのまま装備画面に戻してバスローブを再装備する。
次は……と、俺はバスローブを手で脱ぐ。装備時にボタンも器用に留めてあったのでそれを一つずつ外し、前を開いて袖から腕を抜く。半裸となった状態で1枚のバスローブを手に持ちながら装備画面を確認すると、上半身および下半身の項目が空欄になっていた。
つまり装備品は自分で脱いでもいいし、コンソール経由でも変更できるらしい。
更に俺はそのまま下着を脱ぐ。装備画面には変化なし。
まぁ、これに関しては元から装備画面には表示されていないから着脱は自分で行う必要があるみたいだ。
下着を脱いだままコンソール上からバスローブを装備。
その後、バスローブを解除してみたが、下着が自動で再装備されることは無かった。まぁ、当たり前っちゃ当たり前か。
どこぞのゲームでありそうだもんな。無限パンツ生成バグを利用したお金稼ぎ。
俺はヒルダを起こさないようにベッドを降り、鏡の前に立って自分の裸体を確かめる。
どう見ても女性で、ゲーム開始のときにクルクル回っていたあのアバター(人間ver.)だ。
控えめな胸を触るとフヨフヨと柔らかい感触が伝わる。そのまま自分の全身を触ってみるも、どこもかしこも自分に触れている感覚がした。
ヒルダをチラッと見てから俺はそのまま歩いてトイレへ。
人間らしく排泄行為(小)を行うが、現実世界でエロい動画を見ていた時のような興奮は無い。さっき女の裸体(自分の裸)を見た時も何も心の中に湧いてこなかったよな……。
恐らくだけど自分の体という認識があるせいで欲情できないんだろう。なんだろうなぁ、この一番の特等席でいろんなエロ動画よりも鮮明な画像を見ているはずなのになにも抱けないこのもどかしさ。
聞きかじった知識でキチンと拭くものを拭いて、トイレの水を流す。そして、我が家と変わらぬ動きで自然にベッドルームに戻る。
だが、ふと気づいた違和感に俺はトイレへと駆け込む。
そして、自分が何気なく使っていたトイレが普段使っていたような形状をしている事に驚いた。
日本にあるのと遜色ない色つやと形状。そして、旧式のレバータイプではあるものの、水洗式というハイテクさ。街に着いたときは漫画やアニメで大好きな中世ヨーロッパを覚悟していたので、こういう所に期待はしていなかったが僥倖だ。
っつか、純粋に嬉しい。
裸のまま常人とは違う箇所に興奮を覚えた俺は静かにベッドルームに戻る。
いやぁ、水洗式トイレの存在にここまで心が沸き上がるとは思わなかった。
意味の異なる興奮を抑えつつ、先ほど脱いだバスローブをバッグから取り出して、ベッドの上に置く。
可愛い寝顔のヒルダを一目見てから、コンソールを操作しバスローブを装備しようと試みた。しかし、バスローブは装備可能なアイテム欄には出現しない。
その画面のままバスローブを持つと装備可能アイテム欄にバスローブの文字が現れる。手を離せば、バスローブがベッドに横たわるよりも先に文字が消える。
掴んだバスローブをショートカットのバッグに重ねて手を離すと、バッグの中に収納された。この辺もゲーム仕様と変わらないか。
装備可能なアイテムはバッグに収納するか、手で持っている必要があるという事がわかった。バッグにダンジョン内のアイテムを収納する機能もゲームそのまま。これらはこれらで盗みに利用できそうでもあるけど、そういうのは最終手段かな。
生活していく上で必要な金の存在は昨日のアルバートのおかげで分かっている。あとは金を稼ぐ手段だ。朝は基本的に暇だから、時間があればその辺の確認もしておくか。
そう考えてから少し背伸びをする。すると、静かにヒルダの目が開く。
寝起きにしてははっきりとした視線が俺の視線とぱっちり合い、ヒルダは恥ずかしかったのかシーツをかぶって逃げてしまった。
「おはようブリュンヒルド。昨日はよく眠れた?」
ベッドに腰掛け、ヒルダにささやくようにして尋ねる。すると、ヒルダはおずおずとシーツから赤らめた顔を出してか細い声を出す。
「はい……。その……寝るという感覚はわからなかったのですが、気付いたら意識を失っておりました」
怖い怖い。なにその感覚。
まぁ、元がゲームのNPCなわけだし、拠点会話時にも寝るとか言う行動は無かったから仕方が無いのかもしれない。
「まぁ、眠れたのなら良いよ」
食事とか睡眠に関しては別途要確認だな。こればっかりは数日掛けて確認する必要がある。
「あ、あの……」
俺が思考の海を泳いでいると、ヒルダが恐る恐る声を出す。
「どうした?」
「ふ、服はどうしたのでしょうか?」
言いにくいのもそのはず。検証に夢中で俺の姿はフルオープン状態。美少女の裸体ならどこに出しても需要はあるだろうけど、流石に羞恥の感情が沸き上がる。男の時はフルオープンでも気にしなかったけど、なんだこの気恥ずかしさは……。
「悪い。見苦しいものを見せて」
「い、いえ!そんなことはありません!」
勢いよくシーツをめくって上半身を起こすヒルダ。その表情はとても真剣でなにやら怒っているようにも見えた。
「マスターのお身体はとても美しいです!滑らかで華奢で柔らかくて……。私のような筋肉の付いた女よりも遥かに素晴らしいのですからご自分を卑下しないでください!」
思わぬ諫言に俺は驚く。
いや、柔らかいのはヒルダの方ですよ。その胸、Dカップはあるでしょうに。筋肉質なのも……え、筋肉質なの?
俺はヒルダの言葉に疑問を抱き、残りのシーツを剥がして彼女の足をぎゅっと握る。
「ぁん」
そういう声禁止。心の中で言った意味を男性諸君ならわかってくれるはず。
にぎにぎとふくらはぎ、太ももの弾力を確かめ、そのまま腕やお腹に触れる。触れるたびにヒルダが健全とは言い難い声を出していたが、俺は冷静となった頭のまま確認を続けた。
結論から言うと、ヒルダの身体は女の子特有の柔らかさはあるものの、自分と比べて硬めだった。腕や足の太さも並べてみれば一目瞭然で大きさが違う。これはSTR数値に影響されているのか、アバター作成時の影響か……。
そうしてヒルダが涙目になった頃に我に返り、今のシーンがどう見ても年齢制限がかかっていた事に気づく。バスローブもはだけ、顔は紅潮し、潤んだ瞳が俺を見つめる。対して、俺は真っ裸。
どう見ても女の子同士でいやらしい事をしていたようにしか見えない。
元居た世界でも悪癖だと言われていたが、体が変わってもあんまり変わらないらしい。いやまぁ、そうでなければおかしいのだけれども。
「ゴメン、ブリュンヒルド。夢中になっちゃって」
「い、いえ……。この程度何ともありません」
はい、ヒルダの強がりな声頂きました。
んで、ヒルダの息が整ったところで俺がやっていたバスローブ検証をヒルダにもやってもらう。結論から言うと、同じ現象となった。
彼女の装備もアイテム扱いは変わらず、自分で着脱するか俺が装備を無理やり変更するかの二択。下着はデフォで付いていたが、外せば外したままになる。自動再装備は無し。
「ん~……?」
俺は何度かのバスローブ再装備中に感じなかった違和感をヒルダの時に感じた。
それは着ていた服の匂いだ。
ヒルダがベッド脇に立った時は彼女の寝汗なのか少し良い匂いが漂ってきた。しかし、再装備を行うと匂いは薄れ、何度も検証を行ううちにほとんど消えてしまっていた。
クンクンとバスローブ姿のヒルダを嗅ぐも匂いは薄い。当の本人は顔を真っ赤にさせて震えあがっているけど。
「あ、ごめん」
「い、いえ。この程度の羞恥……なんともありません」
羞恥プレイをしているつもりも無いし、プルプルしているせいで言葉に信ぴょう性が無い。自分のバスローブの匂いを嗅いでみるけど、自分の匂いって認識しづらいからあんまりわからない。けど、一晩寝た後の服ってそれなりに匂いが付くはず……。
ここまで消臭効果の高いバスローブとは考えにくいか……。
そこで一つの仮説を思いつき、俺はバスローブのままシャワー室へと向かう。ヒルダも付いてきて入り口付近で俺の事を覗いていた。ただ、その覗き方は犯罪者チックなのでやめていただきたい。
「ブリュンヒルド、中に入って扉を閉めて」
「へ?あ、はい!」
一瞬顔を真っ赤にさせてから急いでシャワー室に入り、扉を閉める。狭い空間に配置された小さなユニットバスの隣に密着するようにして立つ二人の女性。
お互いの吐息を感じられるほどの距離に居ながら、俺はシャワー根元のバルブを捻る。シャワーからは勢いよく水が放出され、その先にいた二人を濡らす。
「冷たッ!?」
「ひャッ!」
二人にかかった水は純然たる冷水でお湯ではない。バルブを閉めて、よく見てみるとバルブの中心に赤い宝石が見えた。ホントなんで昨日の夜の記憶がないんだ俺は……。
バルブ中心の赤い宝石を押すと、機械式のボタンのように中に押し込まれる。もう一度押すと、外に押し出され最初の状態に戻る。そのことから押し込んだ状態でバルブを開いた。
ちょうどよく温かいお湯が二人を濡らす。ホカホカと湯気が狭いシャワー室に充満し、バスローブが完全に水を吸って重くなる。
「マ、マスター……。これは何をしているのでしょうか?」
ヒルダの問いかけに俺はハッと気づく。彼女がここにいる意味は無いと。俺一人で検証すればよかったと。
まぁ、召喚獣の方の挙動が完全に同じかどうかもわかっていないので、自分の中で自分に言い訳をしつつヒルダの質問に答える。
「これはバスローブをゲーム仕様で解除した場合、この濡れている状態が保持されるかの検証だ」
「な、なるほど」
俺はコンソールを操作し、ヒルダと俺の装備をそれぞれ解除する。濡れた肌の女が狭い空間に二人出現。ただ俺はその光景を特に堪能するわけでもなく、俺は再装備を実行。
濡れた肌に柔らかいバスローブが張り付く。吸湿性の高いバスローブが肌の上に乗っていた水分を吸い取り、重みが増していった。つまりは再装備の過程で完全に濡れた状態から完全に乾いた状態に戻っていたという事。
密着していた肌と肌の間にもキチンと布が通っている。どういう原理かはわからないけど物理を無視して装備されるらしい。
同じように濡れたバスローブを装備解除、再装備をするとさらにほんの少し湿り気を帯びた肌から水分を優しく拭ってくれた。
俺は狭い空間の中、脱ぎづらい上にヒルダの視線もある中でバスローブを脱ぐ。そして、そのまま自分の体を拭き、バスローブをバッグに収める。
バッグ内のバスローブを選択して“取り出す”を選ぶと、何もない箇所からバスローブが出現。しかも、バスローブは完全に乾いていた。嗅いでみたが水の匂いもしない綺麗な状態。
「あ、あの……」
真っ赤な顔で視線を泳がせているヒルダから小さい声が出る。どうにか勇気を出して出すことに成功したそれは俺の意識を現実に戻した。
「どうした?」
「か、確認は終わりましたでしょうか?その……流石にこの狭い中で二人いる必要はないかとも思いまして」
「ああ……うん」
夢中になり過ぎたな。しかも、俺はいま丸裸。ヒルダからすると目のやり場に困るのだろう。目のやり場に困るのかなぁ?
あんまり同性の裸を凝視するというシチュエーションには縁が無かった上、見たいとも思って無かったのでよくわからない。まぁ、見たいと思ってなかった時点で目の前に男の裸を出されたら目を閉じるか。
「悪い悪い」
と、言ってすぐに自分のお腹がくぅ~と音を鳴らす。
狭いシャワー室に可愛らしい音が響き、ちょっと恥ずかしさから顔が熱くなる。
その恥ずかしさを隠すように俺はシャワー室のドアを開けて外に出た。バスローブを再装備し、部屋の時計を確認すると時間は8時半。いつもならもう朝ご飯は済ませている時間だ。
「ブリュンヒルド、一旦検証は中断。下着を再装備して」
「は、はい!」
「朝ご飯を食べに行こう」
俺は気恥ずかしさを振り払って真面目な表情で提案する。ヒルダは未だに顔を赤く染めていたが、俺の命令に従って下着を着用した。
その後、俺は装備画面から昨日の夜に着ていた拠点装備を装着する。
服を着たおかげかヒルダの顔から羞恥が消え、いつもの凛々しい表情に戻った。ちょっと安堵しているようにも残念そうにも見えた気がするけど気にしない。
改めて黒シャツにジーパンってラフな格好だけど良いよな。ヒルダの素材が良いせいかそこらのモデルにも勝てそうだ。筋肉質の足もジーパンによってラインが強調されているのでエロく見える。男性ってこういう所にもエロを見出すよなぁ。我が身のことながらしみじみと思う。
さてさて俺はと言うと、拠点装備はお嬢様風。戦闘時がクラシカルなメイドなら、拠点では清楚なお嬢様。
上半身・下半身の2スロットを使う薄水色のロングスカートワンピース。胸元や長袖の袖口など各所にレースが付いており、可愛らしさを前面に出している。靴は同系色の紐で足を固定するフラットサンダル。
身長を高めに設定しているため、あんまり上げ底をしたくなかったというのが本音。
まとめる荷物も無いため、服を着てすぐに俺らは部屋を出る。
深窓の令嬢風な俺とラフな格好のイケメン美女は宿の共有スペースでくつろいでいた人々の視線を集めつつ、チェックアウトを行う。なお、本来支払うべき料金も先にアルバートが支払い済みという事で何もせずに終了。
ホントあの人スゲェイケメンだな……。俺はそんなに要領よくない。
自分との男としての能力・器量に差を感じつつ、俺はヒルダの手を引いて街へと足を踏み出した。
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