第2話 突撃!お掃除メイド隊
目的のアンデッドを探して、マップの上方向に一直線。流石はイベントフィールド、すぐにアンデッドの大群の横っ腹を視認した。
マップ上にもおびただしい数の敵性生物を示す赤いマークが表示されている。
なんか思っていた以上に数が多いのが気になるけど他にプレイヤーが誰もいないし、ポイント取り放題だな。
討伐イベントの際、イベント内で出現するアンデッドの強さによってポイントが定められている。それらを多く討伐し、ポイントをたくさん集めたギルドが一位になるというルール。
PKによるポイントの減少が無く、協力プレイが基本となるため、個人的には好きなイベントだ。わかりやすいし、ギルド対抗戦の時みたいにギルド内でギスギスしないのが良い。
まぁ、他のプレイヤーが戦ってたモンスターを横から奪うようなプレイヤーは一定数いるんだけどね。
「今日は最初に名前が出てきたこの娘を呼ぶよ!」
足を止め、わざとらしく右手首に装備されたスキルリングの一つを触り、そのまま右腕を前に突き出す。
「おいでませ!『ユニークサモン』、ブリュンヒルド!」
スキルリングというアイテムのおかげで出現させることのできる特殊な召喚獣。
種族はヴァルキリー、レベルは最大値の255、職業は【パラディン】。
白銀に輝く翼をはためかせ、蒼銀の鎧兜を装着した一人の戦乙女が魔法陣から現れる。右手には剣、左手にはサークルシールドを装備し、戦闘時には一切顔を見せないようになっているフルフェイスの兜。
そして、鎧の上からでもわかる豊かな胸を張って彼女は天に現れた魔法陣から地面に降り立つ。
「ブリュンヒルド『突撃指令』、あのアンデッド群をやっちゃって!」
「はッ!」
ヒルダ(=ブリュンヒルド)が俺の言葉に反応し、剣を構えて翼をはためかせて飛び上がり、アンデッド群に突っ込んでいく。
俺はというと、ヒルダが声を発したことに驚いて思考停止中。
え、いつのまにボイス機能実装されたの?あれか?ゲームの要望アンケートで何度も何度も書き続けたのが功を奏したのか?それが運よく今回のイベントに間に合う形で実装された?
「フッ……みんな!ありがとう~~!!!」
とりあえず喜びを皆に伝える。
これは俺一人の力じゃない。恐らくは、イベント会場で俺の活躍を期待して見てくれている頭のおかしい奴らのおかげだろう。まったくもう、見た目が可愛けりゃ中身がオッサンでもいいとかホントなに考えてんのアイツら。
まぁ、オレが言える事ではないけど……。
ヒルダがアンデッドの群れに攻撃を始めたところで俺は友人にメッセージを送……ろうとしたけど、フレンドリストが空っぽになってる。ワッツ?
所属ギルドも空欄だし、500人以上はいたはずのマイフレンドたちが一斉にフレンド登録を切っていた。あ、ちょっと心が痛い。
いやまあ、冷静に考えればバグなんだろうけど。このバグは痛いなぁ。
イベント内に入れたのに仲間と合流できないどころか俺がポイントを稼いでもギルドには何の意味もないという……。
「えぇ~?またログインし直し?」
目の前でアンデッドたちと戦闘を繰り広げているヒルダをよそに俺はコンソールを操作してログアウトしようとする。けれど、ログアウトボタンが無い。ワッツ?
意味が分からず首を傾げていると、アンデッド群の方から声が轟く。
「キサマァァ!!!この儂の軍勢に何をしておる!?」
なんかスケルトンの上に板を置いて、その上に豪華な椅子を配置させて運ばせるという超絶センスのないおじい様が怒髪冠を衝いていた。髪も冠もないけど。
そして、声をかけられたはずのヒルダはその声を無視してアンデッドを狩り続ける。まぁそうだよね。受け答えしてくれるのは拠点にいるときだけだもんね。それでもVRにまで進化しておいて、主要キャラを除くNPCとは文字でしか会話できない仕様ってどうなのよ。
「儂を無視するなぁぁぁ!!!」
「あの~!」
変な爺さんキャラに近づいて声をかけてみる。
「なんじゃ!?なん……じゃオヌシは」
「えっと……お掃除メイドのマナです」
人の見た目に目を剥いた失礼な爺さんにとりあえずいつもみたいななんちゃって敬語で返す。しかし、なにが気に食わなかったのか、お爺さんは怒りと共に唾をまき散らした。
「ふざけておるのか!!!」
「えぇ?またまたぁ……お爺さん、ご冗談を♪いつも通りふざけてないですってば」
笑って喋る俺に対し、わなわなと体を震わせたままの彼の態度にちょっと不安が湧いてくる。なので、ちょっとおどけた感じで聞いてみる。
「あれ?私の事をご存じでない?」
「キサマのような奇抜な奴など知るか!」
ゲーム内で“お掃除メイドのマナ”って言えば大抵は伝わるのに……。やっぱり俺の人気って本当にごく一部にしか受けてないんじゃ?
ただ女の子の可愛さと綺麗さを追求しただけのキャラメイクで、それが中級者の登竜門と呼ばれるレベル300を超えた功績が人気の秘訣だと信じてたのに!
ちなみにこのゲームでは強くなるためにはレベルよりも装備が重要となる。どんなに頑張っても見た目の可愛さと戦闘面での強さが両立できないというクソ仕様。
だから、“見た目可愛い”を追求するプレイヤーは生産職が多い。レベルもそこまで上げずに地道な採取活動。あとは豊富な生産スキルを駆使した他のキャラへのご奉仕だ。まぁ、アイツらはキチンと金をとるけど。
「まぁ、いいや。んー、やっぱりイベントポイントも増えてないなぁ」
こんなやり取りの中でもヒルダが精いっぱいお掃除をしているのにコンソールのイベントポイントが一向に増えない。それなのにログアウトも出来ない。運営への緊急お問い合わせをしようか。
「おい、何をしておる」
「あ、ちょっと待っててくださいね」
お爺さんの言葉をサラッと流しコンソールを操作。お問い合わせページに移動するも“ページが存在しません”と表示されてしまう。
おっと、これは詰んでないかい?ってうわっ!俺の所持金もゼロになってる!?三十億はあったであろうコツコツ溜めていた俺のへそくりが!!!
「クソッ、これではせっかくのスケルトン軍団がやられてしまう!この日のために費やした十年間を無駄にするわけにはいかぬ!」
コンソールと格闘をし、所持金紛失に心の中で涙する俺をよそに爺さんは悪い魔法使いが持ち出しそうな杖を掲げて、何かを唱えだす。杖の先に付いたドクロの目が光り、黒い光がスケルトンの中に落ちた。
「『中級アンデッド合成』、現れよ!スケルトンナイト!」
複数のスケルトンを黒い光が呑み込み、その光の中からひと際大きなスケルトンが三体出現する。手には骨の剣と盾を装備し、ご丁寧に兜までつけている。パッと見弱そう。
「王都に着いてから召喚するつもりだったが仕方がない。やれ!スケルトンナイト!そのちょこまかとウザい亜人の女騎士を縊り殺せ!」
物騒な爺様だこと。まぁ、アバターの爺さんだから中身は若いのかもしれないけど……。
そんな事を思いつつ爺さんの顔をようやくまともに認識する。毛根一つない頭、戦闘による光によって照らし出される肌にはシミがいくつかついており、目はくぼんで、歯をむき出している。そのアバターの顔がどう見ても現実味のある人間にしか見えない。
どっかで生まれていた違和感がそこでようやく成長を始める。怒りに任せて叫ぶ爺さんの姿は俺がいつも見ていたアバターとはかけ離れている。どう見ても現実世界の人間の様……。
「ワッツ?」
「あぁん!?スケルトンナイト!こっちの奇天烈な娘も殺してしまえ!」
爺さんに睨まれ、杖のドクロがこっちを向く。
同時にスケルトンナイトの一体が、こちらに移動してきた。
俺はその場でスケルトンナイトの行動を目で追う。俺の目の前まで移動してきて、剣を振り上げる。そして、混乱から抜け出せていない俺をめがけて、勢いよく剣が振り下ろされた。
しかし、俺に届くよりも遥か手前でスケルトンナイトが音を立てて崩れ去る。
「なッ!?」
驚く爺さんとは逆に俺は隣に降り立ったヒルダに笑みを向ける。
「ありがとう。ブリュンヒルド」
「いえ。この程度、造作もありません。この場は……危険とは無縁ですがお下がりください」
あらやだこの娘はこんなに喋るようになって。マシンボイス感が全くないのが逆に俺の嫌な予感を増長させて来るんだけど。フフフ、怖ぁーい。
「危険と……無縁だとッ!!?」
なんか爺さんの琴線に触れたらしい。爺さんの顔がもはや怒りで歪みまくってて見るに堪えない。
「このネクロマンサーの“ドルイド”がこんな小娘共に負けてたまるか!」
果たしてネクロマンサーなのかドルイドなのか。そこが論点になりそうだな。同一視できる話じゃなかったはず……。んな詳しくないからこれ以上は言及しないけど。
そんな風に現実逃避をしていると、ドルイド爺さんは杖を振り上げる。
「あの男が出て来るまで取っておくつもりだったが止むを得ん。絶望するが良い!『上級アンデッド合成』、出でよ!スケルトンドラゴン!」
先ほどよりも大きな黒い光が中空に浮かび、周囲のスケルトンを飲み込んでいく。
どうでもいいけどドルイド爺さん、自分で自分の部下を減らしてるんだけどどういう心境なんだろう。
スケルトンドラゴンが形成されるのを見守る俺とヒルダ。黒の双眸と金の双眸に見守られながら、スケルトンドラゴンは完成した。代わりに周囲のスケルトンはほぼいなくなった。解せぬ。
「はぁはぁはぁ……、これでキサマらも終わりだ」
肩で息をするほど疲れたのだろう。出現したスケルトンドラゴンの大きさは博物館で見たティラノサウルスと同等。大きな怪物は骨で出来ているため吠える事が出来ず、各部位の骨がきしむような音を立てて突進してきた。動くたびに痛そう。
スケルトンドラゴンの突進を難なく躱す二人。ヒルダはそのまま天に飛びあがり、剣を構える。
「あ、ブリュンヒルド『待機命令』」
俺の言葉に中空で動きを止めるヒルダ。こちらに向けられた視線から困惑が感じられたが、俺は構わず自分の左手のリングに触れる。
「ちょ~っとゴメンなさいねお爺ちゃん。それゆけ!『突撃!お掃除メイド隊』」
スキルリングによるスキルの発動。しかも、イベントで入手したネタスキル。
俺の後ろの空間がいくつも歪み、その歪んだところから多種多様のメイドさんが現れる。手にした武器は箒やハタキ、雑巾にモップ、デッキブラシにチェーンソーと様々。これにはドルイド爺さんもポカァーんとしていた。
「皆さん、行きますわよ」
「「「お掃除、開始し致します!」」」
ゲームと同じで眼鏡をかけたメイド長に促され、二十を超えるメイドたちが返事と共にスケルトンドラゴンに向かって走り出す。綺麗だったり、可愛かったりするメイドさんたちは“想定通りに”程よく人間化されており、それらがスケルトンドラゴンに突撃する光景はシュールでしかなかった。
周りに残っていたスケルトンは踏み荒らされ、ポカポカと鳴り響くギャグ路線の効果音と共にスケルトンドラゴンがリアル化したメイドたちに呑み込まれていく。
断末魔の叫びとか、こんな終わりは嫌だ!とか思っていたのだろう。カルシウムたっぷりの骨ドラゴンはハタキやモップ、チェーンソーなどによって瞬く間に解体されていった。ホント、可愛そうでならない。
「な…………なにが?」
ドルイド爺さんもこれにはたまげている。魂が消えるで“魂消る”らしいけど文字通りにそうなった。気の毒でならない。
彼の十年は俺の発動した面白スキルの一撃により潰えた……。言葉にすると、本気で同情したくなるな。
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