お掃除メイド「マナ」の異世界奮闘記

八神一久

第一部 異世界へ

第1話 ハロウィンイベント開幕!


 俺には日課がある。

 それは勤務を終えて帰宅した後、すぐにPCのゲームをすることだ。


 PCの電源を入れ、スーツを脱ぎ、ネクタイを取るのはその後。そのままスラックスを脱いでハンガーにかけ、汗のにおいが染みついたYシャツを脱いで洗濯機に放り込む。

 そうこうしていると、起動したゲームのTOP画面が表示されているので、適当にクリックしていつものサーバーにログインする。


 画面上でクルクルと回転しているのはメイド服の女の子。クラシックタイプの長袖ロングスカートメイド服に白いカチューシャ、靴は黒のフラットシューズ。身長は165cmでちょっと高めに設定、黒髪ロング、丸っこい童顔、黒い瞳のカワイイ女性をコンセプトに作成した。またフラット気味な胸が清楚さを醸し出し、エロさを極限にまで削っている。


 これが俺の日課。格調高く言っているけど、要はゲームだよゲーム……ジャンルはMMORPGってヤツ。最新のやつでVR実装型だから、V-MMORPGとか言うらしいけど。Rはどこへいったのだろう……。リアリティは無いのかもしれない。

 俺はパンツとスリーブレスのインナー姿で椅子に座る。ゲーム画面を操作してVRモードに変更してから、パソコン横に設置しているヘッドギアタイプのVRゴーグルを被る。一人暮らしでなければこんな格好はできないし、こんな格好でお外を練り歩く事は出来ない。。

 そのまま俺はVRモードをオンにしてベッドに移動し、仰向けに寝る。最近のゲームは脳波で操作ができるという仕様になっていてゲームが始まってからリモコンやコントローラ、キーボードなどを必要としない。

 最初はこの仕様、怖かったなぁ。ゲームの中に閉じ込められちゃう系ファンタジーとか実際に起きそうだし。起きないけど。


「今日も今日とて頑張りますか」


 今は夜の10時過ぎ。このゲームを日付が変わるまで遊ぶのがいつものスタイルだ。





 ゲームに入り込むとヘッドギアを通じて脳に直接画像が送り込まれる。開けた視界には見慣れた街並み。と、同時にポロンという電子音が流れる。

 コンソール画面を操作していると、友人からダイレクトメッセージが来ていた。


『今日からハロウィンイベントだよ~。ログインしたならイベント会場まで来てね~』


 そういえば今年のハロウィンイベントって今日からだったか。友人に「ok」と入力して、俺はハロウィンイベント会場に急ぐ。どうせ装備も所持アイテムにも困ることは無いだろうし……。

 レベル324、職業は召喚士系最上職の一つである【ヴァルヘリア】、クラシカルな格好のメイドさんは綺麗なフォームで走り出す。道行く先々で知人に声を掛けられるも、「おつ」だけで済まして走り抜ける。

 そうして到着したイベント会場。今回のイベントはギルド対抗戦。ハロウィンのために用意したアンデッドモンスターが暴走したのでみんなで協力して倒そうという内容。ハロウィンのためにアンデッドを用意したという狂気に背筋を震わせ、俺はNPCに話しかける。


「イベントに参加されますか?」

「はい」


 選択肢を選んで俺はイベント用のフィールドへ転移できるポータルへと進む。

 下は透き通った水のような円形の台。その上には球形の水晶のようなものが浮かんでいた。そんな俺の姿を見て、会場内では歓声が響き渡る。


「うおぉぉぉ!マナさんがINするぞ!」

「今回はどんなミラクル起こすやら」

「って、相変わらず“スキルリング”つけすぎwww」

「頭のおかしいメイドさんのご登場w」


 ちなみに、中身が男であることはこのゲームに参加している人たちの中では有名な方。まぁ、自分で公言してるのもそうだし、俺のプレイスタイルはあんまり真似する人がいないから、悪目立ちしていて変なファンも多い。


「お掃除メイドのマナ様だ!」

「今夜はアンデッドをお掃除か」

「ブヒ様きぼんぬ」

「ブヒ様!ブヒ様!」

「オレ、リーヴたん」

「たゆんたゆんの胸に顔を埋めたい」

「エイルちゃんに抱かれて死にたい」

「オレは膝枕して欲しい!」


 相変わらず変なファンが多い!

 聞こえてくる歓声のほとんどがヤベェし、これが通常運転って言うんだからな。我ながら類は友を呼び過ぎていると思う。

 転送前のイベント会場に集まる観戦客からの熱い期待に応えて、腕を大きく上げてジャンプする。


「お掃除メイドマナさんのお掃除ターッイム!今夜も私のデッキブラシが火を噴きますよ~!」


 そんな馬鹿げた言葉を残した直後に転送。

 どんな返事があったかは観戦会場でのみ見聞きすることができる。俺は暗転した画面の中、ローディングが完了するのを待つ。2, 3分ほど待つと暗闇の中でメッセージが聞こえてくる。


「ローディングに時間がかかっております」


 三世代前の古いタイプのゴーグルだからか、パソコン自体が十年前の最新機種だからか俺がマップ移動などの時のローディングに時間がかかる。正直、ゲーマーに類する人間じゃないのでその辺のこだわりが全くない。使えればいいでしょレベル。友人からすると信じられない感覚らしい。

 苦も無くのんびりとローディングを待ってると、ノイズが一瞬だけ奔って視界が開けてくる。


 暗いローディングの闇を抜けると、そこは満天の星空が煌めく草原フィールドだった。


 手始めにマップを確認すると、自分のいるところを除いて黒く塗りつぶされている。少しだけ歩いてみると、その通った道が半透明のマスに変わった。

 珍しくフィールド踏破型のイベントらしい。それに景観も見覚えが無い。

 もしかして、使いまわしのフィールドじゃない?

 四年間も続けていると、さすがに新規イベントで新規フィールドを見ることが少なくなってくる。ちょっと湧き立つ心に従って、俺は再び声を上げた。


「それじゃあ!お掃除メイドのマナさん!今日も張り切って!いっきま~すよ~!」


 デッキブラシを天高く掲げ、俺は女声を轟かせて走り出す。

 なんか自分の声に違和感を感じたけれども気にも留めなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る