第3話 異世界疑惑
戦意喪失する爺さんを放置して、ヒルダが俺の横に降り立つ。いつの間にかスケルトンの軍勢も消えていた。半分以上は自爆だった気もするけど。
「命令、完了しました」
「あぁ、うん。あ、ブリュンヒルド。戦闘も終わったし、兜を脱いでもらってもいいかな」
「?はい」
少し不思議そうにヒルダは兜を脱ぐ。隠された彼女の素顔は俺の設定した通りの金髪金眼の美女。前髪ぱっつんのおかっぱ頭で宝塚風イケメンフェイス。リアルにした時のこの破壊力たるや……。
俺のキャラメイクは間違ってなかったし、リアルな彼女に合えて本当に良かった。今まで生きててよかった。ありがとう。生んでくれたお母さん。いやそうじゃない!
逸らしたかった現実に目を向けて声を出す。
「あー、ブリュンヒルドさん。妙に見た目が人間チックに変わってますけど何故に?」
「質問の意味が分かりません」
「ゲーム内……ではもう少しゲーム風の顔つきだったと思うんだけど。ほら、声を出すことも出来てなかったでしょ?」
「私自身では変化しているという認識がありません。拠点ではマスターといつも話しておりましたが……」
そこでヒルダは少し寂しそうに顔を伏せ、チラッとこっちに目を向けた。
「マスターは……私との日々をお忘れになったというのですか?」
カハッ(心の喀血)!俺のハートにクリティカルダメージ!
なにそのあざと可愛い仕草!なんでちょっと寂しそうなの!?なんでちょっと不満げなの!?可愛すぎて抱きしめたい!あぁ、でもそんなことしたらポリスメンに補導され……。
「私も女だった!」
そんな事実を叫びながら俺は迷うことなくヒルダを抱きしめた。
甘く香しい女性の匂い。冷たく堅い鎧の装飾部。もう台無しだよ!
その鎧を剥いでしまいたい葛藤をどうにか抑える。ここはお外、ここはお外。
「あ、あの……どうかされましたか?」
「ううん。気にしないで」
もうちょっと抱いた時に柔らかさが伝わると良かったんだけど……。そんな文句を彼女に言ってもしょうがないので俺は心の内に留めておく。
ヒルダから離れて状況を整理してみる。これはもしや異世界転移パターンなのでは?しかもアバターがそのままって言う俺ツェェェ!フラグなんじゃ?
と、そこまで考えてから現実に引き戻される。
いや、俺のレベルは324になってるけど、トッププレイヤーのレベルの半分以下。しかも、同じレベル帯の奴らからすれば装備品弱過ぎてゴミみたいな性能だ。
先ほどスケルトン相手に無双をしていたヒルダも中級者が到達できる100階層以降のボスでは要介護対象となる。ゲームの中では相手の動きが固定されてるから倒せても、現実化されているとそうも言ってられない。
「マスター」
ヒルダが強めに声を出す。彼女を見ると、いつの間にか兜を装備していた。
俺は彼女の目線の先に目を向け、足音無く近づいてくる者にようやく気付く。
「カタロニア国騎士団団長アルバート・カティスだ。失礼するが、貴女はそちらの男の仲間か?」
目が合ったと同時に問いかけられる。その瞳に宿るのは警戒心。既に剣は抜かれており、切っ先はこちらに向いている。返答によっては戦いが始まるだろう。ヒルダからも警戒心が伝わってくる。
「違います。たまたまアンデッドの群れに遭遇しまして、先ほど彼女と共にそれらを掃討した側です。端的に言うとそこのお爺さんの敵ですね」
両手を挙げて答えると、厳つい鎧兜の男は剣を少し引いて、更に問う。
「遠くから見えていた光魔法は貴女が発動したのか?」
「まぁ、厳密に言うとこの娘ですけど」
俺はヒルダを指さす。まだ両者の間には緊張が走っている。
こういう緊張感ってニガテ……。
「最後に……スケルトンドラゴンが何かに呑まれて消えていったが、アレはどちらの仕業だ?」
「私です」
即答すると、男は鋭い視線をそのままに剣を下げて腰の鞘に戻した。そして、頭を下げる。
「なるほど。無関係の者に剣を向けてしまい申し訳なかった」
「いえいえ、アルバートさんは騎士様でしょう?それがお仕事なんですから気にしないでください」
男は兜の下で苦笑いを浮かべる。
「そう言っていただけると助かる」
「ウフフ」
「なッ!アルバートだと!?なぜキサマがここに!」
爺さんがいつのまにか魂消るモードを解いて、アルバートの存在に驚く。さっきあんなに良く通る声で名乗っていたのに聞いてなかったのかな。耳が遠い……あ、もしかして痴呆?
「ヴァニタス邪信教司祭のドルイドだな。お前には捕縛命令が出ている」
「クッ……こんなところで捕まるわけにはいかぬ!」
逃げる手段なのか短刀を取り出す爺さん、それを見て剣を再度構えるアルバート。二人の間に挟まれて困惑する俺。そんな中、ヒルダだけが冷ややかな目で爺さんを睨んでいた。
「最後の手段だ!これで……キサマらも終わりだ!」
なんかどっかで聞いたことのあるようなセリフに首を傾げていると、爺さんの短刀が爺さんの胸に突き刺さる。おうん?
「我が命を糧に……闇の深淵より生まれ出でよ。リッチー!」
爺さんの体が闇の閃光に包まれる。
そうして黒い光の中から出てきたのはゲームでも見たことのあるリッチー。ただし、先ほどの爺さんが着ていた黒のマジックローブで顔の見えなくなっているだけにも見える。
もしかするとフード取ったらその下は爺さんなんじゃないか?
「二人とも下がって!」
アルバートがイケメンスタイルを前面に出して、リッチーから俺らを守る様に前に出る。
ヒルダは俺と彼女の間に割り込んで前に出たイケメンに殺意を飛ばしていた。違う敵はそっちじゃない。
「ブリュンヒルド」
俺の声に全員が耳を傾ける。俺はニヤリと口角を上げてから、可愛らしい声を意識して命令を下す。
「『EXスキル発動命令』、その程度のリッチーなんて一撃で処分しちゃってください♪」
「ハッ!『シャイニングランス』」
リッチーもアルバートも何もできずただその場で固まっていた。
ヒルダが突き出した剣の先から撃たれた光の槍は効果音もなくリッチーの腹に突き刺さる。属性相性的に最悪の攻撃が防御も回避も出来ずに直撃。
リッチーは何が起こったかを理解すると同時に、その体を霧散させて滅んだ。
「光の上級魔法を……詠唱無しで!?」
アルバートが驚くのも無理はない。
まぁ、本職のウィザード/ウィッチにもできない芸当だよな。これが召喚獣の強みの一つ。
召喚獣とは自分以外の戦力追加の他に持っているチート性能。さらにヒルダを始めとする特殊召喚獣は特定アイテムを装備することで追加されるEXスキル欄という枠にスキルをセットしておくことでそのセットスキルを一日一回限定で発動できる。
もちろん無詠唱、MP消費も無しで。
このEXスキル欄にセットすることでしか発動できないスキルのために設けられているシステムを俺は“面白みがない”の一言でこういう風に扱っている。
ちなみにこれは俺が発案者ではないし、召喚士なら誰でも一度はやってみるお遊びだ。
「貴女がたは一体……」
俺らの強さに震えるアルバートに軽い横やりが入る。
「隊長~。先行って何やってんのかと思ったら、まぁた女の子引っ掛けてんですかぁ?」
現れた軽薄そうな男の言葉に俺とヒルダが同時にアルバートを見て、同時に身を引く。
「ちょっちょっと待ってください!おい!ヘンリー!出てきて早々誤解を招くようなことを言うな!」
「えぇ?隊長……自覚無いからって嘘はダメですよ。貴族令嬢からの見合い話、何度蹴ってるんですって話ですし」
「それをどうしてお前のようなナンパ師みたいな言い方をされなきゃいけない!」
今度は俺とヒルダの体がヘンリーから遠ざかる。
「うおッ、初対面の女の子にまで引かれるとか初めてだわ。っつーか、隊長。報告にあったスケルトンの軍勢?ってどこにあるんですか?遠くから監視しても何も見えなくて、羨まけしからん隊長の姿しか見えないから~…ってみんな文句垂れ流してるんですけど」
「さっきのリッチーは見えなかったのか?」
「は?リッチー?あー……オレはもう走り出してたんで、隊長のデカい体の向こうにいたなら気づきませんでしたわ」
「ヘンリー……お前は一言も二言も余計だ」
アルバートが嘆息気味にそう言う。そのまま剣を鞘に納め兜を脱ぎ、アルバートは俺とヒルダの方に体を向ける。
「スケルトン軍勢の討伐にご尽力いただき感謝する」
「は?え?」
ヘンリーはアルバートの行動に目を丸くする。
‐まさか隊長が頭を下げるなんて?
まさか本当にこんな美少女たちがスケルトンを討伐した?
彼がどう考えてるのかは想像に難くない。しかし、目の前にいるアルバートが伊達や酔狂、ましてや悪ふざけなどする人でないことは承知の上。だからこそ、ヘンリーというお調子者風の男も急いで兜を脱ぎ、俺らに向けて頭を下げた。
数秒間、キッチリと頭を下げてからアルバートは顔を上げ、用意されていたであろうセリフを読み上げる。
「こちらとしては報酬を支払うために本国首都・シュトラーゼンまで御同行を願いたい」
まぁ、そうなるよね。さっきのを見て“何もしない”なんて選択肢は無いし、ましてや逃がしたとなれば彼らの責任問題にもなるか。
この場を脱出するのは容易だが、今後の事を考えて俺は頭を下げる。
「畏まりました。このお掃除メイドのマナ、および光翼戦姫のブリュンヒルド。そちらのご厚意に甘え、シュトラーゼンまで赴きましょう」
一応、ゲーム内での二つ名を名乗る。仕草はメイドのように優雅に、しかし視線の先にある二人の男の表情の変化を逃すまいと静かに見つめる。
どちらも二つ名への反応は無し。恐らくはゲームのプレイヤーではない。
「マナさん、ブリュンヒルドさん。それでは少々お待ちください」
「オレは先に戻って馬車用意してこっちに向かわせます」
「ああ。頼んだ」
そう言ってヘンリーはものすごい速度で駆け出した。その後ろ姿を見ていると、ヒルダが少し戸惑うような声で俺を呼ぶ。
「マスター、よろしいのですか?」
「ブリュンヒルド、せっかく報酬をくださるというのですから頂きましょう。ちょうど手持ちのお金も無くなって宿もままならないところでしたし」
「マスターがそう仰るのであれば……」
不承不承とも受け取れる言葉。だけど、今は手軽に敵を作るべきじゃない。この最悪の状況の中で今いる土地の軍隊を相手取るような余裕はない。あと、お金は大事。あぁ、俺の三十億……。
まぁ、向こうにどんな意図や思惑があるかは置いといて、優先させるべきことを行うことに変わりはない。
「お二人はギルドには属しておられないのですか?」
アルバートが静かになった俺らに質問を投げかける。知ってるフリもカッコイイポーズも取ろうと思えば取れるけど、今は正直に話そう。
「自国のギルドには属してました」
「自国の?」
「ええ。実はカタロニア国という国も、シュトラーゼンと言う地名も私は存じ上げません。十中八九、自国で使用していた転移魔法による誤動作で見知らぬ土地に飛ばされてしまったのでしょう」
「それは……フランシェス皇国、アンゴウラ万国、バレンティン教国のいずれかにいたと?」
知らない地名だ。ゲームの中にそんな地名はない。つまりはゲームが現実化したパターンではなく、ゲームから別世界に転移したパターンという事だ。厄介だな。
「それはこの国の隣国……なのですか?どれも知らない国名です」
「失礼ですが、貴女がいたという国名を教えていただいても?」
「ニホンです」
俺は躊躇なく、日本の名を口にする。
アルバートはその名前を聞いて少し考えるそぶりを見せたが、すぐに眉を落とす。
「そのような名前の国は聞いたことがありませんね」
「あらら、よほど遠いのでしょうね。お手数ですが首都に着いたら近隣の地図を見せていただくことは可能ですか?」
「はい。簡易的なもので良ければ宿に着いたところでお見せすることはできます」
「そうして頂けると幸いです」
とりあえずは地理を取得できる権利を得た。簡易版の地図でも見せて貰えるならありがたい。ってか、言葉通じてて良かったぁ。これぞ不幸中の幸い。
あとは今後の方針だな。元の世界に帰るって選択肢もあるけど、今の状況から見るに絶望的だ。これが夢オチとかだとどれほどありがたい事か。
「あ、ヘンリーさんが戻ってきました」
馬車と並走するヘンリーさんは中々にシュールな絵面だったが、とりあえずはシュトラーゼンへの移動手段を手に入れた。
ゲームのハロウィンイベントに参加できず、異世界に渡った日の最初の出来事である。
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